第226話 出港

 シノンの話は、至ってどこにでもある普通の悩みだった。

 いわゆる恋煩いというものだ。

「トウキョーに来てから、旅が一緒だったエミールさんとなんとか知り合いになりたくて、居場所を訊ねたんだすが、どこにも居なくて、まるで忽然と姿が消えてしまったのです。

 あの方の姿を思い出す度にもう胸が張り裂けそうで、私はどうすれば良いのでしょうか?お館さま、もし居場所を知っているようなら教えて下さい。

 告白してダメなら男らしく諦めます」

 居場所は知っている。エルバンテで事務官をやっている、男爵家の次男坊だ。

 そう、シノンの片思いの相手は男なのだ。

 先の旅では、敵の目を欺くため、女装していたが、見た目はかなり美形だった。

 周りの侍女からも嫉妬されるぐらいに。

 しかし、彼は男であり、その内面も男らしい。きっと、シノンの思いは叶わないどころか、変態の目で見られてしまうだろう。

 さて、シノンに何と言って諦めさせるべきか。困った。

 俺は嫁たちを見るが、嫁たちの目は笑っている。

 こいつら、面白がっているんじゃないだろうな。

「話は分かったが、俺も住人の事を全て知っている訳じゃない。どこに居るかは調べないと分からないから、調べさせよう。それと相手の気持ちも分かった方がいいだろう。もし、他に好きな人がいるかとか」

「それはもちろんですが、もしなれるのなら、第2夫でも構いません。いえ、第3夫でも…」

 うん、かなり重症だ。

「シノン、仮にだよ、エミールが女じゃないとしたらどうする?」

「別に人族でなくても、獣人でも問題ありません。この領土では人族と獣族でも結婚できますから。僕は生涯、彼女を愛せます」

 いや、人族か獣族かを聞いているのではなく、男か女かを聞いているんだよ。

 しかし、この分だと男でも構わないと言い出しそうだ。

 シノンは帰って行った。

「エリス、お前は何をにやにやしていたんだ。神のくせに酷いんじゃないか」

「だって、愛には人族かとか、獣族だとかましてや性別なんて関係ないわ」

 いや、言わんとしている事は分かるが、分かるが、エミールの気持ちはどうなる。

「これは1か月後のサザンランド行きにシノンとエミールを同伴させて、正体を明かすしかないですわ」

 ラピスが意見を述べる。多少、荒いかもしれないが、それが一番かもしれない。


 1か月後、俺たちはエルバンテの港に居た。今からヤマトに乗船するのだが、今回の旅では初めて参加する人が居る。

 一人目はエルバンテ公だ。サザンランドに是非行きたいと言っていたので、声をかけたら直ぐに返事が返って来た。

 二人目と言う言葉が適切かどうかは分からないが、娘たちも初めての旅に出る事になった。

 3人とも同じ服を着て畏まっている。

 思うのだが、これが男の子だったら、走り回っているだろう。

 やはり女の子は大人しい。親の言う事も良く聞く。

 望むべくは将来、俺の下着を箸で掴まない事と、俺と会話をしてくれる事だ。

 娘たちが来たので、侍女も一緒に来た。

 侍女はエミリー、サリーそれにアマルドという新しい侍女が来た。

 サリーとアマルドは学院を卒業したばかりで、新人教育も兼ねている。

 当然、昔からの侍女も居る。

 エルバンテ公の世話役はエミールが努める。

 今回、ホーゲンたちは来ていない。夏の遠征で学位が足らなくなって、追試になったためだ。

 それはミスティやミントも同じで、5人とも半泣きで残った。

 だが、喜んだ人もいる。カリーちゃんだ。彼女はいつも残されていたので、ホーゲンたちが残ってくれて嬉しそうだった。

 今回、珍しい同行人は、ミストラル、ウーリカ、シュバンカ、ルルミが居る。

 ミストラルは空からの偵察に使えるだろうと思って、同行を依頼した。それにトウキョーに居るのも居心地が悪いだろうと思ってのことだ。

 娘は保育院に預けたそうだ。

 娘はまだ幼いのだが、自分の親のした事を理解しているのか、親の後を追う事をしなかった。

 その代り、カリーちゃんに良く面倒を見るよう頼んでおいたが、彼女はお節介焼きだから、きっとうまくやってくれるだろう。

 シュバンカはセルゲイさんとの新婚旅行だ。今更って気もするが、今まで忙しくて旅行なんて行ってなかったので、ボルミさんが気を遣ってくれたとの事だった。

 ウーリカはもちろん、シュバンカ付の侍女という位置づけだ。

 ウーリカが、いつ侍女になったのかは分からない。

 多分、本人にそれを言うと、「違う」と言いそうだ。

 ルルミは俺がサザンランドに行くという話を聞きつけて、キバヤシ領からやって来た。

 ルルミにどこからサザンランドに行く話を聞いたのか訊ねたが、惚けて答えなかった。

 彼女は今、諜報部門の隊長になっているので、そういう情報が入るのだろう。

 だが、今回部下はいない。一人での参加だ。

 ヤマトの船長はジョニーさんが務めるが、航海の最高責任者はスパローさんが務める。

 エルバンテ公、キバヤシ領主、キバヤシロジテック社長といったVIPが乗船しているのだから、航海に万が一があってはならないという配慮だ。

「ブォー、ブォー」

 角笛が2回鳴った。

 ヤマトがタグボートに曳かれ、ゆっくりと離岸していく。

 サン・イルミド川に出た所で、船員がマストに慣れた手つきで昇り始めた。

 全員が位置に就いたところで、ジョニーさんが命令する。

「帆を張れ」

 3本マストいっぱいに帆が張られ、ヤマトの速度が上がって行く。

 船は、サザンランドに向け出港した。

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