第31話 思いがけない決着
永倉の脇差しが木刀に突き刺さっている。
その刃は低い体勢で受け止めている秀一の目と鼻の先にある。
怖い。しかし、秀一は名乗りを挙げて自らを奮い立たせると、さらに押した。
日本刀で斬ることが難しいものの一つは乾燥した強度の高い木だ。この状態から押しても、木刀は斬れない、ということを秀一は物理の問題として理解している。
そこからは一瞬の出来事だ。
今、永倉の頭部はがら空きになっている。
涼介が後方に引きつつ、反射的にその面を打ちにいく。
永倉は
涼介を蹴る、というのが一つの選択肢だが、一方から秀一に圧力を掛けられているため、足を上げれば倒される。咄嗟に空いている左手で木刀を受け止めようとした。
……が、その
自分の首めがけて、白い弾丸のようなものが飛んでくる。
殺気を消して忍び寄っていた咲が突きを放ったのだ。
木刀による頭部への打撃も竹刀での首への突きも、直撃すればタダでは済まない。
3人の剣士は無意識的に、この剣豪を倒そうとしていた。
***
しかし……。
涼介の木刀と咲の竹刀は2つの大きな手で止められた。
豪太と島田魁だ。
涼介の木刀を掴んでいる豪太が言う。
「もうやめておけ。このおっさんはお前を本気で斬ろうとしてねぇ」
咲の竹刀を掴んでいる島田も言った。
「あんたもだ」
「それに」
と豪太が付け加える。
「もう勝負はついてんだ。さっきよ、俺がこの島田のとっつぁんと相撲を取って、上手投げで勝った。今度、とっつぁんが
(上手投げ?)
一同の頭に「?」が浮かぶ。
豪太は島田と向き合ったとき、瞬時にその強さを見抜いたが、同時に「こいつには殺気がねぇ」とも感じ取った。そういう相手を木刀でぶちのめしても、豪太は面白くない。
しかし、島田が行く手を阻んだまま、どこうとしない。のみならず、いきなり腰を落として突進してきた。150キロの巨体でぶちかましを決められ、さすがの豪太もよろめいたが、左手で島田の帯を掴むと「この野郎!」とぶん投げた。
「……つーわけでよ、この喧嘩は俺たちの勝ちだぜ」
島田がそう認めたのである。
「相撲って豪太……怪我は?」
と咲が聞く。
豪太は右手のひらを見せながら答えた。
「治ったぞ」
深々と斬れていたはずの傷がふさがりかけている。
「き、君は本当に人間なのか?」
「だから言ったじゃねーか。こんな怪我、俺にとっちゃ、かすり傷よ」
わっはっはっはと豪太が笑う。
まだ肩で息をしていた涼介は、それを聞いて平静さを取り戻した。
***
かくして、桜坂高校剣道部と新選組との戦いは、天童豪太が島田魁を左上手投げで下すという、剣道も剣術もまるで関係ない形で決着した。
隊士たちに隊列を整えさせ、帰陣の準備を済ませた後で、永倉が言う。
「今回の不始末の詫びは、いつか改めてさせてもらおう。……だが、島田の汁粉はやめておけ。甘すぎて誰も食えん」
「永倉さん、ひでぇなぁ。あんなうめーもんはねぇのに」
と島田は笑った。
咲はお孝からもらった綿入れを美羽に羽織らせている。
その姿を見た島田が、思い出したように、
「そうだ。あんたに斎藤一から伝言がある」
と言った。
「『生きよ』とのことだ」
咲の脳裏に、斎藤と過ごした座敷牢での夜が甦る。胸の奥底に湧いた感情が何なのか分からないまま、咲は島田の目を見つめ返し、分かった、と答えた。
永倉は涼介と秀一に言った。
「伊吹さんと真田さんと言ったな。この勝負の決着はいつか道場で着けよう。そのときは俺が叩きのめしてやる。だから、それまで、命を粗末にせぬことだ」
涼介と秀一は、永倉に対して深々と頭を下げた。
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