アキラの記憶(1)
ソラが公園に度々姿を見せるようになった。
公園の入り口でうろうろとしている所を見つけては、おれはソラを公園の中へ引きずり込む。入る時こそ抵抗するものの、入ってしまえばソラは吹っ切れたようにみんなと遊ぶ事に夢中になっていた。
だからおれはソラが抵抗しようとも、無理矢理引き入れることを止めようとは思わなかった。
公園以外でも、同じ小学校に通うソラとは登下校の時や、学校内でも顔を合わせるようになった。
意識してみればソラは意外と近くにいた。会おうと思わなくても会えて、いざ会おうと思えばすぐに会える。
そして、だからこそソラがどういう人物で、どういう立場にいるのかはすぐに分かった。
ソラは強い。
しかし気弱な泣き虫でもあった。
ソラは学校の同級生によくからかわれていた。
学年が違うおれは全てを把握してはいなかったが、見かければ直ぐに駆けつけた。公園で一緒に遊んだソラはもう仲間のように感じていたし、ソラの事は放って置けないくらい好意的に思っていたから。
おれは今日もソラをからかう連中を相手に奔走する。
「またテメェらか、クソガキども!地面に這いつくばらせるぞゴラァ!!」
「出た!ソラの番犬だ!」
「来たな番長!」
「怪力ゴリラだ!にげろー!!」
通り名は定まらなかったが、どうやらおれは、いつの間にかソラの周囲で有名人となったようだ。
生意気な下級生を締めた後、堪えるように口を引き結んで目を擦っていたソラに駆け寄る。泣いた跡を隠そうとしているのだろうが、目は赤くなっているし、泣いている姿は駆けつけた時に目撃済みだった。
ソラは傷だらけのおれを見て、いつものように申し訳無さそうに笑う。
「ごめん、アキラ」
「なにがだよ?今日もおれの完勝だったな!」
「うん、アキラは強くてかっこいいな。ヒーローみたい」
「ヒーロー?怪人とはよく言われるけど……ああ、あとさっきのヤツには大魔王とか言われたぜ。捨て台詞みたいに言われたけど、あれって褒め言葉だよなー」
「……え、そう?」
「だって、あいつらにとっておれは怪人とか大魔王なみに恐ろしくて、強いってことだろ?すげーじゃん」
「アキラがそれでいいならいいと思うけど……」
おれにはソラが何を気にしているのかよく分からない。何せ、半べそかいて吐き捨てるように言われた言葉は負け犬の遠吠えにしか聞こえないし、賞賛されているようにすら思えるからだ。
おれは自分から突っ込んで行ったのだから、怪我をしようが不快な言葉を投げかけられようが自業自得で、自分で言うのも何だが図太いので幼稚な言葉で傷ついたりはしない。ソラの心配は完全に杞憂だ。
それに、いつも遊び仲間としている『たたかいごっこ』とあまり変わらない。あいつらもやっている事は最悪だが、ただ面白がっているだけだから大事にするつもりは無いのだと思う。
まあ、ソラが気にかけてくれる事に悪い気はしない。
「てゆーか、ソラはあんなくだらねーヤツらに泣かされてんじゃねえよ。だからあいつらが調子乗るんだろ」
「な、泣いてない」
「うっそだーあ。おれ泣いてるの見たし」
「ちっ、違うよ!あれは目にゴミが……!」
「鼻水もゴミの所為か?」
「今は泣いてないだろ!?」
「あ、認めた」
「アキラっていじわるだよね」
恨めしそうにおれを睨むソラに、意地悪な笑みを返す。
服の袖でごしごしと目を擦りながら、ソラはがっくりと肩を落とした。へこたれてるな。
「ああもう、ぼくって情けない」
「ほんとだよ」
「否定はしてくれないんだ……」
「否定してほしいのかよ?」
「ううん、事実だし」
ソラはおれが何と言おうと勝手に立ち直るので、励ますような事は特にしない。おれがソラを気に入っている理由のひとつである。
この後に何も予定は無いらしいソラを公園に行こうと誘う。ソラは何に抵抗しているのか知らないが、渋ってなかなか行こうとは言わない。いつも通りだ。
なんだかんだでソラを公園まで引っ張って行き、公園に集まった仲間たちの中にソラを放り込む。ソラは普通に受け入れられていたし、もうおれがいなくてもこの輪の中に入れる筈だ。初めの頃のように、おれが仲介して引き入れる必要は無い。
ソラは自分よりも背が高い仲間たちに囲まれて揉みくちゃにされていたが、さっきまで泣いていたのが嘘のように笑っていた。おれはそれを見て、やり切った心地で満足する。
「最近よくあいつに構ってるな」
ところが、ある声が聞こえた途端に、おれの表情は清々しいものから真顔へと変わった。別に故意に変えた訳ではない。ただ、自然とこうなるのだ。
おれが隣に目を向けると、予想通りの人物がそこにいた。
「なんだよ、杣友。文句でもあんのか?」
「いいや。他人の交友関係についてとやかく言う趣味はないよ」
「あーそう」
おれの同級生である
杣友の何がそんなに変なのかと言えば、まずその子供らしからぬ言動と落ち着いた雰囲気。しかし、打って変わって誰よりも子供らしく感じる時があるのだから理解できない。
更に分からないのは、変人だからこそ周囲は敬遠しそうなものなのに、意外にも友達は多くて人気者な事だった。女子にキャーキャー言われている事についても、何がそんなにいいのか分からない。顔だろうか?
おれはその同世代の友人とは違うところを、意味も分からずに感じ取って苦手意識を持っていた。
その飄々した態度が気に入らない。ある意味、おれにとってソラの対極に位置する存在だ。関わらずに放っておきたい。
そして何を隠そう、杣友も公園に集まる遊び仲間のひとりである。近所の小学生というゆるい縛りの集まりなので、みんながみんな仲良しではないのだ。
おれはこいつに関わりたくはないし、それを露骨に態度に出しているというのに、杣友は逆に面白がってちょっかいをかけてくる。
「個人的に興味があるんだけど、あのちっこいのってそんなに面白い?」
「は?ソラになんかしたら許さねーぞ」
「ちょっと話すだけだって。あ、ドロケイやるみたいだよ。じゃあね、了承は得たから」
「してねーよ!おい!杣友!!」
一切聞く耳を持たずに去って行った勝手な野郎に向かって叫ぶ。直接引き止めようかとも思ったが、ソラの友好関係をおれが制限するのは何か違う気がした。それに、あの杣友がおれの言葉に素直に従うとは思えない。
ムカムカしながら怒りを堪えていると、ソラと杣友が混ざっている集まりから声がかかる。
「アキラー!警察と泥棒どっちがいいー!?」
「警察!!」
「ええー!?それじゃすぐ終わっちゃうじゃん!」
「じゃんけんだ、じゃんけん!こーへいに決めようぜ!」
「いいや、おれに警察をやらせろ!!」
「なんかアキラすげー張り切ってんだけど」
「やらせたくねー」
おれも遊び仲間の集まりに混ざり、むしゃくしゃした気持ちをぶつけるように警察に立候補する。仲間たちの反応は嫌がったり、面白がったり、その熱意に引いていたり様々だった。
結局、おれは警察と泥棒の両方で暴れ回り、体力の無いソラは惨敗していたが、そんな事は御構い無しに楽しそうに笑っていた。
散々遊んで日が暮れてくると、それぞれ解散して公園から人が減っていく。おれはしゃがみ込んだソラに駆け寄った。
「ソラ、立てるか?」
「うん。アキラはすごかったね」
「まあな。走るのは得意だから。それにしてもソラに対してあいつら本当に容赦ねーな。おれも同じだけどさ」
「けど遠慮されるよりいいよ」
「そういうもん?」
「気を使われながら一緒にいるのって疲れるから。……まあ、アキラは気にしなさすぎだけど」
「なんか言ったか?」
「ううん。なんでもない」
何か言われたような気がするが、おれはすぐに忘れて別の事を考える。あの杣友だ。
ドロケイの間、暇さえあればあいつはソラに話しかけていた。おれは走る事に熱中していたが、ソラの方を見ればいつも側にあいつの姿があった。
「なあ、あいつになんか言われたか?」
「あいつ?」
「杣友だよ。おまえにしつこく話しかけてた」
「え……ああ、アキラの友達だよね?」
「友達!?ありえねーから!」
「でも、よく一緒にいるの見るけど」
「あいつからちょっかいかけてくんの!」
「仲よさそうだけどなあ。ぼくは普通に話しかけられただけだよ」
「ふーん」
疑わしく思いながらも取り敢えず納得しておく。あいつは油断ならない。
「まあいいや、もう大丈夫なら早く帰ろーぜ。ソラの母さん心配性だからな」
「そうだね。……ねえ、アキラ」
「なんだよ?」
「ま、また一緒に遊んでもいいかな?」
「当然だろ!今度こそおまえから来いよな」
「が、頑張るよ」
自信がなさそうな決意にまだ駄目そうだな思う。でも、もう少しでソラなら自分から行けるようになりそうだとも思う。
これはおれの過大評価だろうか?
でもおれにとってソラは強い存在なのだ。勿論、腕力だとかの話ではない。だからと言って鋼のメンタルを持っていた訳でも無いのだが、おれの憧れるものがソラにはあった。
周りにおれとソラを対等に思っていないような人がいる事は分かっている。なぜならソラは同年代と比べると細くて小さくて、運動も満足にできなかったし、気の弱い泣き虫でもあったから。
おれと比較してしまえば、そう思ってしまうのも無理はない。でもそれは、表面的な話でしかないのだ。
「アキラ」
ソラと別れた後の帰り道。名前を呼ばれて振り返ると、見たくもないものを見てしまって顔を歪める。無視すりゃ良かった。
無かった事にして再びおれが歩き出すと、背後から軽い足音が聞こえて横に杣友が並んだ。
こうなったら逃げても仕方がないので、真っ直ぐ前だけを見据えながら黙々と歩く。
「ソラって、もしかしてアキラが女だって知らない?」
「直接きけよ」
「隠してるんだったら申し訳ないなーって思ったんだよ。俺の配慮にちゃんと感謝して欲しいね」
「ハイハイ、無駄手間ごくろう」
「誤解は解かないんだ?」
「性別なんてどっちでもいーだろ」
「そう?」
おれの返答に対してケラケラと笑うあいつに眉をひそめ、早歩きを加速させる。しかし、悠々と追いつかれて舌打ちをした。
「でも、都合がいいから何も言わないんでしょ?」
「わかったような口きくな」
「友達
「うっぜぇ……」
吐き捨てるように言って、心底げんなりしている事を訴える。すると、打って変わって杣友が
まあ、下手と言っても薄っぺらいが。
「ごめんごめん。つい気になって」
「こわ。サイコパスかよ」
「ヒドイなぁ。ところでアキラはどこに向かっているの?」
「スーパー。このまま着いてくんなら、荷物持ちさせんぞ」
「あはは、それは嫌だなぁ。じゃあまたね」
杣友はおれの脅しを聞いてあっさりと離れていく。あんなにしつこかったのは何だったんだ。
へこたれなさすぎてこえぇ。ていうか、絡んでくる目的が見えねぇ。きっと、ああいうのを鋼のメンタルと言うのだろう。
……何でわざわざ性別を言わなきゃいけないんだ。別に困るような事も無いのに。
「うぜええぇ!」
もやもやした自分の思考や、鬱憤を晴らすように叫んだ。
だから嫌なんだ、あの野郎!
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