第192話 ハルロイド領

 しばらくすると川幅も広くなり、川の流速も緩やかになってきた。

「魔法兵、止め、スカート回収」

 魔法兵が風魔法を止めると同時に、船員がスカートを回収していく。

 崖がなくなったので、吹き抜けの風速も弱くなったが、南風の追い風を捕まえて、ヤマトはゆっくりと進んで行く。

 その横には、俺たちがハルロイドの軍船を沈めた、窪んだ停泊地があった。

 俺は手を合わせて、亡くなった兵士に祈りを捧げる。

 そして、その日の夕方にはマハタイド領にある、イルミティバの港に入った。

 川の上流側では大きな船は造られない。そのため、このような大きな船を見るのは、イルミティバの住民は始めてだ。

 ただ、ヤマトは大きすぎて、港に接岸できないため、港の沖合に錨を降ろす。

 投錨の翌日に行軍の兵士たちが到着した。

 後から出発して先に着いた俺たちを見て、口を開けてびっくりしている。

「ど、どうして後から出発して先に着けたのですか?」

 早速、エルハンドラが聞いてきた。

「まあ、いろいろとやりようは有るということだ」

 俺は適当に答えておく。

「さすがはエリスさまです。こんな大きな船も転移できるなんて」

 エルハンドラは、エリスの転移魔法を使ったのかと思っているようだが、その声を聞いたエリスは困った顔をしている。

「いや、さすがのエリスもこの大きな船は無理だ」

「なるほど、それもミドゥーシャに聴けと言う事なのですね」

 振られたミドゥーシャは、固まっている。

 このイルミティバからハルロイドまでは徒歩で1か月弱となるが、今回はイルミティバから船が出る。

 イルミティバ中の船を出して貰い、一度に全員がハルロイドまで向かう。

 当然、ヤマトにも兵士が乗れるだけ乗り込んだ。

 特等室はベッドを追加して、俺と嫁たちが使っている。

 1等船室はアリストテレスさんやザンクマン将軍、それにエルハンドラ夫婦が使う。

 エルハンドラなんかはこっちが恥ずかしくなるくらい、テンションが高くミドゥーシャから窘められている。

 翌日は予想どおり、雨が降ったため、兵士の鋭気を養う意味も込めて、休暇とした。

 兵士も船員もイルミティバの街に繰り出している。

 特に船員は、ここの出身だった者も居て、案内役になっている。

 雨が止んだ翌日は、北西の風が強い。

 サン・イルミド川は上流では北から南に流れるため、北西の風が吹くと船は45度の方向に向けることになり、川を真っ直ぐ遡上させることができ効率がいい。

 広くなった川幅を30隻あまりの船が隊列を組んで進んで行く。

 その中で、ヤマトは最後尾を行く。


 7日後、ハルロイド領の港街、シミルドに着いた。

 ヤマトだけ例の如く、沖合に停泊する。

 小型船が往復し、兵士やキチン、それに車を順番に陸上に運び込む。

 ただ、軍はそのままシミルドに留まり、幹部だけ本部に出向く。

 本部はハルロイド公都の教会になる。

 ハルロイド公都はシミルドの隣街になる。その距離歩いて鐘1つ。つまり3時間くらいだが、キチン車で移動すれば1時間くらいで着く。

 上陸した俺たちはハルロイド公都まで行き、司令部の置かれている教会に入った。

 王国各地からは既に各公国の軍隊が集合していて、俺たちが最後だ。

 ザンクマン将軍、エルハンドラ大将、それにアリストテレスさんと一緒に指令室に到着の報告に入った。

 総大将は王国大将ゴレット将軍が務めている。

 その傍らには見慣れた顔がある。エドバルド・アウノだ。

「失礼します。エルバンテ、キバヤシ、モン・ハン各領の兵1万1千ただ今到着しました」

 ザンクマン将軍が報告する。

「よくぞ、いらした。とりあえず現状を説明しよう。皆も席に着かれよ」

 ゴレット総大将が迎えてくれる。

「ふん、戦場に女連れで来るとは、良いご身分だな」

 髭面の偉そうな将軍が言う。

 俺の周りには嫁たちが居るので、そう見えるのだろうが、この3人が居ればここに居る5万の兵に匹敵する。

「ジルコール将軍、口を慎まれよ」

 ゴレット将軍が窘めるが、

「本当の事を言って何が悪い、それにこの男は何者だ。戦場なのに商人か?武器でも売りに来たのか?」

 俺たちは軍装ではなく、商人の姿で来ている。

「この2名は軍師であり、3人の女性は軍師の妻たちです」

「軍師に戦争ができるか、軍師のくせに女連れなど舐められたものだ」

 ジルコールと言う将軍が毒づく。

 エドバルドが一歩、前に出て何か言おうとするが、ゴレット将軍がそれを手で制した。

 俺とアリストテレスさん、それに嫁たちは涼しい顔をしており、それを見たザンクマン将軍が、

「では、現状をお聞きしましょうか」

 議事の進行を促した。

「貴族派は、昔の公主邸を拠点に立て籠っている。

 旧公主邸は要塞と言って良く、食料も豊富に蓄えられている。このため、簡単に落とす事が出来ない状況である。

 一方、エリス教派はその旧公主邸を取り囲んではいるものの、攻め落とすには数が足らず、取り囲んだまま膠着状態だ」

 説明をしているのは、エドバルドだ。

「貴族派はその資金に物を言わせ、ならず者を雇っており、その者たちがエリス教派の後方から絶えず攻撃を仕掛けている。エリス教派は挟み撃ちの状態だ。

 現状としては、エリス教派の方が分が悪い」

「冒険者も貴族派に雇われているのですか?」

「いや、冒険者と名乗ってはいるが、実は強盗犯や殺人犯などのどちらかと言うとならず者だ。正しい冒険者はこの内紛に関わろうとしていない」

「そのならず者たちの数は?」

「王国各地から来ている。その数約2万、一攫千金を狙った者も来ているので、更に増える可能性もある。

 そして貴族派は女子供合わせて1万だが、兵士として動けるのは奴隷を含めて、実質は3千といったところだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る