第8話 神様、詐欺に遭う

 ゆらゆらと、優しく揺すられて、菊理は眠りから少しずつ浮上した。


「菊理さん……すみません、もう行かなくてはならないので……」


「んー」


 優しい声と温かくて広い胸。

 言いようもない幸福感でいっぱいになりながら、抱きついた腕に一層力を籠める。


「菊理さん、起きて」


「やだ」


「菊理さん、起きているなら起きてください」


「起きてない」


「……」


 抵抗する菊理に、呆れたような溜息を吐いた人は、菊理の背中に回していた手をお尻まで下げ、そのまま足の間にするりと差し込んだ。


 つぷ、と指を受け入れた秘所は昨夜の名残で潤ったままだ。


「ここが濡れるような、どんな悪い夢を見ていたんですか?」


 くちゃくちゅ、と水音を立てて掻き回されて菊理が震えると、囁いた耳の中をべろりと舐められた。


「んあっ!」


 ぐちゅぐちゅと秘所と耳介を嬲られて、あまりのくすぐったさと気持ち良さに、菊理は悲鳴を上げて身悶えた。

 

「やっ! あああっ! やぁんっ!」


「……ああ、菊理さん……なんでそんなに……可愛いんですかっ! 止められなくなる……」


 菊理を突き放すようにしてガバッと起き上がったサンタは、蜜を溢れさせている菊理の秘所を貪った。

 指ではない、弾力のあるもので襞をかき分けられ、熱い唇で花芯に吸い付かれると何も考えられなくなる。

 滴る愛液を啜られ、指を三本も入れられて、ズブズブと抜き差しされて、あっけなく達する。


「ああ……挿れたい……挿れたくてたまらないけれど……っ!」


 びくびくと痙攣し、脱力しきった菊理を見下ろし、サンタは無念そうな顔をした。


「本当に、ほんっっとうに、行きたくないんですが……」


 ぐったりと横たわり、ようやく正気の世界へ戻って来た菊理は、間抜けなクリスマスソングが、ひっきりなしにスマホから流れて来ることに気が付いた。


「業務報告があるので……」


 もう行かなくてはならない、とがっくり肩を落としたサンタは、床に転がっていたスマホを手に取るとドライブモードに切り替えたようだ。


「顔だけ洗わせてもらってもいいでしょうか?」


 社会人として、顔も洗わず寝ぐせもそのままでは出社できないというサンタに、菊理は「ご自由に」と頷いた。


「シャワーしてったら?」


 次いでだから、汗やその他諸々でドロドロぐっちょんぐっちょになった身体を綺麗さっぱり洗い流せばいいだろうと提案すると、物凄い勢いで拒否された。


「嫌ですっ! 駄目ですっ! 菊理さんの匂いが染みついているのに、洗い流すだなんて勿体ないっ!」


「そ、そう……」


 菊理は、自分は綺麗さっぱり洗い流したい、とは言えなかった。


 サンタが身支度を整えている間、せめて服だけでも着ようと起き上がった菊理の目に、部屋の片隅に置かれた段ボール箱が映った。


 一晩だけ。一回きりのつもりだった。


 でも、なんとなく、これっきりにしたくないと思った。


 大変ではあったけれど、サンタの手伝いは楽しかったし、一緒にいて楽しかった。

 それに、全然、気持ち悪くならなかった。

 むしろ、気持ち良すぎてヤバかった。


 菊理は、段ボール箱から、携帯ストラップとして付けられる御守りのひとセットを取り出すと、内府を握り締めた。


 どうかこの縁が続きますように、と思いっきり、ありったけの願いを込めた。



 

「ああ……本当に、行きたくないです……」

 

 顔を洗い、髪を整えたサンタは、玄関先でしょぼんと肩を落とした。


「菊理さん……いい子にしていてくださいね?」


「来年までってこと?」


「まさかっ! そんなに会えなかったら死んでしまいます! でも、すぐには会えないかもしれないことは否定できず……」


 真顔で言うサンタに、菊理はずいっと御守りを差し出した。


「御守り……ですか。小さくて可愛いですね? くれるんですか?」


「縁結びの御守り。私が作ったから、御利益あるよ」

 

 菊理は、自信はないけれど、断言しておいた。

 何事も、信ずることが大事である。


「ありがとうございますっ! 肌身離さず、付けて歩きますっ!」


 受け取ったサンタは、すかさずスマホに装着した。

 緑色のスマホに、真っ赤な御守りがぶらさがっている様を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「クリスマスカラーですね?」


「ん」


「私と、菊理さんの色ですね」


「ん?」


 サンタは、自分の赤みを帯びた髪を指さし、次いで菊理の黒髪をひと房手に取った。


「みどりなす黒髪って言うでしょう?」


 いつの時代の人間だ、とツッコみたくなったが、髪の先に口づけられてカッと頬が熱くなる。


「今度は、空ではない場所で、ちゃんとしたデートしましょうね?」


 甘い笑みと共に囁かれ、菊理はきっと自分の顔は真っ赤なのだろうと思いながら頷いた。


「…………うん。する」




◇◆ 

 


「菊理! この『縁結び』の御守りで、今年こそ、御利益のある神社ナンバーワンを目指すわよ! 打倒、出雲大社!」


「……」


 気合の入った母の雄たけびに、菊理は「打倒しちゃ駄目だろう」と内心ツッコんだ。

 出雲大社がなくなったら、神様たちはどこで縁結びの相談をするのだ。

 縁結びが拗れたときなど、相談する場所がなくなると、世間の神様たちはとても困るだろう。


「なんだか今年はイケそうな気がするわ」


 神通力も霊感も、はたまた化身である菊理への敬意もない母だが、「縁結び」の御守りの出来栄えが、例年とは違うと野生の勘で気付いたようだ。


 クリスマスからぎりぎり里帰りするまでの間、菊理は「縁結び」の御守り作りに全力を注いだ。

 自分でも、これまでの神化身人生で最高の自信作であったと思う。


 サンタとの一夜の体験は、菊理に想像以上の効果を齎したのだ。


 ひとりでいても、サンタのことを思い出してニヤニヤしてしまい、夜眠るときも、サンタの身体を思い出してムラムラしてしまう。

 サンタとの仕事を含んだ、エロ満載の思い出は、菊理を幸せな気分にしてくれて、世の中の男女みんなが、幸せな巡り合わせを手に出来ますように、と心の底から思えた。

 

 サンタは、ちゃんと菊理の欲しいものをくれた。

 欲しいと思っていたもの以外も、色々とくれた。


「さぁ、まずは初詣ブーストね! 気合入れて行くわよ!」


 歳は食っているが元がいい母は、日本人形のような清楚な巫女姿が似合っている。

 ただし、その眼差しは守銭奴の欲望にギラギラしている。

 神主である影の薄い父は、既に新年の祈祷を名目に退散しており、連日連夜の御守り作りで極限まで身体と精神力を酷使していた菊理は、コタツで丸くなって、戦闘モードの母の背を見送った。


 菊理の家が社家を務める神社は、由緒正しい神社ではあるが地元民とコアなマニアが立ち寄る程度のごくごく小さな神社である。

 参拝客でにぎわうと言っても、ご近所さんが甘酒を啜りながら年始の挨拶を交わしたり、帰省した孫を見せびらかしたりする場であって、身動き出来ない程込み合うわけでもないし、叫ばなくてはお札や御守りに手が届かないようなものでもない。

 今まで、母と地元の高校生アルバイトで十分賄って来たし、今年もそのはずだ。

 

 ところが、ドスドスと足音荒く出て行きかけた母は、何故かコタツに入り浸る菊理を振り返り、眉を吊り上げた。


「菊理、何してるのっ!」


「何って……」


「さっさと着替えなさい!」


「え」


「御守りだけでは、効果が薄いかもしれないじゃないの! 化身自ら手渡せば、御利益も倍増! 参拝客も倍増! お賽銭もガッポガポ! まさか、行かないなんて言うつもりじゃぁ、ないわよね?」


 鬼だ。

 ここに、鬼がいる。

 

「働かざる者食うべからずって、素晴らしい言葉よね?」


 にっこり笑う母の後ろに、死神の鎌が見えたのは気のせいではないだろう。


 こうして、菊理の正月は、参拝客の対応と、あっという間に売り切れた「縁結び」の御守りの補充で終わったのだった。

 



 結局、菊理は正月以降も「縁結び」の御守りや新たに母が編み出した「縁結びグッズ」などの作成に追われて、実家と自分のマンションを行き来する日々が続き、再就職活動に取りかかる時間の余裕が出来たのは、春の兆しが見え始めた三月も半ばだった。


 一部の人々の中では、景気は上向きらしいが、下々にはそんな気配など微塵も感じられず、数年後にあるというオリンピックについても、現実的な経済効果が感じられない中での就職活動は、妥協と時間との戦いだろうと思うと、憂鬱だった。

 

 その上、悪いことに、ここ最近「縁結び」の御利益がまたしても落ちて来ている。


「詐欺だったなんて……」


 はぁ、と大きな溜息を吐いて、菊理はテーブルに置いた名刺を苛立ち紛れにバシバシと叩いた。


 守銭奴の母により、正月明けまでは半ば監禁状態だったが、その後一度マンションに戻って来た菊理は、急速かつ迅速な「リア充」の補充が必要だと思い、サンタに連絡を取ろうとした。

 別れ際にちゃんとメアドやSNSの連絡先などを確かめなかったけれど、名刺もあるし、大丈夫だろうと思っていた。


 しかし。


 いざ、名刺に書いてあった携帯電話番号へかけてみたところ、『おかけになった電話番号は現在使われておりません。恐れ入りますが番号をお確かめになって、おかけ直し下さい。』 と言われた。

 物凄く躊躇われたが、取り敢えずかけるだけ、と会社の代表番号にかけても、同じだった。

 十回ほど試して、番号は間違っていないことを確かめた後、ホームページを検索してみたら、『お探しのページが見つかりません』と表示された。

 会社名でググってみると、いくつかヒットはしたものの、都市伝説的な記事ばかり。

 サンタエンタープライズ株式会社なんて大企業は存在していなかった。


 菊理の手元に残ったのは、あのエロいサンタ服だけ。

 それ以外、サンタの手掛かりになりそうなものは、何一つなかった。

 あれは夢だったのか。

 それとも、もう清らかな乙女ではないから、サンタには会えないのか。

 

 菊理には、どうすればいいのかわからなかった。

 どうすれば、もう一度サンタに会えるのか、わからなかった。

 会いたくて、会いたくて、仕方がなかった。


 あまりにも会いたいと思ってしまうので、これはもしかしたら何かの病気ではないか。

 異文化とうっかり接触したせいではないかと思い、神友に相談することにした。


 何から何まで、拾ってトイレを貸したところから、ヤリまくったところまで赤裸々に打ち明ければ、「バッカじゃないの? 恋でしょ、恋。それ、恋煩いでしょ」と一笑に付された。


 その上で、「あんたは、サンタにひと目惚れしちゃったのよ。っていうか、あんたの話聞くと、思いっきり中出しじゃないの、それ。子供出来たらどうすんのよ? 神界でも、国際結婚って出来るのかしらねぇ?」などと、すっかり盲点だった問題を指摘された。


 神友の家からの帰り道。


 いつものコンビニへの道すがら、サンタとの子供かぁ。きっと、めちゃくちゃ可愛いだろうなぁと、うっとりしかけた菊理は、そんなことになれば守銭奴の母に「今度は安産の御守りね!」と言われるだろうと気付き、慌てて周囲の様子を窺った。

 幸い、誰にも見られていないことを確認し、緩んだ頬を引き締めた。

 

「いらっしゃいませ~!」


 いつものコンビニ店員に出迎えられ、じっくりと検討した結果、新製品の『春の山菜づくし弁当』なるものにトライすることにした。 

 もちろん、ついでに定番の『チーズまみれグラタン』なるものも購入する。

 それから、冷凍枝豆とアイスクリーム。新製品らしいカップヌードルに春らしい? いちご風味のロールケーキ。

 それから……いや、やめておこう。

 内職がたたって、体重は増加の一途を辿っている。


「××円のお返しでーす……あ、お客さん、それ! それ、私も持ってますぅ! めっちゃ出会いあるって聞いて!」 

 

 いつものプロフェッショナルな素っ気なさで終わるかと思いきや、コンビニ店員に突然、話しかけられた。


「え、ああ、この御守り?」


 なんとなくお財布に着けていた自作の御守りを指さされ、菊理は首を傾げた。


「そうです~! ほんとかよーって思ってたんですけど、付けたその日のうちに、出会っちゃってっ! それで、デキちゃって! それで、結婚したんですぅ」


 頬をピンク色に染めたコンビニ店員は、キランと光る金色の結婚指輪を見せた。


「……」


 想像を絶する自作御守りの御利益に、菊理は背筋を流れ落ちる汗を感じた。


 出会うだけではなく、ヤッて、デキて、ケッコンだと?

 ひとつで二度オイシイ的な……?


「もう、すっごい御利益だって、友達にもちょーススメまくりましたっ! しかも、その赤い色の御守りが一番効果あるって人気がすごくって! ものすっごいレアなんですよー」 


 サンタとお揃いの赤い御守りを付けていた菊理は、ギクリとした。

 

「お客さんも、きっとすぐに出会いますよー」


 にっこり微笑まれ、菊理は「ははは、そうかもね」と乾いた笑みを返した。

 作った本人には、まったく御利益がないとは言えない。


「ありがとうございました~!」


 にこやかな声に送られてコンビニを出た菊理は、ぐっと拳を握りしめた。


 いつまでも、サンタに捕らわれていてはいけない。

 出会うべきなら、出会うし、そうでないならば、出会わないだろう。

 御利益は、これからあるのかもしれないのだ。


 それでも……うっかりやっぱりデキちゃったりしていて、国際問題的なことになったら、こっそり出雲大社にお出かけしてみよう。

 神様の縁組だって、相談させて欲しい。

 

 取り敢えず、まずは職を見つけることだ。

 母曰く、働かざるもの食うべからず。

 もしも子供が出来たなら、なおさら食べなくてはならないから、なおさら働かなくてはならない。


 つまり……。

 

 今すべきことは、サンタを思ってニヤニヤめそめそすることではなく、派遣会社かハローワークに行くことだ。

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