第57話 訪問者

 ラピスたちが来てから1か月が経過した。

 ラピスは公爵さまに結婚の報告と準備をするために、1か月ほど屋敷に帰ることになった。

 もちろん、エミリーも一緒だ。

 俺も何もしない訳にもいかないので、そのうち、公爵さまに会わなければならないだろう。

 もしかしたら、首が飛ぶかもしれない。

 その事をミュとエリスに言ったら、

「私たちも同行します。何んたって、同じ夫人になるのだから、相手のお父さまにご挨拶するのは当然です」


 しかし、それから数日経った日だ。

 扉をノックする人がいる。

 入ってきたのは他ならぬ公爵さま、その人だった。

 外を見ると黒塗りに公爵家の家紋が入った馬車が止まっている。

 この馬車が止まるのは2度目だ。

 あわてて、全員が跪く。

 すると公爵さまも跪いた。

「今回は、シンヤ殿にお話があって来ました」


 とうとう、来たよ。

 しかし、いきなり首を採られる感じはしないのは、ちょっと安心した。

「ラピスを嫁に貰って頂けるということで、感謝しています。

 あの娘もちょっと心配していたんだが、こうして嫁に行くとなると感慨深いものがありますな」

 えーと、俺の意思は二の次なんだが。

「それで、これを機会に儂は引退しようと考えている。ついてはシンヤ殿、儂の跡を継いでこの領地を治めて欲しい」

 ええっー。今、なんと。


「お父上、いきなりそれは無理です。私はそのような立場に立ったことはありません。それなのにいきなり領地を治めるなど、領民が一番苦労します」

 俺は、今3度目の地雷を踏んだ。

「おおっ、儂のことをお父上と呼んでくれるのか」

 公爵さまは涙を流している。

 もう、ラピスの婿決定だ。今からはどうしようもない。

「いきなり、それは無理です。ある程度勉強も必要かと」

「では、結婚後、屋敷に詰めてくれ。大臣たちにも言い聞かせて勉強させよう。儂はその後に引退する」

「店の経営もまだやる事があります。こちらもある程度道筋をつけておかないと……」

「うむ、それは理解している。だが、アール君という優秀な経営者も居るのだろう。いつかは統治者としてやってくれないか」

 さすが、公爵さま、ちゃんと調査済と言う訳か。

「後継者の件は国王にも使者を出しておく。それとシンヤ殿たちは結婚式を挙げていないのだろう。3人一緒に挙げれば良いかの」

 その言葉に反応したのは、エリスとミュだ。

「はい、よろしくお願いします」

 エリスが答えた。


 翌日、店の会議室に工場長のエイさんも呼んで、ラピス公女さまを3番目の妻として迎える事を話した。結婚式も3人で挙げる事もだ。

「では、あと二人分ウェディングドレスを作らないといけませんね」

 工場長のエイさんが言う。

「そうすると。シンヤさまは経営から手を引くということでしょうか?」

 皆、同じ事を考えていたのか、首を縦に振っている。

「いい機会なので、私が考えている事を話したいが、聞いてくれるか?」

 皆の目線がこちらに集まる。


 俺は、この世界に居るすべての人が、差別を受けていることをどうにかしたいと考えていると話した。

 500年前に戦争があって、悪魔族はそれに敗れたが、今では反抗の兆しもないのに見つかれば直ちに連行される不条理さ。

 その戦争で、中立を保ったという理由で差別される獣人。

 彼らにだって生きる権利はある。

 能力のある人は、もっと活躍できる社会を築きたい。

 出生に関係なく平等な社会を創るのが、目指すところである。


 俺の話が終わって真っ先に口を開いたのは、ガルンハルトさんだ。

「非常にすばらしい理想であると思いますが、実現可能でしょうか」

「実現可能か不可能かではない。俺の我が儘として実現したい」

「正直、我々一般人は獣人に対しては、あまり差別意識はありません。

 しかし、憲兵、軍隊、貴族は獣人たちを農場で奴隷としたり、冒険者として利用しているので、彼らを解放するとなると、それらの反感を買うことになります」

「それは理解している。俺がラピスさまの夫となることは、将来的にこのエルバンテの領主になるということだ。

 それだけでも面白くないやつが居るところに獣人解放なんてやったら、クーデターものだろう」

「そこまで分かっているなら、何故ラピスさまの夫などになるのです?」


「うーん、成り行きかな?」

「成り行きでシンヤさまの妻になれるのですか?」

「うん、エリスとミュも認めてくれたし」

「エリスさまとミュさまが認めれば、妻になれるのですか?」

「成れるよ。俺は二人の事を信じているし、二人は俺の考えに同意してくれている。

 それに、二人が居れば不可能な事はないような気がする」


「しかし、ラピスさまはシンヤさまにとって災いの種です」

「それはラピスが一番分かっているだろう。

 でも、きっとエリスとミュがいるから、踏ん切りがついたのではないかな。ラピスも二人を信じているということだ」

 エリスとミュが、顔を真っ赤にしている。感動しているのかもしれない。

「それでも直ぐに領主となることは、貴族連中の反感を買うだろうから、俺の考えとしては、夫になっても直ぐに領主にならずに、ミュ・キバヤシの会長のままで居ることを領民に向かって宣言する。

 実際、やりたい事もまだあるしね」

 ホッとした顔を見せる人も何人かいた。

「しかし、いつまでもこのままと言う訳にはいかないだろう。

 そのうち自分が望まなくても、ここの領主の座に就かねばならなくなる。

 その時にクーデターのような事が起こるかもしれない。

 俺としては、その時に市民を味方に付ける事ができれば、大きな災いにならないと考えている」


 その言葉を聞いてアールさんが発言した。

「我々、ミュ・キバヤシ役員一同は、会長の我が儘を通すため、最善を尽くしましょう。反対の者は、申し出よ」

 誰も反対する者はいない。

 視線が俺に集中する。

「みんな、すまない。俺の我が儘に付き合わせてしまうことなって。もし、何かあれば俺を見捨てて逃げてくれ」

 シュバンカさんが立ち上がって言う。

「みんな、会長に拾われた者です。会長を見捨ててどこに逃げると言うのです」

 全員が首を縦に振る。

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