10シート
韮崎旭
10シート
もし平行世界があるなら、わたしは死んでいてよ。誰かが呉れたわけでもない、ただ訳の分からない苛立ちの結果としてネット入り12個で購入してしまった柚子。腐らせてから風呂に入れよう。どうせ私も腐っている。冬の海には、死んでいく何兆もの卵子が揺蕩っている。気持ち悪いんで死んでいてほしい。卵子なんかじゃあないよと安心させてほしい。冬の海に限った事象じゃないよと安心させてほしい。強制的に黙らせてほしい。殴りつけてでも眠らせてほしい。誰もいない。ここには私しかいない。その私ですら、いるのか怪しい。第一腐りかけてきているし、生まれてからというもの一度も理性的な思考ができたためしがなく、近年したことはといえばよく眠れるお薬を
「足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない……」10シートから呑み込み続けたことだった。10シートからが本番ですか? 10シート舐めないで。10シート足りてない。鎮静!過鎮静!沈黙!安眠!永眠!静寂!拒絶!が得られましたかたかだか10シート。
机の上の10シート。
気が付いたなら10シート。
自殺もできない10シート。
冬の海は自傷行為と夢想の中で血の海で。
濁ったそれをいやいや飲み下す夢を見るんだ10シート!
君の価格が10シート。
私の命の値段は致死量の薬価ですけど10シート、足りてない10シート。
でも医者がね、意地悪な医者がね、顔も見たくない医者がね、薬しか期待してない医者がね、処方できないんだって、ねえ私死んじゃうってあれほど言ったでしょ?だから死んじゃうって死んじゃうんだって、呼吸不全で肺が傷んで腐って膵臓が奇声を上げて走り回って死んじゃうから、だから眠剤増やしてくださいって、まるで乞食。乞食であろうが何であろうが眠剤増やしてください。できればバルビツール酸がいいけど私はベンゾジアゼピン系の世代なんでベンゾジアゼピン系がいいです。眠剤増やしてください。夜は怖い声がするんです。何もかも駄目なんです。私が私でいることが失敗と破綻なんです。私が私という失敗と破綻と絶望と嬰ロ短調ピアノソナタ第65番の金切り声から逃れられるのは睡眠だけなんです本当ですだからお前のことはその辺の石かごみくらいどうでもいいけれど今だけ聖者だから眠剤増やしてください眠剤増やしてください。
寝れないんで酒で5シート位飲みますおやすみさよなら無宗教の祈祷、空白。
10シート 韮崎旭 @nakaimaizumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます