対話:真実
機徒は倒した、だがまだ終わった訳ではない。
「事後処理は、ちゃんとしとかないとな……」
よろよろと戒理は立ち上がり気絶したままの元機徒の横にしゃがみ込む。
「センパイ? なにを……」
「こいつの降戦者としての力を奪う」
「そんなことが出来るんですか!?」
ファナは驚愕する、そんな話は初めて聞いたという風に
「ああ……竜徒に与えられた羽根とは違うもう一つの能力だ。だけどこうやって相手が大人しい状態じゃないとダメなんだ、抵抗されると取り出せない」
「今までにも使ったことが……?」
「ああ、何回かな、もう外界落ちと戦いたくないって降戦者が数人いたんだ……」
「そう、ですか……」
戒理は一度、右の掌を握り込み意識を集中させる、するとその手は竜へと変わる。
しかしその手は白い鱗ではなく灰色の鱗で覆われていた。
そして灰色の竜の手を元機徒へとかざす、彼の身体から高次層が流れ出ていく、そして最後に複雑な構造してオブジェのような結晶体が現れる。
竜の手はそれを掴むすると、結晶は霧散し、その霧は腕へと吸い込まれていった。
「これで、もう……」
「ああこいつは降戦者にはなれない」
さきほどまでの出来事に対する暗さを抱えながらも、興味深そうに灰色の竜の手を見つめるファナ、彼女はふと疑問に思った事を口走る。
「奪った力を使ったり出来るんですか?」
「いや使えない、エネルギー自体は俺の中に蓄積されるんだが能力の方は、なんていうか馴染まないんだよ」
「……なるほど、そういうことなんですね」
「まあ、奪ったエネルギーで体力やら回復させてもらうがな」
高次層にはエネルギーが満ちている。層の中に入れるレイヤードならばそれを物質に変換できる……しかしながら物質以外のモノに変換するのはなかなかに苦労する。
体力を回復するという事は、疲労を取り除き、傷などを治癒させなければならない、後者は高次力を皮膚に変換すればいいのだがなにせ医療行為に近いような行為であるため難易度が高く、さらに前者で言えば本来ならば高次力の対応外である。しかし体内に高次層を貯め込める降戦者の力ならば、相応の高次力さえあれば無意識に臓器を動かすように力を持つ者の身体を癒す事が出来る。
無事、回復した戒理はしっかりとした動きで立ち上がる。
「これでよし、流石にこのままの姿で来歌のところには帰れないからな」
「あっ!そうでした!薄野センパイ待たせっぱなしです!早く戻らないと……」
あわてて高次層を出ようとするファナを戒理が引き止める。
「まて、そのまえに聞かせてくれ、お前はこれからどうするんだ?」
「……もう、セカンドノアには戻ることはできないでしょうね……」
「だろうな、だけど俺が聞きたいのは状況じゃなくてお前がどうしたいか、だ」
戒理はまっすぐとファナを見つめ彼女の返事を待つ。
「さっきの機徒と私の会話、覚えていますか?」
「ああ、お前が俺を殺す任務に志願したって話と…………両親が殺されたって話、だな」
「……はい、私の両親は母がレイヤードで、父は一般人で、二人は各地でレイヤードに対する差別を無くすために各地で活動していました、画家だった母は自分が感じた高次層という存在を絵にすることで伝えようとしていました。もともと画商だった父はそういう活動をしていた母に出会いその志に感動して二人は一緒に活動することになったそうです」
「いい、ご両親だったんだな……」
「……はい、ですが、私が生まれて育ち十歳になった時、母の名とその活動は世間に広まり始めていました、そして父と母が協力してやっと開いた個展に、レイヤードを差別、いや敵視するテロリストグループが襲って来たんです……父と母は目の前で撃たれました。そして私も銃を向けられて、でもその時でした。あの人がきてくれたんです」
「ノアか、そしてお前をセカンドノアに誘った、と」
ファナは首肯する。そしてゆっくりと続きを語る。
「私は目の前に差し伸べられた手に縋ることしか出来ませんでした。セカンドノアに入ってからやったことは、外界落ちを操作して私の両親を殺したようなテロリストを消していくことでした。ひたすらに、それでもそういう人々はいなくならず、むしろ外界落ちの被害が増えるたびに、それをレイヤードのせいにするような流れになっていきました。私は両親の願いを踏みにじっているのではないかと疑問に思い始めました……そんな時、ノア様からあなたの抹殺命令が下ったのです。『ようやく居場所を掴んだ、この忌々しい俺の方割れを殺せ!』と」
「俺の、方割れ?」
唐突に出て来た言葉に思わず眉を顰める戒理。
「そうですセンパイ、ノア様はあなたの双子の兄弟なんです!」
「……そう、か」
「あまり驚かれないんですね」
「そうだな、あの黒い竜徒を見たときに、なんとなく覚えている、そんな気がしたんだ。でもどうしてノアと俺が双子なことが、抹殺命令に志願することに繋がるんだ?」
「センパイに直接会って確かめたかったからです。本当にこんな道しかなかったのかなって、確かに私の両親は平和な手段を使って差別を無くそうとして殺されました。だけどノア様も私もこんな復讐するようなやり方じゃ、結局、相手と同じなんじゃないかって、だけど今こうなってしまっている。でもセンパイはノア様と同じ様な境遇だったはずなのにどうしてノア様と違う道を歩んでいるのかを」
「同じ境遇……いや、多分違うだろ?俺は、来歌の家に世話になってたし……」
「はい、センパイに会っただけでは分かりませんでいたけど、薄野センパイに会って分かりました、それはきっと簡単なことだったんだなって、冷たくて残酷な方じゃなくて、あったかくて優しい方へ無理矢理にでも連れていく存在が必要だったんだって、いいえ違いますね……私が彼を連れていくべきだったんだって、たとえ出会ったのが遅かったとしても、だって私は父と母と約束してたんだから……」
ファナは数年前の情景を思い浮かべる。優しい暖かい思い出だ。
『パパとママは皆で仲良く出来る世界を造りたいんだ。ファナも協力してくれるかい?』
『うん!皆仲良くした方が楽しいもんね!』
『ええその通りよファナ、なにがあってもこの約束守っていてね』
自らの過ちと大切な約束、ファナは自分の本当の願いをやっと見つけた様だった。
「センパイ、私、今からでもノア様を……いえ彼を助けられるでしょうか……?」
「それがお前の、ファナのしたいことなんだな、だけどノアが俺の兄弟だってんなら、それは俺の役目でもあるんじゃないか?」
「協力……してくれるんですか?私はセンパイを襲ったんですよ?」
「でも今回助けてくれたろ?それでチャラでいいさ、そしてファナの事情は聞かせてもらったし俺も無関係じゃない、ここで一緒にいかない方がおかしいだろ?」
「……ありがとう。ございます!」
思わず涙を目に溜めるファナ、戒理は彼女に優しく微笑む。
「さて、さすがに来歌を待たせすぎたし帰ろう、おっと涙はこれで拭いておけ、薄野に心配されちまうぞ」
ハンカチを渡す戒理、ファナはそれを受け取り涙を拭う。
「そうですね、センパイに泣かされたと思われるかもですね」
「それだとファナを心配じゃなくて俺に大目玉がくる……」
そんな隠ぺいも意味をなさず結局、待ちぼうけを食わされていた来歌に「どこへ行っていたの!?」と詰問され心配したのだと説教されたのであった。
遊園地から帰った戒理、家の前で来歌に別れを告げる。
「んじゃ、また明日な」
「うん、またあした、というかあしたこそファナちゃんとなにやってたか聞かせてもらうからね!」
「あー、はいはい」
互いに家の中に入り、それで会話は終わる。
家の中には誰もいない、戒理の両親が帰ってくることなどまずない。
だが一つ確認しなければいけないことがある。
戒理は家の電話に、近くにメモしてあった番号を入れる。
呼び出しを待つ事、数コールで相手が出る。
『はいこちら第三高次層研究室です』
「あの、頂戒理と申しますが、今そちらに母か父はいますでしょうか」
『あ、戒理くん?ひさしぶりじゃない、ちょっとまってね今ちょうどお母さんがいるわ』
声が離れ小さく二人のやりとりが聞こえ、そして受話器を取る音がする。
『……もしもし? 珍しいわね、あなたから掛けてくるなんて』
母の声はどこか怯えてるようにも聞こえた。
「一つだけ、聞きたいことがあってさ」
『聞きたいこと?』
「うん……俺にいるはずの、双子の兄弟の事」
『……』
そこからしばらく無言が続いた。次に話を始めるまでの時間がどのくらいかは時計を見てたわけでもないし、正確にはわからないけど、ひどく長く感じた。
それは戒理自身の気持ちの問題ではなく、向こうから伝わる重苦しさのせいだと思った。
『誰から、聞いたの?』
絞り出すような声だった。
「……言えない、というか言ってもわからないと思う」
多分、戒理の母は、ノアがもう一人の息子が生きているとは知らないだろう。
ならばそのノア本人が立ち上げた組織の一人に聞かされたなどと言っても信じることなど出来ないだろう。
『そう……いえ、いいわ、いつか話そうとは思っていたことだもの、それが今になっただけの話だわ」
母は覚悟を決めたようだった。だが声はまだ少し震えている。
『あの子は、五歳の時に交通事故の遭い、意識が戻らず生きているだけで奇跡だと医者に言われるような状態になってしまったの。回復の兆しは無く、もうどうすることも出来ないと思っていたわ、だけど私達は、最後の望みを託して……最悪の手段を選んでしまった』
「まさか、高次層を使ってなんとかしようと?」
『そう、あの頃にはもうすでに高次層は普通に使われるようになっていた時だったけど、今みたいに浮遊区画を造るような応用技術などはなく、ただのエネルギーを使ってるにすぎなかったわ。でも高次層にはただのエネルギー以上の可能性があることは明らかだった。だから私達は……あの子を高次層に送り込むことにした』
「……高次層に送り込む? でも降戦者なら自分で入れるじゃないか、なんでそんなこと」
『戒理、十年前までは降戦者なんて存在はどこにも確認されたいなかったわ、あの実験まではね』
「まさか、あのアセンション実験は」
『そうあの実験は、あの子を高次層へと送り込むための実験、でも失敗した。あの子は行方不明、そして変わりに外界落ちと降戦者が生まれた』
人間を無理矢理に高次層に送り込んだ。子供を救うために可能性にわずかな可能性に懸けた結果が世界を巻き込む災厄の引き金となってしまった。
『おそらく、あの時、高次層とこちら側に道が開いてしまったんだわ』
「だから外界落ちがこちらに現れて、降戦者が高次層に入れるようになった……」
『私達は必死にあの子を探したわ、だけど見つからなかった……』
(……母や父がやろうとしたことは、間違いだったのだろうか……だけど、ノアは今生きている。ノアを見失ってしまったことや外界落ちを生みだした事実は、確かに愚かなことかもしれない、だけど、そうだとしても)
「聞かせてくれて、ありがとう母さん。これで心置きなく戦える」
『戦える?戒理、一体なにをするつもりなの?』
「そうだ、一つ聞き忘れてた、弟の名前、教えて欲しい」
『……
「いや、俺は死なないよ、必ず帰ってくる。結継を連れて必ず帰ってくる。だから待ってて、久しぶりに話せてよかった」
相手の返事を待たずに電話を切る。
「さてと、じゃあ行きますか」
戒理は再び玄関へと戻り外へ出る。その足取りは力強く床を踏みしめていた。
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