第266話 ハゲ
「ほう、そなたたちはエルバンテ公の親衛隊、ホーゲン殿とウォルフ殿なのか。
私が知っているホーゲン殿とウォルフ殿とは、かなり違うな」
「なんだと、俺たちが嘘をついていると言うのか。そういうお前は何者だ?」
「私は王国親衛隊長エドバルド・アウノ、現在理由があって、エルバンテ公のお供をしている」
「お前こそ、嘘を言うな。王国親衛隊長がこんな所に居る訳がない。例え、エルバンテ公のお供だとしても、エルバンテ公がここに居る訳がないだろう」
「ほう、何故、エルバンテ公がここに居る訳がないと言うのか?」
「ご領主さまは、最上のホテルに滞在している。街に出られる訳が、ないだろう」
「では、何故、親衛隊のお前たちがここに居る?」
「おお、そうだ。あのあんちゃんの言う通りだ。エルバンテ公の親衛隊がここに居る訳がない」
「たしかにそうね。それにホーゲンさまはすごい二枚目だって聞いているわ。あの男じゃ、ちょっとね」
「ホーゲン、二枚目らしいぞ」
「あ、いえ、そんな事はありません」
「それにウォルフさまは銀髪のはずよね。あの男の人って銀髪じゃなく、ハゲよね」
「おお、たしかにハゲだ」
「「ハゲだ」」
「「ハゲだわ」」
人の輪に「ハゲ」が響きまわる。
「てめーら、誰に向かってハゲと言っている」
ハゲが堪らず、言い返す。
「ほい、そこまでじゃ」
ご隠居さまが堪らずに出て行った。
「ジジイ、黙っていろ」
「見ていられんので、お節介にも出てきてやったわい」
「大人しくしていれば、いいものを。怪我をするぞ」
ホーゲンを名乗った男が長剣を抜き、ご隠居さまの目の前に突き出した。
ご隠居さまはそれを杖で撥ね退ける。
「「無礼者!!」」
「今度は何者だ?」
「ご隠居様に剣を向ける者は、我々が相手をしよう」
「若いやつが出てきたな。少々痛い目に合してやる」
偽ホーゲンが長剣で斬り掛かると同時に、背中の長剣を抜いたホーゲンの剣が相手の喉元に迫った。相手の動きが止まる。
スピードではホーゲンの方が断然速い。
そして、その瞬間、ホーゲンが被っていたフードが風で捲れた。
そこから出てきたのは、金色の長髪に獅子耳の頭だ、その横顔は、凛々しく二枚目だ。
ウォルフも仕方ないという仕草で、剣を抜き、フードを取った。
そこにはきれいな銀髪が風に靡いている。
「き、金髪と銀髪、ほ、本物だ、本物のホーゲンさまとウォルフさまだ」
人の輪からそんな声が上がる。
「う、嘘だ。こんな所にエルバンテ公が居る訳がない。それにエルバンテ公は家督を譲られたばかりで若いはずだ」
「うむ、婿殿ならあそこに居るぞ」
ご隠居さまが俺を指差す。
仕方ないので、俺たちもフードを取ると、そこには黒髪の頭が現れた。
「ほ、本物だ。本物のシンヤ・キバヤシ・エルバンテ公だ」
シンヤ・キバヤシ・エルバンテが黒髪なのは既に広く知られている。
こっちの世界では黒髪は珍しいので、黒髪がバレると正体が分かってしまう。なので、街に出る時はフードを被る。
「「「ははっー」」」
周りに居る全員が跪き、頭を垂れた。老人も、子供も、男も女も全員だ。
「あっ、いや、今はお忍びだから……、そんな礼儀は不要ですから。さあ、みなさん、立って、立って」
そう言うが、反対に土下座までする者も出る始末だ。
そんなところに憲兵隊がやって来た。
「エルバンテ公さま、この度は、この者どもが大変失礼しました。こっぴどく絞ってやります」
「ああ、では憲兵隊殿、後はお願いします」
不届き者たちは、憲兵隊に引かれて行った。
だが、まだここに居る全員が土下座の状態だ。
「仕方ない、ホーゲン、ちょっと舞ってくれないか。エリスは歌を頼む」
エリスが歌い、ホーゲンが剣舞を舞う。
ここに居る全員がその剣舞に引き込まれる。
ホーゲンの剣舞が終わったが、誰も声を発しない。
みんな口をポカーンと開けているだけだ。
「では、みなさん今日はありがとう。私たちはこれで失礼します。あっ、そこ開けて下さい」
開いた人の輪を抜けて俺たちは道に出た。
「もうこれじゃ、食事に行けないな。しょうがない、宿で食事にするとしようか」
「「「ええっー、お外に行かないの」」」
娘たちから抗議の声が上がるが、こうなると仕方ないだろう。
ラピスが娘たちに言い聞かせる。
俺たちは宿に帰って夕食を採って、早めにベッドに入った。
しかし、その翌日、イルミティバの街は大変な事になっていた。
「おい、聞いたか、夕べ、エルバンテ公さまが親衛隊のホーゲンさまとウォルフさまを連れて街に現れたらしいぞ」
「それで、悪者に絡まれていた女性を、ホーゲンさまが追い払ったそうだ」
「おう、それで、エルバンテ公は、集まった皆にお声を掛けられたらしいぞ」
「女神と言われたエリスさまも居たそうだ」
「エリスさまだけでなく、ミュさま、ラピスさまも居たらしい」
「俺はその場に居たぞ。しかし、もう一人爺さんも居たが……。あの人は誰だったんだろう?」
「ああ、俺も見たが、あの爺さんは誰かが分からねぇ」
「まあ、どっかの爺さんがちょっかいを出しただけだろう」
ご隠居さまは人気がないようだ。
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