第25話 激闘!油小路(後)

 涼介はすぐさま状況を把握しようと努めた。


 豪太は今、木刀を上段に構え、3人の男たちを威圧しつづけている。

 その向こうから、援軍が駆けつけてくるのが見える。


 涼介は豪太の元へ駆けつつ、援軍の男たちにも聞こえるように大声で言った。


「天童さん! 土方歳三って野郎と話をつけてきた。新選組は俺たちとやり合うつもりはねぇそうだ」


 おお、涼介……と豪太が上段の構えを崩した瞬間、3人の男のうちの1人が飛び込んで来た。もろきで心臓を狙っている。

 しかし、豪太はそれを左腕一本でなぎ払った。木刀が脇腹にめり込む。男は一瞬で板塀まで飛ばされると、人形のようにその場に崩れ落ちた。


 涼介が豪太の背中を守るように立ち、木刀を中段に構える。

 その弟分を振り返らずに豪太が聞いた。


「新選組はやり合う気はねぇって、そりゃ、どういうことだ?」

「つまり、これは新選組との戦いじゃねぇ。ここにいる連中との、ただの喧嘩だ」


 咲は落ちている刀を近くの板塀の中に放り込み、提灯を拾ってから駆けつけた。

 その咲に涼介が言う。


「おい、つくだおんな。お前はもう帰っていいぞ。お前に何かあったら、助けに来た意味がなくなる」

「ボクより弱い涼介を置いて逃げられるか」

「ちょ、お前。昔、俺から一本取ったくらいで、いつまで勝った気になってるんだよ!」

「あのまま勝負を続けていれば、二本目もボクが取っていた」


「そういえば、咲」

 と豪太が2人の会話に口を挟んだ。


「お前、さっき、俺の右手の恋人になりてぇとか言ってなかったか?」

「言うか、そんなことっ。……貴様、やっぱりボクが今ここで殺す!」


 到着した援軍の男たちは困惑した。


(こいつらは、なぜこの状況で喧嘩ができるんだ)


 ふざけているようにしか見えない。

 一方で、目の前に広がるこの惨状はどうだろう。


 板塀が大砲でも撃ち込まれたかのように破壊され、3人の仲間が意識を失って倒れている。生きているのか死んでいるのかも分からない。うち1人は、さっき目の前で、顔を血に染めた大男に木刀でなぎ払われていた。


「お前らはいったい、どこから来た何者なんだ? 薩摩か、長州か」


 それに対して涼介が答える。


「俺たちは薩摩でも長州でもねーよ。桜坂高校剣道部だ!」


 ***


 援軍の男たちを加えて、新選組の隊士は十数人に膨れあがった。


 史実の油小路の変のとき、御陵衛士の隊士たちは1人につき4〜5人の新選組隊士を相手にしなければならなかった。それと似た状況になりつつある。


 圧倒的優位に立った新選組が、3人を取り囲みながら攻撃を仕掛けないのは、豪太という得体の知れない怪物にされているからだけではない。


 より大きな理由は咲にあった。


 隊士たちは、この女が昨日まで人質として屯所にいたことを知っている。

 その後、ながげんばのかみからの指示により、仲間のところへ返すことになった話も聞いている。

 その女を引き取りに来たであろう者たちと、なぜ戦闘状態になっているのか? その経緯が分からない。自分たちは、とんでもない命令違反を犯しつつあるのではないか……。

 そういう不安が、新選組の隊士たちを踏みとどまらせていた。


 その心理を涼介は分かっている。

 だから、改めて言った。


「もう一度言う。土方さんと話はつけてある。俺たちは新選組の敵じゃねぇ」


 しかし、本当にそう言えるのか、じつは涼介には自信がなかった。


 正当防衛とはいえ、豪太と咲が3人の男を負傷させているし、涼介も1人を負傷させた。それを見ていた新選組の隊士たちは引くに引けないだろう。


 ***


 涼介の額に冷や汗がにじむ。


 3人の命運は微妙なきんこうの上に保たれていた。


 さらに、豪太が対峙している敵の壁の向こうから2人の大柄な男が駆けつけてくるのが見える。今この場にいるぞうぞうとは違う風格を感じさせる2人だ。その彼らの指示次第では、一気に斬りかかられることになるかも知れない。


(強引にでも今のうちに逃げるべきか)


 と涼介が考えた……そのときだった。


 ズドーンッ!


 油小路の夜空に一発の銃声が響いた。


 男たちが一斉に音がした方を見る。

 厚い敵の壁を前にしている豪太は振り返ることができないが、涼介と咲も見た。


 それを撃ったのは美羽だった。

 隣に秀一もいる。


 美羽は空に向けていた銃口を下ろすと、新選組の隊士たちに向け直して言った。


「それ以上近づいたら撃つから。……本気だから」


 その銃を美羽に渡したのは坂本龍馬だった。

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