第30話 家族

 エリスは目を輝かせながら、店の中を見て回り、キャーとかステキとか言ってる。

 おい、シスターなんだから、もう少し節操を持てよ。

「ね、ね、シンヤさま。この下着貰っていい?」

「だめだ、それはお客さまのものだ。欲しいのなら予約して買わなければならない」

 エリスは恨めしそうに見ていたが、どうやら物分かりの悪い事は、言わないみたいだ。

 エリスはその後に教会に行くというので、付いてきて欲しいと言う。

 俺とミュは教会に付いて行った。

「ご主人さま、この教会には強い聖結界が張ってあります。私はこの中に入れません」

 悪魔のミュは、教会には入れないらしい。

 エリスは一人教会の中に入っていくと、しばらくしたら羊皮紙を一枚持ってきた。

「なんの用紙だ、それは?」

「うん、後から家に帰ってから話しますね。あと、グランドシスターに教会を出ていくことを言ってきました。

 グランドシスターが理由を聞くから、『結婚します』って答えておいたわ。

 グランドシスターは驚いた顔をしていたけど、最後に『幸せにおなりなさい』って言ってくれた。

 だから、シンヤさんは絶対、私を幸せにしてね」

 ううっ、プレッシャーが。


 そのあと、店に戻り俺とミュは接客を行う。

 今日も店は混雑している。

 エリスは見学という立場だ。

 夜、閉店してから3人で家に帰る。

 夕食と風呂を終えて、テーブルに向き合うと、エリスが教会から貰ってきた羊皮紙を出してきた。

 羊皮紙は、こちらの世界では高級品だ。

 羊皮紙の上に「結婚届」と書いてある。

 この世界にも婚姻届があったのか。

 ミュと俺は婚姻届を出していないが、以前、ギルドでパーティ登録をする時にミュに、「なんだか、ミュと婚姻届けを出しているみたいだ」と言ったら、ミュが顔を赤くしていたということは、ミュはこの「結婚届」のあることを知っていたんだろう。


「シンヤさま、私と結婚届を出してください」

 結婚届か、これでほんとに夫婦となるのか、でもミュはどうする。

「ミュはどうするんだ?」

「ミュも一緒に出します」

 結婚届を見ると、夫の欄も妻の欄も何人も書けるようになっている。

 その理由をエリスに聞いてみると

「この世界は多夫多妻制です。何人も夫にできますし、妻にもできます」

 ええっー、びっくらこいた。

 始めてだよ、多夫多妻なんて。

「もともと、男性は出生率が低いうえに、子供の頃に死ぬ確率も大きいです。

 しかも大人になってからも、冒険者や軍隊に入って死ぬ確率も増えます。

 自然と女性の数が増えるんです。

 ですから、一夫多妻でも良かったのですが、女性人権団体の人たちが差別だとか騒ぎ出して、多夫多妻になったと聞いています」

 大学の某女性教授みたいなのが、いるんだろうか?

 でも、あの人独身みたいだし。

「その女性人権団体のリーダーって、もしかして独身?」

「はい、そうですが……」

 やっぱ、そうなのね。

「ですから、夫の欄はシンヤさまを書いて、妻の欄に私とミュを書けば大丈夫です」

 なるほどね、分かった。


「では、私が第一夫人ということで、よろしいでしょうか?」

「えっ、第一夫人はミュだろう、実際ミュを妻としたのが先だし」

「ここは女神の名にかけて、第一夫人の座は譲れません」

 なんだよ、その駄女神の名って、1文の価値もねぇぞ。

「ミュも何か、言ってやれ」

「私は第二夫人で十分です。ご主人さまのお側に居れれば、夫人の順序なんてどうでもいいことです」

「ミュ、お前はなんてできたヤツなんだ、ミュが妻で本当に良かった」

「ありがとうございます。ご主人さま」

「私だって、どうしても第一夫人に成りたい訳じゃないわ、ミュが望むなら第二夫人でもいいわ」

「じゃ、こうしよう。第一夫人はエリス、第二夫人はミュということで。やっぱ第一夫人は、どこに出しても恥ずかしくない人がいいよな」

 エリスは、顔をパッと明るくして、

「え、そうね、私が第一夫人の方が、いいかもしれないわ」

「じゃ、俺から名前を書いていくよ。

 エリス、名前はエリス・ルージュ・キバヤシとしてくれ。

 ミュは、ミュ・ローズ・キバヤシだ」

 二人とも意味が良く分からないようだ。

「えっーと、俺の所だと、妻になると夫の姓を名乗るんだ。だから、二人ともキバヤシを名乗ってくれ」

 二人が顔を見合わせている。

「つまり、この3人で家族だ」

 二人とも顔を赤くして名前を書き始め、そして、名前を書き終わった。


 その用紙を見て俺がポツリと、

「でも、この第一夫人は家事も出来ないし、箸も使えないんだっけ」

「うっ、これから勉強するわ、私はやればできる子なのよ、そうよYDKなんだから」

 YDK、やってもできない子って意味もあるぞ。

 俺の意地悪いジョークだと知っているミュは、

「エリスさま、私と一緒にやりましょう、エリスさまなら直ぐに覚えられますよ」

「え、そうよね。ミュよろしくお願いしますね」

 ミュは物覚えがいい。料理とかも教えると直ぐに作れてしまう。直ぐにできる子、SDKなのだ。

 反対にこの駄女神は大丈夫なんだろうか。

 もうどっちが女神なのか分からない。


 しかし、この二人、昨日は殺し合いしていたのに、なんだかすっかり仲良しになっている。

「お前たち、いつそんなに仲良しになったんだ?」

「いや、別に悪魔なんかと仲良しになっていないわ、ただ、第一夫人として、第二夫人と夫を支えるのは当たり前の事じゃない」

 おっ、エリスもたまにはいい事言う。

「ところで、明日、郊外に寄宿舎を建てるための場所を見に行く。馬車も使えないから徒歩になるが、ミュもエリスも大丈夫か?」

「私はご主人さまの行くところにはどこにでも、ついて行きます」

「私だって、シンヤさまの行くところについて行くわ」

 でも、エリスにはミュのようなパンツ型の服がない。それをエリスに言うと、

「シスター服があるから大丈夫」

 って本当だろうか。

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