第267話 ラジオ
「ブォー、ブォー」
ヤマト出港の合図を知らせる角笛が響き渡る。
これから、エルバンテに帰るところだが、港は大変な事になっていた。
街中の人間が来たんじゃなかろうかと思われる程の人が、港に見送りに来ている。
それは、例の女性を助けた一件が街中に広まったことで、一目、俺たちを見ようと住民が集まったせいだ。
人気を取っておくのも領主の努め。
全員が甲板上に出て、集まった住民に手を振ると、港中に異様な声が響き渡った。
「「「おおっー」」」
「キャー、ホーゲンさまー、ウォルフさまー」
「エリスさま、ミュさま、ラピスさま」
「アヤカさま、アスカさま、ホノカさま、タケルさま」
いろんな人の名が呼ばれている。
「わー、アヤカさまだって」
「私は、アスカさまって呼ばれたわ」
「私もホノカさまって」
娘たちは嬉しそうだ。
「いいですか、公女は住民の事を考えて、住民がいかに生活できるかを考える必要があります。あの声はその対価なのです。
この街の住民が集まってくれたのは、お父さまの政が優れている事を表しているのです」
ラピスが娘に言うが、娘たちには、その意味は分からないだろう。
「おい、あのエルバンテ公一家の横に居るのは、昨日居た爺さんじゃないか?」
「おっ、本当だ。あの爺さんは誰なんだ。やけに親しげじゃないか」
相変わらずご隠居さまは人気がない。
ヤマトがタグボートに曳かれ、離岸していく。
ヤマトはタグボートから切り離されると、ボイラーが唸りを上げる。
「ボイラー蒸気圧上限、全速力でローレライに向かう」
ジョニー船長の指示が飛ぶ。
「機関室、ボイラー蒸気圧上限まで上昇。全速力だ」
「ボイラー蒸気圧上昇中、タービン回転数上昇中、現在400、500、600、タービン上限いっぱいです」
「艦首下流方向へ」
「艦首下流へ、面舵」
ヤマトが下流に艦首を向けると同時に速度が上昇する。
川の流れにヤマトの速度が合わさり、速度が増す。
川の上を渡る風が気持ちいい。
帆船だと、1日掛かるところを半日で難所といわれるローレライまでやって来た。
昔、合戦を行った窪みが見える。
俺はその窪みに向かって手を合わせた。
見ると、横に娘たちも来て同じように手を合わせている。
「ここは昔、戦があって多くの兵士が死んだところだ。それを忘れてはいけないし、死んだ人たちの魂を慰めるために手を合わせて祈るんだ」
俺が言うと神妙な顔で聞いている。
「艦内放送、これからローレライに入ります。甲板にいる人たちは艦内に入って下さい」
俺たちも艦内に入る。
艦内の窓から、外の川の流れを見ていると流れが速くなってきたのが分かる。
船も揺れだした。
俺は操舵室の方へ行ってみると、操舵室は忙しそうだ。
「いいか、蛇行個所に注意」
「やや、取り舵だ」
「機関室、蒸気圧絞れ」
「監視、左右の幅はいいか?蛇行個所でいっきに方向を変えるぞ」
「左右okです。このまま直進」
「艦このまま、ヨーソロー」
「よし、タイミングを合わせろ、3,2,1,0」
「面舵、いっぱい!」
「「「面舵、いっぱい」」
船が右に向きを変える。
「面舵戻せ」
「面舵戻します」
どうやら、難所は乗り切ったようだ。
このままだと、夜にはエルバンテの港に入る事ができるだろう。
俺は操舵室を離れ、食堂に行ってみる。
食堂では難所を乗り切って手の空いた者が徐々に集まってきた。
「あっ、ご領主さま」
俺の姿が目に入ったのか、誰も食堂に入って来ない。
「俺の事は気にするな、さっさと入って来い」
「そうよ、さっさと入って、私たちが入れないわ」
船員の後ろから女性の声がした。
見ると嫁たちが食堂に入ろうとしていたが、船員たちが入り口のところに居るので、入れないでいる。
「あ、エリスさま」
「そうよ、さっさと入ってね」
船員たちが入ってくる。
「ピー、ガガガ、こちらはエルバンテ放送、ただ今より、エルバンテ試験放送を開始します」
午後1時からのエルバンテ放送の試験放送が始まった。
ラジオはまだ高価なので、ヤマトにも食堂にしか設置されていない。
船員たちはこの試験放送を聞きに集まったのだ。
しかし、放送を行うには時間が重要だ。
そのため、俺は公主邸前広場に大時計を設置し、24時間制を定めた。
今まで、日時計で鐘1つとか鐘2つといった時間がかなり細分化され、この時間制度はあっという間にエルバンテ中に広まった。
家庭用の小型時計も販売したところ、飛ぶように売れた。
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