第103話 出港

「婿殿、執事として、連れて行って欲しい者がおる」

 一人の青年が現れた。

「エミールという」

 この男、たしか結婚式の時に迎えに来た執事だ。武術もかなりの腕だった。

「シンヤさま、お久しぶりでございます」

「あなたは確か、結婚式の際に……」

「はっ、この度はよろしくお願いします」

「エミールはスカトロフ男爵家の次男でな。ここに執事として詰めて貰っている」

 男爵家の次男なんて、正直、食い扶持がない。

 どこかの婿に入るしかないのだ。中には商人や冒険者になる者も居る。

 エルバンテ公が、武術の腕を見込んで雇ったのだろう。

 結局、エルバンテからは8名で行くことになった。


 数日後、

 公都から港に行くと、船5隻に物資が積み込まれているところだった。

 船員たちが荷物の運び込みや、出向準備で慌ただしい。

 その様子を見ていると、一人の男が近づいて来た。

 髭面の中に黄色い歯が見えており、いかにも海の男という感じだが、憎めない顔をしている。

 セルゲイさんが、紹介してくれた。

「会長、今回船団長を務める、スパローです」

 スパローって海賊の名じゃないか。大丈夫か?

「スパローは、うちの会社の副社長でもあるんです」

「スパロー・コモンです。よろしくです。あっ、会長さんなら知ってますんで、名乗らなくても大丈夫でっせ」

 ジャック・スパローっていう名じゃなくて良かった。

「よろしくお願いします。しかし、俺の名ってそんなに有名ですか?」

「そりゃ、今回の戦争の功労者ですからね。しかも次期領主さまですから。

 俺たちが船頭を務めますから、大船に乗ったつもりで居て下さい。実際、大船ですけどね」

 たしかに大きな船だ。

 俺達はこの船55隻を相手に戦ったのか。

 スパローさんが挨拶をして去っていくと、しばらくして乗船の合図があった。

 下から見ても大きかったが、乗ってみるとその大きさが良くわかる。

 スパローさんが社長であるセルゲイさんに出航の連絡に来た。

 セルゲイさんが頷くと、スパローさんが手を挙げた。

 船からロープが外され、手漕きの小型船、現代で言うならタグボートだろうか、に引かれて港から出ていく。

「帆を張れ」

 船長らしき人が叫ぶ。

 マストに登っていた船員が、一斉に帆を張った。

 正面からの風を受け、船が進む。

 冬の時期は西からの風になるので、船は正面の風を受けることになる。

 船は追い風の場合は真っ直ぐ進む事ができるが、向かい風の場合は斜めに進むことしかできない。

 つまり、正面に行きたい時はジクザグに進む訳だ。なので、追い風に比べて船脚が遅くなる。

 向かい側の港町ツェルンまでは9km程の距離だが、鐘半分、1時間半以上掛かる。反対に帰りは鐘1/3ほどもかからない。

 俺たちを乗せた5隻の船はサン・イルミド川を順調に進むが、30分ほどしたら、ラピスが気分が悪いと言いだした。

 エリスが、

「4人目だわ」

 とか言うので、取り合えず、後ろから乳を揉んでやった。

 どうみても船酔いだろう。

 まだ、これが1時間以上も続くとなるとラピスは辛いだろうが、こればっかりはどうすることもできない。

 ラピスは船室で横になっている。

 太陽が高くなってくると、正面の風が川下からの風に変わってきた。

 ちょっとは、船脚が速くなるかもしれない。

 信号員だろうか、旗をいくつか挙げて、後ろの船に指示をしている。

 旗が変わる度に、後続の船の航路が変わる。

 これらの操船は、船団長、船長、信号員の阿吽の呼吸がすばらしい。

「会長、今日は天候が良くて、良かったです。船もこんな穏やかな川面は久しぶりじゃないですかね」

 スパローさんが話しかけてきた。

 しかし、その穏やかな船旅で既にダウンしている人が一人いる。

「ラピスがダウンしているが」

「いやー、必ず一人はああいう人が居ますんで」

 ラピス以外は、みんな平気みたいなんだが。

「しかし、この船はいい船でっせ。大きさといい、船脚といい。船乗りからすれば言う事ありませんぜ」

 だが、この船乗りたちも元は、ハルロイド公の船員だったハズだが。

 その事を言うと、

「いや、サン・イルミド川の各港町から雇われた者たちです。

 元々ハルロイドの船員だった人間は、国に帰りました。

 最後は『俺たちは神を見た』なんて、訳の分からない事を言ってましたぜ」

 おい、エリス、マインドコントロールし過ぎだろう。

 それを聞いていたエリスは、

「なんと、敬虔な信者さんたちかしら。どこかの誰かさんにも見習わせたいわ」

 こいつ、川に投げ捨ててやろうか。


 対岸の港が見えてきた。

 港の入り口に手漕ぎのタグボートが見える。

 セルゲイさんに聞けば、あのタグボートもうちの会社のものだとか。

 会長として、そんな事も知らずに恥ずかしい。

「帆を畳め」

 船長の声が飛ぶ。

 船の帆が、一斉に畳まれた。

 それと同時に、船からタグボートにロープが投げられる。

 タグボートと船がロープで結ばれると、タグボートの漕ぎ手が一斉に船を漕ぎ出す。

 タグボートには20人ぐらいの漕ぎ手が乗っていて、腕が見るからに太い。

 曳航されて、岸に接岸した。ここから港に待機している馬車に荷物を移し替える訳だが、これにはかなりの時間が掛かるため、今日はこの港町ツェルンで1泊だ。

 俺たちはキチン車を持ってきたので、キチン車を降ろして貰う。

 降ろすのはジェコビッチさんがやっているが、うまいもんだ。

「ジェコビッチさん、キチン車の扱いがうまくなりましたね」

「お館さまにお褒め頂き、恐縮です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る