第263話 境界

 海賊たちの話に大した情報はなかった。

 ここから更に遡ること数日で滝があり、その滝つぼには主が住んでいるらしい。

 ただ、それを見に行った者で帰って来た者はいないということだった。

 では、何故この話があるのかと言うと、海賊共がここに住み着く以前に居た原住民の言い伝えらしい。

 その原住民たちは、海賊共が追っ払ったということだ。

 追っ払ったとは言っているが、恐らく殺したのだろう。

 約束の金貨を支払い、ヤマトでさらにサン・イルミド川を遡ること3日、アーデルヘイトさんが騒ぎ出した。

「シンヤさま、この先に得体の知れない何かがあります。行ってはなりません」

 アーデルヘイトさんは盲目の司教だが、先を予感する能力がある。

 俺は全員を集めて、相談することとした。

「ジョニー船長、アーデルヘイトさんの予見があるので、引き返すかどうか話し合いたいと思います。その間、ヤマトを停止して下さい」

「いえ、ヤマトは既に停止しています」

「いや、進んでいるじゃないか」

「ええ、我々も何が起こっているのか分かりません。機関は停止しているので、水の流れに沿うなら後退するハズですが、そのまま直進しているんです」

「よし、錨を降ろそう」

「投錨!」

「投錨よーし」

「投錨確認しました」

 錨が降ろされると、船が180度反対を向くが、それでも上流に向かって進む。

「おかしい、引きずられているぞ」

「私が見てきます」

 マリンが名乗りを上げる。

「待て、水の下に何があるか分からない。不用意に飛び込むな」

 服を脱ぎ始めたマリンが脱ぐのを止めた。

 その時だ、川面に細長い体が見えた。

 蛇のようだが、鱗がある。しかも、手もある。

「あれは、竜じゃないか?」

「竜、ドラゴンですか?」

「いや、ドラゴンの方じゃない。竜の方だ」

 そう、恐竜の身体に翼が生えたドラゴンではなく、中国の絵に出て来る細長い竜だ。手と足がある。

 だが、長さはどれも3mぐらいと大きくない。

 その竜がヤマトを上流に運んでいる。

「シンヤさま、このままでは危ない。早く帰りましょう」

 アーデルヘイトさんが言うが、どうしようもない。

 そんなところに「ドッドッドッ」という滝が落ちる音がしてきた。

 後ろをふり向くと、高さ100mほどもあろうかという滝がある。

 横幅もあり、落ちて来る水量もかなりのものだ。

 これは、ナイアガラの滝も真っ青だ。

「このままだと、滝に飲まれる。錨を上げ、全速力で脱出するぞ」

 ジョニー船長が叫ぶ。

 降ろされていた錨が、直ぐに引き上げられた。

 ボイラーが唸りを上げるように稼働し、蒸気音が甲板まで聞こえるようだ。

 船の後方では、スクリューが水を掻く音がするが、船は前に進まない。

 こんなことなら、爆雷も作っておくんだった。

「ミュさま、マリンさん、ヤマトの周りの水を凍らして下さい」

 アリストテレスさんが指示する。

「「分かりました。フリーズ」」

 ヤマトの周辺が凍った。すると氷に閉じ込められたのか、竜が苦しみ出す。

「よし、もう少しだ」

 その時、ヤマト後方に水柱が上がる。

 その水柱から出て来たのは大きな竜だ。多分滝つぼに住む親竜なのだろう。

「婿殿、竜じゃ、竜じゃ」

 ご隠居様が騒ぐが、そんな事は分かっている。

 水から出た竜は大きな目でこちらを睨んでいる。その睨みに怯んだ一瞬、竜が火を吐いた。

 ヤマトの後方にいたコバルトを抱いたミドゥーシャにその火が迫る。

「危ない」

 ウーリカが飛び出し、竜の火を全身で浴び、身体が燃える。

「お姉ちゃん!」

 ミスティが叫ぶ。

「ウーリカ」

「ウーリカさん」

 俺やミドゥーシャも叫んだ。

「ウォーターレイン」

 マリンが、ウーリカの火を消した。

「エキストラヒール」

 火が消えたウーリカに、エリスが治療魔法を施す。

「ミュ、やつをけん制してくれ」

 ミュが翼を出して、空に飛びあがった。

 その手には、カイモノブクロから出したオリハルコンの剣が握られている。

 竜はミュが煩いのか、そちらに注意が行っている。

「ウーリカ、大丈夫か」

「グホッ、グッ、フ。ああ、どうにか」

 マリンが直ぐに火は消したが、それでも服は破れ、ところどころ、肌が出ている。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ。ミスティ、今、お姉ちゃんと呼んでくれたのか?」

「当たり前じゃない。お姉ちゃんだもん」

「そっか、私はお姉ちゃんだったな」

 ウーリカの目に涙が流れた。

 それを見たミスティも泣いている。

「よし、やつをやっつけて皆で家に帰るぞ」

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