第104話 ツェルンの街

 エミールが宿を手配してくれた。

 エミールには、「エルバンテの使いとは言ってもいいが、ラピスや俺の事は必要以上に言わないように」と言っていたので、最高級の宿ではないが、それなりに高級の宿を手配してくれた。

 それでも、エミールは浮かない顔をしている。

「申し訳ありません。このような宿しかなくて。どこかの伯爵の息子だとかが、最高級の宿に泊まっているとかで、宿泊できませんでした」

「いや、十分だよ。もっと安いところでも良かったのに。旅行代金は節約しないとね」

 エミールが、驚いたような顔をしている。

「何か、俺の顔が変か?」

「いえ、そのような事をおっしゃられる方は始めてです。大体は、『何んで一番いい宿じゃないんだ』と言われるので」

「だって、安い方がいいじゃないか。どうせ寝るだけだし」

「エミール、私の旦那さまはこんな人だから、気にしないで早く慣れてね」

「分かりました、ラピス奥さま」

「部屋に入ったら、子供たちにお乳を与えてくるから、それから食事に出かけましょう」

 部屋に入った瞬間、エリスたちが転移していった。

 付き添いで来ていた侍女たちが、トランクを開けて整理している。

 荷物をほどき終わったところで、エリスたちが転移して来た。

「子供たちは、どうだった?」

「うん、元気そのもの」

「エミリーが、変な事を教えてなかっただろうな」

「まだ、言葉とか、分からないから大丈夫よ」

 嫁たちに笑われてしまったが、エミリーを甘く見てはいけない。

「旦那さま、宿に食事の用意をさせましょう」

 エミールが聞いてきた。

「折角だから、外に食べに行こうか。みんなもそれでいいかな?」

 セルゲイさんもアリストレスさんも、もちろん嫁たちもそれでいいと言う。

 エミールが慌てて、

「外はどんな危険があるか分かりません。不用意に外に出るのは危険です」

 セルゲイさんが反論する。

「エミールさん、その気持ちは分かるが、たまにはいいじゃないか。これも視察の一環だよ。ガハハ」

 役場に輸入の手続きに行っていたアララさんと執事のマンフレッドさんと侍女たちも誘い、総勢12名で食事に出かける。

 ここは地元のアララさん、マンフレッドさんにお任せして海鮮料理の美味しい店に行くこととした。

 やはり港町、美味しい海鮮料理を食べたい。日本人だしね。

 店に着くとかなり大きな店で、個室もあるという。

 12名全員が個室に入るが、エミール、マンフレッドさん、侍女たちが立ったままだ。

「どうしました。早く座って下さい」

「そんな、シンヤさまや公女さまと同席するなんて、滅相もない」

 侍女たちも同意している。

「えっと、俺の主義として食事はみんなで楽しく食べるというのがある。だから座ってくれ」

 それでも座らないので、

「これは、命令だ、さっさと座るように」

 みんな、おずおずと座った。

 それを見て、ラピスが

「うちの主人は変わり者だから、早く慣れてね」

 なんて、笑いながら言ってる。

 みんなで食事になったが、それでも遠慮して大皿から持って来ようとはしない。

「早く取らないと無くなるぞ」

「そんな、一緒の皿から恐れ多くて……」

 仕方ないので、取り皿に取り分けてやったら

「旦那さまから、そんな事をされると食べられません」

「取らないからだ。こんな事をされるのが嫌なら、さっさと取る事だ」

 ラピスが、

「だから、うちの主人は、変わり者だからって言ってるでしょう」

 なんて言ってる。

 エリスなんて、さっきから黙々と食べている。

「エリス、食べ過ぎじゃないのか?」

「子供に、お乳をあげなきゃいけないから、栄養をつけなくっちゃ」

「太るぞ」

「神は、太らないから」

 それを聞いたアララさんが、

「神ってどういう事でしょうか?」

「私は、女神エリスなのよ」

「はぁ、確かに女神の名前は、エリスですが……」

 なんか、可愛そうな目でエリスを見ている。

 女神の名前ってエリスって言うのか、初めて知った。

「女神の名前ってエリスって言うのか?」

 エリスに聞いてみた。

「そうよ、ずっーとエリスなの」

「でも、お前って研修期間とか、言ってたじゃないか」

「変わってもエリスを名乗るの。正式女神になったら、先代の女神は引退ね」

「引退って、天界にでも帰るのか?」

「ううん、廃棄ね」

「は、廃棄ってどういうことだよ?」

「うん、私たち女神はね、クローンなのよ」

 へっ、クローン?

 俺とエリス以外の人間は、話の内容が分からないので、黙って聞いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る