第26話 美羽のリボルバー(前)

 弾丸を込める「だんそう」が回転式になっている連発式拳銃を「リボルバー」と言う。


 坂本龍馬は、生涯にわたって二丁のリボルバーを所有した。


 一丁目は、長州藩のたかすぎしんさくが上海で購入し、龍馬にプレゼントしたものだ。


 ***


 げん元年7月の「禁門の変」で朝敵となった長州藩は、異国から武器を購入することができなくなった。その長州藩に、龍馬はかめやましゃちゅう(後の海援隊)がグラバー商会から薩摩藩の名義で購入した武器を転売する、という支援を行っていく。さらに長州藩には、ひょうろうまいの調達に悩む薩摩藩に米を提供する約束をさせた。


 龍馬が仲介して実現したこの「商い」によって、たいてんの敵同士であった薩摩藩と長州藩が和解に向かい、慶応二年1月21日、薩長同盟が成立する。


 この際の代表者は、薩摩側が西郷吉之助とまつたてわき、長州側がかつらろうだ。


 ひとつばしよしのぶらが企画した第二次長州征伐に薩摩藩は不参加を表明。

 幕府側の諸藩は一斉に及び腰となった。


 この間、長州藩では、討幕派の急先鋒だった高杉晋作が、彼が創設したへいたいなどの武力を背景とするクーデターを起こし、藩内の実権を握っていた。


 慶応二年6月、第二次長州征伐が始まる。


 この戦いにおいて長州藩は、陸戦の指揮をおおむらますろう、海戦の指揮を高杉晋作がり、幕府側・征長軍15万の大軍を蹴散らしていく(龍馬も海援隊を私設海軍として率い、軍艦「ユニオン号」を操って、高杉の指揮下で参戦している)。


 第二次長州征伐の失敗により、幕府の権威は失墜。その衰退がはくじつもとに晒され、龍馬が構想した「大政奉還」が実現に向かっていく……。


 龍馬と高杉とは、そういう関係にある。


 ***


 高杉が龍馬に贈ったのは、アメリカのスミス&ウェッソン社が開発した「モデル2アーミー」というタイプの32口径、6連発式のリボルバーだ。


 この銃は一度、龍馬の命を救っている。


 慶応二年1月23日、伏見の寺田屋に滞在していた龍馬は、伏見奉行所の捕り方に襲撃される。このときにリボルバーが火を噴いた。龍馬は斬りつけられながらも反撃し、脱出に成功。材木小屋に隠れていたところを薩摩藩士に救出される。


 高杉から贈られたリボルバーはこの際に紛失した。


 それに代わる二丁目のリボルバーを龍馬に贈ったのは薩摩藩だ。


 寺田屋事件で負傷した龍馬は、西郷吉之助の勧めで、薩摩領内の霧島温泉などにしばらく滞在しているが、この頃に贈られたものだと思われる。スミス&ウェッソン社製の「モデル1」というタイプの22口径、7連発式のリボルバーだ。


 近江屋事件の際、龍馬はこの銃をふところに入れていた。


 史実では、それを抜く間もなく斬り殺されるのだが、豪太たちのいる幕末では、豪太が佐々木只三郎のきょうじんを木刀で受け止めたために、発砲する余裕が生まれ、脱出に成功している。龍馬を救った二丁目のリボルバーとなったのである。


 そして、その銃が今、美羽の手にある。


 ***


「秀ちゃん、お願い。あたしをみんなのところへ連れていって」


 涼介が土佐藩邸から出ていった後、美羽はそう言って泣いた。


「連れていってくれるだけでいいから」


 美羽は咲が新選組に捕縛されたことに責任を感じている。それなのに、自分は何もできず、ただみんなから守られている。そのことが美羽には耐えられなかった。


「みんなの身代わりになりたい」


 と言った。

 その美羽を秀一が必死で止めている。


 2人の様子を、涼介と入れ替わるように部屋にやってきた坂本龍馬が見ていた。

 その龍馬に秀一が助けを求める。


「龍馬さんからも言ってあげてください」


 龍馬はバツが悪そうに、頭をぐしゃぐしゃとかいた。


 本来、新選組に狙われる理由などないはずの彼らがきゅうに立たされているのは、自分と関わったせいだろう、と龍馬は思っている。しかし、永井玄蕃頭に仲裁を頼むという、これ以上ない手を打った龍馬にしてやれることはもう何もない。新選組の敵である自分が直接出て行けば、事態をさらに悪化させる恐れがある。


 かといって、美羽を行かせないことが良いのかも分からない。


 ***


「あしには止めることはできん」

 と龍馬は言った。


「どうしてですか!」


「もし3人の身に何かあれば、こんむすめは死ぬよりつらいじゃろ」


 龍馬の胸には美羽の悲痛な思いが響いている。

 何とか力になってやりたい。


「行くなら、これを持っていけ」


 と言って、龍馬は懐からリボルバーを取り出した。

 状況によっては、この銃が役に立つかも知れない、という考えからだ。


「龍馬さん、まさか……」


 と秀一は青ざめた。

 いざとなれば、新選組の隊士を撃て、という意味だと受け止めたのだ。


「勘違いしーな」

 と龍馬は笑いながら言った。


「脅すだけじゃ」


 実際、この時代の22口径の拳銃の殺傷力というのは大したものではない。威嚇に使う方が有効である、ということを龍馬は心得ていた。


「弾は1発だけじゃ。空に向かって撃て」


 と言って、リボルバーの弾倉に1発だけ弾丸を込める。


 龍馬の懐にあったために物理的な冷たさはない。にもかかわらず、それを手渡された美羽は、何かとてつもなく重く、冷たいものを受け取ったように感じた。


 その美羽に、

「決して人を撃つな」

 と念を押した後、龍馬は確かにこう付け加えた。


「おまんらに、人間を殺す理由はないはずじゃ」

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