第78話 放火魔

 公爵家で一晩過ごし、夜明けとともに朝食を済ませてから、ミュとエリスを連れて3号店の現場に行く。

 ラピスはしばらく、公爵さまの屋敷に居ることになった。

 現場では憲兵隊が夜を通して居たらしいが、不審者と思われる人物は現れなかったそうだ。

 3号店の火事の件は、昨日のうちに街中に伝わっている。

 そのためか、まだ朝も早いのに野次馬が居る。

 この中に女らしき人はいない。

 いや、もしかして、女装していた可能性もあるので、今の段階で女性が犯人と決めつけるのは良くないだろう。


 憲兵隊長のアルジオさんにも犯人が来る可能性が高い事は言ってある。

 しばらくすると、セルゲイさんも来た。

「会長、おはようございます」

「セルゲイさん、おはよう」

「まったく、ひでえ事しやがる。見つけたら、ただじゃおかねぇ」

「以外と見つかるかもよ」

「へっ、どういう事ですか?」

 昨日、自宅が荒らされた事を話す。

「3号店だけじゃなく、会長の家までですかい。もう、許せねぇ」

「それでだ、もし見つかった時はあっちの路地に追い詰めるからセルゲイさんはステンバイしておいてくれ。犯人は女性だと思うが、かなりの使い手と思った方がいい」

「分かりました。部下と一緒に指示された方で待機します」


 2つの鐘が鳴った時だ、現場には多くの野次馬が来ており、エリスが俺の袖を引いた。

 ミュにも目線で知らせる。

 予め決めておいたサインでアルジオ隊長、チェルシー長官も分かったみたいだ。

 憲兵隊が包囲網を絞っていく。

 包囲網も二重、三重で包囲している。そう簡単には抜け出せない。

 ふと、犯人が立ち止まる。気付かれた。

 包囲している憲兵隊が直ちに犯人に飛び掛かるが、犯人はするりと抜けて後方に走っている。


「ミュ、頼む」

「はい、ご主人さま」

 エリスに身体強化魔法をかけられたミュが追いかけたが、相手も人間とは思えないほど速い。

 しかし、狙いどおりにセルゲイさんの居る路地の方へ走って行く。

 犯人の前にセルゲイさんが躍り出た。

 犯人と睨み合ってる。

 そこに、ミュが追い付いた。挟み撃ちだ。


 その瞬間、犯人はセルゲイさんの頭を越える程の跳躍をする。既に人間の能力ではない。

 セルゲイさんを越えようとした時だ。犯人の足にセルゲイさんの投げた鎖が巻き付いた。

 犯人が足を取られて地面に落下する。

 犯人は地面に落ちると同時に短剣を懐から取り出し構えたが、走り寄ったミュが足で蹴って短剣を手から弾いたと同時にボディへの一発が決まり、犯人は気を失った。


 憲兵隊も走ってきた。

 ロープで身体をぐるぐる巻きにする。

 ファイヤーボールを使う魔法使いだと分かっているため、念のため檻に入れて運ぶことになった。


 気を失っている犯人のベールをチェルシー長官が取った。

 そこに現れたのはブロンドの白人女性だったが、一つ違っていたのは猫耳があったのだ。

「猫族?!」

 アルジオさんが叫ぶ。

 まだ気を失っている犯人をロープで縛ったまま檻に入れ、馬車に乗せて運ぶ。

 周辺の野次馬が遠巻きに見ている。

「シンヤ殿たちも来て頂いて良いでしょうか?」

 これから尋問すると言う事だろう。

「分かりました、聞きたい事はいっぱいありますから」


 憲兵庁舎に着いた。凶悪犯専用の尋問部屋に入る。

 尋問部屋という名前になっているが、実際は拷問部屋だ。

 ロープに縛られたまま気を失っている犯人を起こさねばならない。

「エリス、起こしてやれ」

「分かったわ、ヒール」

 気が付いたのか、周りを見回している。

「私は憲兵長官のチェルシーだ、いくつか聞きたい事がある」

 犯人は黙っている。だが、黙秘権はここにはない。

 黙っていると言う事は、このままでは拷問になることを部屋の雰囲気が伝える。


「まず、名前は?」

「……」

「ミュ・キバヤシの店に火を付けたのはお前だな?」

「……」

「なるほど、否定はしないのか」

 小者ならここで否定する。否定しないと言う事はプロだと思った方が良い。

「シンヤ殿、困りましたな」

「では、ミュにお願いするしかなさそうですね。ミュ頼む」

「分かりました、ご主人さま」

 ミュがいつものように見つめると焦点が合わなくなってきて、身体の力が抜けていくのが分かった。

 チェルシー長官が直接聞いて行く。

「お前の名前は?」

「ウーリカ」

「ミュ・キバヤシの店に火を付けたのはお前だな?」

「はい」

「ミュ・キバヤシの家を荒らしたのもお前だな?」

「はい」

「シンヤ・キバヤシを暗殺しようとしたのもお前だな?」

「はい」

「最終的にお前に指示をしたのは誰だ?」

「ハルロイド公爵」


 その名前を聞いて、憲兵隊のお偉いさん方が驚いている。

 俺はこちらに来て日が浅いので、その人を知らない。

「ハルロイド公爵は何故シンヤ・キバヤシを殺す必要があるのだ?」

「ハルロイド公爵が欲しいのはこのエルバンテ領。その継承権のある人物はじゃまだ。殺すのはシンヤでもラピスでもどちらでも良かった」

 このウーリカという女は昨日俺の家に入ったのはラピスを殺すためだったのか。危ない所だった。

 エリスの顔も真っ赤だ。きっと怒っているに違いない。

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