あれとこれとそれ

大江 千歌乃莉

あれ 1

 ああ、ああ、と、頭を抱え、 何度も何度も窓を覗く。そこから見える多くの目は、全てこちらを、私を見ているようで、不快と緊張が入り混じった汗が次々と流れる。流れたものをとりもどすように、容器に入った水を一気に飲み干すも、体内に留まることはなく、どろどろと、またしても流れていく。人間が、快適に過ごせるようにと作った衣服も、こうもぐしゃぐしゃになると、ひっくり返って不快だ。ああ、と、またも声が押し出され、また窓を覗き込んだ。


 いつのまにか、逃げるように、自ら這いつくばる形になり、意識を閉ざしていた。不快は不快を広め、連鎖していくもので、布団までもが、ひっくり返ってしまった。窓からの光は視界に捉えると、いくらか誤魔化せていた感情が、じわじわと蘇り始め、目眩を呼ぶ。私はどうしたらいいのだろうか。窓から見える無数の狂気は、ただただ狂気を振りまくだけで、要求も見えてこない。どうしたらいいのだ。どうしろというのだ。どうしてこうなったんだ。どうして、どうして、ああ、ああ。


 数時間経った。何も変わらない。どろどろで、ぐしゃぐしゃで、頭痛と吐気。耐えきれず、部屋を飛び出した。みかんでも食べよう、そうしよう、なんて、突飛なことを口に出しつつ、台所へと向かう。途中、姉とすれ違うと、あまりに酷い私の姿を見て、首根っこを掴んで、話し合いに持ち込まれた。ああで、ああなのだ、ああ、どうしよう、自分でも、要領を得ない喋りだとわかる。姉は、何を言っているのか、ほとんどわかっていないようだったが、簡単よ、と言ってきた。閉じなさい、と。

 そうか、そうだ、そうなのだ。部屋まで駆け戻った私は、まるで変わっていない窓の前に立つ。そこに、先ほどまでの怖さなどはなく、こんなものに何を怖がっていたのかわからないほどだ。いろいろな意味を含んだ笑みを浮かべながら、キーボードを叩き、マウスを押して、シャットダウンした。

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あれとこれとそれ 大江 千歌乃莉 @oec

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