第4話 ちょっとした予定外も付き物でして。
「いーやぁ、嬢さんも隅に置けませんねぇ」
顔を合わせて開口一番、にやにやとからかうような笑みを浮かべてそんなことを言われたので、エリシュカは真面目にエッドを殴ろうかどうか思案した。
そんなエリシュカの思考が伝わったのだろう、エッドは「おっと、冗談ですって」とひらひらと手を振って、話を変える。
「嬢さんに頼まれたこと、改めて調べてきましたが――ま、目新しい情報はないですねぇ。嬢さんの読み通り、とも言いますけど。然して期待はしてなかったでしょう?」
「ええ、そうね。でも、調べるのと調べないのとでは、予測か、それとも事実かという差があるでしょう」
「慎重派の嬢さんらしい意見ですねぇ。それで、予測が事実に変わったところで、次はどうします?」
聞くまでもなくどうするかなどわかっているだろうに、エッドはまるでそれが欠かせない儀式であるかのように判断を仰ぐ。
……否、実際に、それは彼にとって必須なのかもしれない、とエリシュカは思い直した。エッドの在り方を考えれば、その可能性は非常に高い。
どちらにしろ、問われれば答える。己を道具だと自称するエッドを使うには、それが一番手っ取り早いのだから。
「
「さて、なんですかね?」
「あの眠りの魔術の他に、私に関係する魔術はもう無いのか、よ」
エリシュカの言葉に、エッドは一瞬目を丸くして――そうして弾けるように笑い出した。今にも腹を抱えて転げまわりそうな様子に、エリシュカは溜息を吐く。
「……やっぱり。まだ、あるのね?」
「ッは、はは――、あぁ、ご明察ですよ嬢さん。うーん、やっぱり嬢さんはイイですねぇ。勘もいいし思考を止めないし可能性を見落とさない」
「試した人間が言う台詞じゃないと思うけれど」
「出来心ですって。――仕掛けられた魔術に気付いた時の嬢さんの顔が、ちょっと見てみたかったのは否定しませんけど」
堂々と悪びれずにそんなことを口にするものだから、文句を言う気も失せる。エリシュカは再び大仰に溜息を吐いた。そんな仕草をしたところで、エッドには微塵も影響など与えられないだろうが、当て擦りというやつだ。
「どちらにせよ悪趣味には違いないわね。……まぁいいわ。そちらも破棄はできるんでしょう?」
「こっちは首都から出られないようにするための魔術ですから、まだ発動もしてませんしねぇ、簡単ですよ。――隠蔽は念入りにされてましたけど」
付け加えられた内容と、先程のエッドの悪趣味な言葉から、ふと思い当たることがあって、エリシュカは思わず口を開いた。
「―――もしかして、その魔術、レナクが依頼主じゃなかったりするの?」
エリシュカの問いに、エッドはにやりと笑った。性格の悪そうな笑みだった。
「その通りですよ、嬢さん。……これの意味するところ、嬢さんならわかるでしょう?」
(……なるほど、だから『仕掛けられた魔術に気付いた時の顔が見てみたかった』なんて言ったわけね)
エッドの言う『意味』を正確に読み取ってしまって、エリシュカは頭の痛くなる事柄が増えていく現実に、少しばかり遠い目になる。
レーナクロードが依頼主でない、けれどエリシュカをこの首都に留めるための魔術。
アシュフォードから聞いた、レーナクロードの協力者と思しき人物には、そのような魔術を扱える人間は一人しかいない。
エリシュカを三月の間眠らせ続けていた魔術の術者であった、宮廷二位魔術師――スヴェン・エルニル・ロード。
彼が、レーナクロードの依頼に関わらず、エリシュカを首都に留めるために魔術を構築していたということは、エッドの存在、或いは、存在そのものでなくとも、エリシュカに単独で手を貸す魔術師がいるということを、看破されていたということになる。
エリシュカとエッドとの関わりは、周囲の誰一人にも知られていないはずだったのだが、魔術を行使する際にでも気付かれたのだろう。
一つ目の魔術を破棄した時点で、エリシュカに手を貸す魔術師の存在はどちらにしろ知られることになる。
だから、この二つ目の魔術に関しては、エリシュカ側の魔術師の実力がどれほどのものなのか試すためのものであり――レーナクロードに頼まれたからではなく、自らの意思で行動しているのだという、スヴェンの意思表示でもあると言えた。
(……そんなに関わりは無かったし、情にも厚いようには見えなかったのだけど、どうやら違っていたようね)
スヴェンがレーナクロードに協力しているのは、レーナクロードへの義理とか、頼まれて仕方なくとか、あるいは何らかの取引によってだろうと考えていたのだが、違ったらしい。
全面的に宮廷二位魔術師が協力しているとなると、多少話が変わってくる。それでも、エッドがいるので大抵のことはどうとでもなるだろうが。
「エッド」
「何でしょうか、嬢さん?」
「貴方の見立てでは、猶予期間はどれくらいあるのかしら」
「そうですねぇ……俺と嬢さんが、ちょっとばかり寄り道して、ついでに観光なんかしても問題ないくらいにはありますね」
ふざけてるのかと問いたくなるような返答だが、これがエッドの通常である。いちいち腹を立てても仕方ないので、エリシュカはとりあえず念押しする。
「つまり、数日程度の誤差は何ともないってことね?」
「ええ、その通りです」
エッドの首肯を受けて、エリシュカは考える。
すぐさまレーナクロードを追いかけて首根っこ捕まえて連れ戻したいのは山々だが、まだ確認を終えていないことも、たった今判明した事柄から、念を入れて確認しておきたいこともある。善は急げと言うけれど、急がば回れとも言うし、それが今なのだろう。
改めてエッドに向き直ったエリシュカは、真っ直ぐにエッドを見据え、口を開いた。
「エッド、頼みがあるの」
「何なりと」
「おば様――レナクのお母様に、繋ぎを取ってちょうだい。他の人には知られないように」
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