第296話 世界

 ヤマトとミズホはエルバンテの港に入った。

 港には、この戦勝を知った領民が出迎えに来てくれていたが、それ程勝ったという意識はない。

 それは俺だけでなく、スパロー提督、ブフコフ大将、アリストテレスさんやタケルだけってそうだ。

 思えば、俺はこの世界に来て、どれだけの人を殺したのだろう。

 それは仕方なかったかもしれないが、俺の手は既に人の血で真っ赤だろう。

 歓喜に沸く領民の間を縫って、トウキョーの自宅に戻った俺たちは食事を終えてから、風呂に入って寝室にいる。

 寝室の横にある椅子に掛けて嫁たちを見る。

「どうしたの、シンヤさま」

 ミュもラピスも同じように俺の顔を見る。

「みんな聞いてくれ。俺はこっちの世界に来て、どれだけの人を殺したのだろう。

それは仕方ない事だったかもしれないが、そのおかげで今の地位も得た。

 それは果たして良かった事だろうか?」

 エリスは俺を見つめて黙って聞いていたが、椅子から立ち上がると俺の所に来て、その胸に俺を抱きしめた。

「いいの、もう、いいのよ」

 その言葉を聞いた俺の瞼は重くなった。

 一昼夜眠り続けた俺が翌朝、目が覚めると既に太陽は高い位置にある。

 ちょうどベッドから起きようとすると、ドアをノックしてホノカが入ってきた。

「お父さま、起きて下さい。お母さまたちが食事の用意をして待っています」

「ホノカか、直ぐに行くと伝えてくれ」

「うふふ」

「何だ?何が可笑しい」

「だって昔は、お姉さまたちと区別つかなかったのに、最近は分かるようになったのかなって」

 たしかにそうだ。小さい時は3姉妹の違いが分からなかったが、最近は区別がつく。

 姿形は同じだし、髪形も一緒だし、服だって一緒だ。

 それでも区別がつく。それは雰囲気なのだろうか。

 アヤカは利発的な感じがし、アスカは沈着な落ち着いた感じがする。

 ホノカは一緒に居て落ち着く。それは母親たちがそんな感じだからだろうか。

「そうだな、みんな母に似て来たのかなと思うぞ」

「えっー、そうかなー?」

「うん、そうだ。さ、食事にしよう」

 俺が食堂に行くと、みんなが俺の顔を見る。

「どうした、俺の顔に何かついているか」

「旦那さま、娘たちが分かるようになったと…」

「ああ、何となく雰囲気でな」

「あら、どんな雰囲気かしら…」

「食事にするぞ、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」


 食事を終えた俺は支度を整え、車に乗った。

「「おはようございます、お館さま」」

「ああ、おはよう、アリストテレスさん、ジェコビッチさん」

「予定通り、公主邸でよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

 公主邸に到着すると、ミストラルが車のドアを開けてくれる。

「おはようございます。ご領主さま」

「ああ、おはよう」

 執務室に到着すると、早速ミストラルが今日の予定を延べる。

「午前中は、キバヤシ・コーポレーショングループの社長の方々がご挨拶と相談に来られます。

 11時からは宰相閣下と面会となっております。午後からの議会の内容について、事前に連絡しておきたいと言う事です。

 昼食は王国の使者、エルバルトさまとお食事になっています。午後2時からは議長と司法長が見られます。えっと、4時からは…、予定がありません」

 エルバルトも、しょっちゅう来ているな。

 飛行機ができたからといって、そう頻繁に来なくても良いものを。

 それから4時からは予定がないのか。たまにはゆっくりしようか。


 4時をちょっと過ぎると、時間が空いた。

 俺は公主邸のベランダにロッキングチェアを運び出し、サン・イルミド海峡に沈む太陽を見ている。

 ロッキングチェアは今年の俺の誕生日に、みんながプレゼントしてくれたものだ。

 この世界にロッキングチェアはなかったが、プレゼントは何がいいか聞かれた際に「ロッキングチェア」と答えたら、エリスが簡単な図面を書いて、それをイルクイントが製作してくれた。

 さすが、木工屋の親父だっただけのことはあって、しっかりと仕上げてくれている。

 晩秋なので、サン・イルミド海峡の陽が落ちるのは早い。

 あと30分もすれば、街は暗くなるだろう。しかし今は電気がある。道路も街灯があり明るいし、各家庭だって夜でも明るく、テレビ放送もあるので、昔に比べたら、街の夜は長い。

 陽がかなり傾いてきたら、各家に灯りが灯り出した。あの灯り一つ一つに生活がある。

 そんな、領民の生活とサン・イルミド海峡に沈む太陽を見ていたら、眠くなってきた。

 ふと、周りを見ると嫁たちもいない。息子と娘たちは学院だ。

 家宰のアリストテレスさんやエミールもいなくなった。

 思えば俺の廻りには誰か居た。

 しかし、誰も居なくなるというのは寂しいものだ。

 反対に、心が静まる自分も居る。

 明鏡止水とはこういう状態を言うのだろうか。

 この世界は美しい。

 そう思いながら、目を閉じた。

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