第212話 アンドリューヌ
アバローの街を出て3日ほどで、公都のアセ・プロギスに入った。
領名=公都名なのだが、このプロギスだけは頭に『アセ』が付く。
宿で従業員にその事を聞いてみると、『アセ』とはこの地方の言葉で森を表すとの事だった。
森の都のようでかっこいい。
公都をスルーする事も考えたが、軍として通過する以上、領主に挨拶に行かないというのは、礼儀として失礼にあたるので、到着したその日に領主に挨拶に行った。
挨拶に伺うと早速、謁見の間に通される。
「面を上げよ」
宰相だろうか、声が響く。
「ご領主さまにはご機嫌麗しく。この度、キバヤシ軍を率います、オイキミルでございます」
ここは、オイキミル副将軍が代表して答える。
あくまでも軍なのだ。軍の代表は将軍であるから、失礼には当たらない。
オイキミル将軍以外も顔を上げて、領主を見たが、まだ若い。
てっきりおばさんと思っていたが、20代後半ではないだろうか。
その歳で一国の代表を務めているのだから、なかなかのやり手のようだ。
「挨拶、ご苦労である。そちらの黒髪の殿方は、キバヤシ殿ではないのか?」
情報収集能力は高いと言う事だろう。
無駄に惚けては、心象を悪くする。
「はっ、私がシンヤ・キバヤシでございます。この度は軍師として、この軍に加わっております」
「なるほど、代表はあくまで、将軍という訳か」
「その通りでございます。こちらは、今回通過させて頂く、お礼でございます」
俺は、キバヤシ・コーポレーションの製品をお礼として献上した。
女領主は目を輝かせていたが、
「領主、いや、キバヤシ・コーポレーション会長として相手をして貰えぬか?
実はキバヤシコーポレーションの店をこのアセ・プロギスにも出して貰いたい。詳細は私室でお話をしたいが、付き合うてくれぬか?」
「はっ、畏まりました」
女領主の私室と言われる部屋に入り、話をする。
「なぜ、このアセ・プロギスに支店なのでしょうか?」
「このプロギスは森と水と牧草地の国じゃ、主な産業は農業と林業ぐらいしかない。
領主邸などは白鳥邸などと言われているが、正直台所事情は苦しい。
我々としては、何か産業が欲しいところである。できれば、他国と併合しても良いと考えている」
女領主としての悩みもいろいろあるようだ。
「キバヤシ・コーポレーションの支店を出すことは、なんら問題はありません。我々としても事業拡大となることは、望むところでございます」
「おお、それでは今回の1件が片着いたら、話を進めるとしよう」
それから、世間話をするが、良く情報を掴んでいる事にはびっくりした。
キバヤシコーポレーションの設立から、ハルロイド領との紛争、今回のハルロイド内戦は元より、俺が獣人の子供のために寄宿舎を建てた事も知っていた。
「ご領主さまは、良くご存じでございます」
「ご領主さまという固い呼び方でなくてもいいわ。もっとラフに話しましょう。それに私の事はアンドリューヌでいいわ」
いきなり、話し方の変わった女領主に戸惑う。
「さっきまでの話し方は公的な場のみよ。いつもはこっちの話し方で侍女ぐらいしか知らないわ」
「それで、キバヤシの話にかなり詳しいようですが、どこからの情報になるのでしょうか?」
「うふふ、シンヤさまに恋している女性からよ。もう、あなたの事になると話が長くなって困るわ」
「えっ、それは誰ですか?」
背中に殺気を感じる。6人の視線が背筋を凍らせる。
「ヒント、現在トウキョーに居る人です」
後ろを見るのが怖いが、思い切って後ろを向く。
刺すような視線が俺の身体を通過するが、12の目も誰だろうという眼をしている。
「まあ、奥さまや侍女の方々の目線が怖いわ」
だったら、そんな話はしないでくれ。
「ヒントその2、話せる魔道具を持っています」
エリスを見るが、首を振る。
それはそうだ、エリスだって、ここプロギスには初めて来たのだから。
「あと、話せる魔道具を持っている人って、教会のアーデルヘイトさんぐらいしか……、 まさか、司教さま」
「そう、そのまさかよ。彼女はここの出身なの。教会に入ったけど、彼女は先を見る眼を持っていて、それで出世したけど、反対に恐れられて、エルバンテの教会に飛ばされたって訳」
俺が口を開けてびっくりしていると、続けて教えてくれた。
「彼女自身は神に身を捧げた訳だけど、でもやっぱり恋する心に壁は建てられないわ。
彼女も好きだなんて一言も言わないし、そんな素振りも見せないけど、小さい頃から見て来た幼馴染の私には分かるの」
「えっ、で、でも、彼女は司教さまで……」
「それは彼女も分かっているわ。私のお願いは、もっと彼女に会ってあげて、そして優しくしてあげて、それだけ、お願い」
「は、はぁ」
「もし、彼女が全て捨てて、神の加護も要らないって言って来たら、受け止めてあげて。だって、神を妻にしているのだもん。
今更、司教だからって人間を妻にして悪い訳ないじゃない」
「あ、あの、話が飛躍しすぎだと思います。まだ、そこまでの関係でもないですし」
「だから、もしよ、もし。ね、奥さま方」
「「「「「「ダメです」」」」」」
「あら、侍女の方々までダメなの。なるほど、こちらの方は影武者という訳ね」
正体がバレてしまった。
「安心して。他には話さないわ。でも、条件があるわ。アーデルヘイトよりも私を先に妻にして下さいな」
話が拗れてきた。
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