電網転生

ガチ無知

第1話 プロローグ


どす黒く、どろどろしたものをずっと心に抱えて生きてきた。


生まれたときの自分の写真を見て感じること。取り立てて褒めるところもけなすところもない真っ赤な顔だ。見た後すぐに忘れてしまいそうな特徴の無い赤ん坊の顔だ。醜くもも無ければ可愛くも無い。プラスもマイナスも無い。ただただ目立たない。人の心に何の印象も残さない。赤ん坊の頃から、今になるまで一貫して、俺の容姿はそんな印象を人に与えてきた。外見だけでは無い、性格も、俺というキャラクター自体も、目立たずパッとしない人間だった。物心が芽生えて成長していく過程で、この奇妙なコンプレックスは少しずつ大きく密度を粘度を増して、自分の心に溜まり続けた。


起伏のない毎日。何の思い出も無く小中高校と過ごした。教室の隅でひっそりと。特異すぎる俺のキャラクターはクラスのヒエラルキーに組み込まれることさえも拒み、イジメにあうこともなかった。ただただ誰とも関わらず俺は過ごした。


それでも小学校の頃はまだマシで、たまに会話を交わすやつもいた。だが中学になり自分らの自意識が育ってくるともうダメだった。思春期の子供らにとって、ノリの悪い時間を作る。と言うことは死を意味するほどの失態なのだ。弄るところも無く、特に褒めるところも無い。しかも返す答えが全く気が利かない返答しか出来ない俺。そんな俺にうっかり話しかけてしまったやつは、盛り下がる空気に慌て狼狽えるのがオチだった。上手くて盛り上がるとか、下手くそで弄られて盛り上がるとかもない、こうなんだかパッとしない微妙なカラオケルームの空気が濃厚になったやつだ。俺は繰り返されるそう言う状況に申し訳なく思い、落ち込み、人と関わらない事にのみ努力を注いだ。もちろんキャラを変えようとしたこともあった。ふざけたり、悪ぶったりもしてみたが、結果は酷く自分を傷つけるに留まった。自分に何か付加価値をと、楽器や部活をと思ったがすでに、それを実行に移す気力は当時の俺には残されていなかった。


なぜ俺だけ。俺が何をした。この不自然なほどの俺を取り巻く空気はなんだ。呪いか?呪われてるのか俺は?説明不能なバイアスが掛かっている。そうとでも考えないと、この状況は説明がつかないほどだった。俺は俺の状況を憎み呪う事で学生時代を過ごした。


高校を卒業した俺は、少しだけ自分の状況に抗おうと少しだけ努力をし、少しだけ傷ついて、自信も余力もすっかり失った上で、すねかじりのニートに収まった。幸いなことに、毎日同じ時間に出勤し、同じ時間に帰宅する公務員の父親と、行ってらっしゃい、お帰りなさいと、はいの三つのことばしか喋らない母親は文句も言わず俺を放って置いてくれた。


自死を選ぶ勇気も無い俺はただただ時間を潰す為だけに生きた。居候の身の俺は、両親に対していささかの遠慮があった。ネットは金をそれほど必要としない。人とのコミュニケーションが全くと言って良いほどなかった俺は、人が何を考え、どう感じ、どう行動するかと言うことを巨大掲示板を読み漁ることで知った。人のリアルや妄想、創作物。ネットの中には無限にあったので、すこしも退屈しなかった。願わくばこの状態を寿命が尽きるときまで続けていたかったと思ったし、俺には他に選択肢がなかった。引きこもって五年、時間を無為に消費していることに恐れはあったが、あの灰色一色の学生時代の思い出はタールのように俺の心に重くまとわりついた。俺には別の世界へ向かう一歩を踏み出そうとする力は残っていなかった。

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