第187話 2号船ムサシ

「ここは船員たちの居住空間になります。一人一部屋あり、ベッドも備え付けられています」

 一人一部屋といっても、カプセルホテルのような2段ベッドになっている。

 それでも、今までの船は、ベッドなどは無く、適当な場所に寝ていたものだ。

 暑い時は甲板に寝ていた者もいる。

 それが2段ベッドとは言え、個室が出来たという事は、かなりの進化と言えよう。

「こちらは客室です。一番安い部屋は船員たちと同じような作りになっています」

 同じように2段ベッドになっている。

「こちらは1等船室になります」

 こっちは、普通のベッドが2つ、いわゆるツインという形の部屋だ。

「さらに特等室はこちらになります」

 1等船室より大きめのベッドにバルコニー、それに風呂がついている。

「特等船室には専任のアテンダントが待機しております」

 見ると若い女性だ。

 制服をぴしっと着こなしてかっこいい。深々と頭を下げている。

「すごいです。専任のアテンダントまで居るなんて」

「この子は学院を卒業したばかりですよ」

 ええっ、そうなの。

「専任アテンダントのロザリーと申します。学院を卒業して、キバヤシロジテックに入社しての配属が、こちらになりました。よろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく頼む」

 見ると誰かに似ているが、思い出せない。

「姉のベルクがお世話になっています」

 おお、そうだ、ベルクさんに似ている。姉妹だったのか。

「ベルクさんの妹さんか、たしか、大店の丁稚奉公にという話だったが……」

「はい、一度にそちらに奉公に上がったのですが、姉から進められて、学院に入り直しました。この度卒院したので、こちらでお世話になる事になりました」

 その後、船倉に行ってみる。

 船倉はいくつかの部屋に区切られており、たとえ1つの部屋が浸水しても他の部屋まで浸水しない構造となっている。

 これは現代の船の造りにも見られる。

 そして象徴となるマストは船底から建てられており、その根元に行くとかなり大きな木が使用されているのが分かる。

「船底が平たいから、かなりの荷物を積めるな」

「会長、船底が平たいのには理由があるんですよ」

 アルフレッドさんは、さすがに船大工だけあって詳しそうだ。

「この船はマストがでかい。と、なると船底が広くないと、ひっくり返ってしまうんです」

 なるほど、そういう理由があったのか。

 船倉の後方に「水室」と書かれた部屋があった。

「ハンドラルさん、ここは?」

「ここが例の水を入れたカイモノブクロの部屋です。水は重いので、一番下に置いてあり、必要に応じて魔石ポンプで汲み上げて使います」

 その横の部屋には「浄化室」と書かれた部屋があった。

「ここは浄化槽が置いてあるんですか?」

「そうです。浄化した水はこの横の部屋の水槽に溜められるようになっています。

 水性アメーバを通すと水は腐りませんから、生活用水はこちらで対応し、飲み水だけ、カイモノブクロの水を使います」

 俺たちが見物をしている間にも荷物は運び込まれているが、何しろ船が大きいため、積み込むのに時間が掛かる。

 聞いたら積み込むのに2週間ほど掛かるそうだ。

 人手だけで積み込むので仕方ないのかもしれないが、ここのところは機械化しなければいけないだろう。

 俺たちが下船するときに、一人の男性が挨拶に来た。

 今回、ムサシを率いるレンさんだ。

 前回、スパローさんが船団長を務めていたが、スパローさんはシナノを使った船員の訓練に携わって貰うため、サザンランド行きは経験者でもあるレンさんが船団長を務めて貰う。

「会長、いかがでしたか?」

「すごい船という事は分かりましたが、すご過ぎて言葉が出ないです。

 俺たちもこの船でもう一度、サザンランドに行ってみたいものです」

「婿殿、その時はこの儂にも声をかけてくれんかのう」

「父上、もちろんでございます」

「私も昔は、このサン・イルミド川で魚を獲っていた漁師でした。

 それが、キバヤシロジテックに入社し、社長のセルゲイさんに見いだされ、今こうしてムサシを率いて、サザンランドまで行く事になるとは、夢にも思いませんでした。

 こうして一人前の船乗りになれたのも、社長のセルゲイさんと会長のおかげと思っています」

「レンさん、一つだけ条件がある。もし何かあっても、人命第一でお願いしたい。それと、船が沈むような事があっても、レンさんまで死ぬ事はない。そういうような事があったら、船と積み荷は捨ててでも、生きて帰ってくれ」

「この船の建造費、積み荷の金額、どれをとっても私一人の命と交換できるものではありません。

 ただ、一つお約束するなら、もし船が沈むような事があったら、私が一番最後に船を捨てるようにします」

 レンさんと別れたあと、「ムサシ」は出航の準備に入る。

 船員が慌ただしく、船の中を行き来している。


 2週間後、積み荷を満載したムサシが出航することになった。

「ブォー、ブォー」

 角笛が響き渡る。

 今回は、荷物以外にも、サザンランドへの初めてのツアー客が乗っている。

 このツアーはキバヤシ旅行社が売り出したツアー客で、かなりの申し込みがあったと社長のコリーさんが言っていた。

 その旅行者の人たちも甲板に出て手を振っている。

 タグボートに引かれて船が岸から離れる。

 港からかなり離れたところで、タグボートが船から離れた。

 船員が全員でマストに上がり帆を張っている。

 その仕事ぶりを見ていたが、あっと言う間に帆が張れた。

 帆が張れると同時に船脚が速くなり、川の下流側へ向かってスピードが上がって行き、あの大きな船体が直ぐに見えなくなった。

 予定では1か月ほどでサザンランドに着く予定だ。

 サザンランドでは荷の積み下ろし、積み込みのために1か月ほど停泊し、また1か月かけて帰って来る。

 特にサザンランドでは、船が港に直接接岸できないので、沖合に停泊し、小型船でピストン輸送することになるので、どうしても積み込みに時間が掛かる。

 このため、全行程が3か月にもなってしまう。

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