朝食

 侍従が起こしに来るまで、大した時間は掛からなかった。侍従に挨拶をした後、侍従を引き連れて、サタンとリズタルトが食事をする部屋、松の間に向かった。


 松の間に着き、父に挨拶しようと上座を見たが、いつもだったらとっくにいるサタンの姿がなかった。



「父上は?」



 執事長であり、ヴァンパイアのヴァンスロットに聞くと、柔和な笑みを浮かべながらリズタルトの問いに答える。



「御仕事が立て込んでおられるようで、先にお召し上がりになりました」


「そう……ありがとう」



 昨日の今日だから、リズタルトと顔を合わせるのが気まずかったのだろうか。

 そう考えると気が沈みかけたが、すぐ打ち消した。



(いや、そんなわけないか。父上が気まずいとか)



 むしろ、何事もなかったかのように「おはよう、リズタルト」とけろっと挨拶し、堂々と上座に座っているのがサタンだ。本当に仕事が立て込んでいるのだろう。



(でも、そんなに立て込むような事なんてあったのかな? 祭りの時期じゃないし族長が来るわけでもないし……なにか新しい問題でも起こったのかも)



 考え込んでいると、ヴァンスロットが話しかけてきた。



「皇子様、いかがされましたか?」


「なにか問題が起こったのかなって」


「そうですね……族長や里長との面談もありませんし……ああ、もしかして通行税の見直しについて考えているかもしれませんね」



 魔界の首都であり、魔王城があるここ、サン・ダルクは交易都市と呼ばれているほど、交易が盛んだ。様々な種族が住まう魔界の中心にある首都は、他の街や村に続く道の中間地点にもなっている。サン・ダルクに続く道は舗装もしっかりされ、ルターナ・ポニュレウス対策も為されている。故に隊商らはサン・ダルクを介して交易をしている。


 商売をしているのは、ゴブリンなどの物理的に力がない種族が多い。だから隊商らは出来るだけ安全な道を通る。わざわざサン・ダルクを通らず、反対側の村や街に行く隊商はまずいない。やましいことがあれば別だが。


 通行税は、隊商や行商人がサン・ダルクを経由する際に支払ってもらう税だ。その税は主に道の舗装や警備に宛がわれる。



「最近はルタポが強くなっているからね」


「そうでございますな。ルタポ対策で税を上げなくてはならぬのでしょう……通行税はその為にありますからね」



 リズタルトは頷く。ルターナ・ポニュレウスによる被害を考えると、税が上がってしまうのは確実だ。それを隊商と行商人が納得できるよう調整できるか、それが問題だ。



「それから、セシル殿が急遽お休みになったので、今日のお勉強はお休みだそうです」



 家庭教師であるエルフのセシルの休みを聞いて、リズタルトは目を丸くした。



「セシルが? 風邪を引いたの?」


「いいえ。伯父が大怪我をして意識不明の重体になったので見舞いに行きたい、ということでした」


「そっか。意識、戻るといいね」


「そうでございますな」



 今日は一日中勉強をする予定だった。剣と魔法の指南役は現在、この城にいない。任された公務も片付いている。つまり、丸一日空いてしまった、ということだ。



「皇子様。お食事が冷めてしまいますよ」


「あ、ごめん。いただくよ」



 席に座り、出された食事に手を付ける。


 今日の朝食は、白い米に城の堀で育てている川魚 (堀魚というのが正しい言い方かもしれない)、白菜の浅漬けに、ナメコの味噌汁。味噌は麦味噌のようだ。一見庶民と変わらない朝食だが、食材は最高級のものを使っている。どれも湯気が立っていており、美味しそうだ。とくに米は艶があり、一粒一粒立っている。



「皇子様。今日はどうなさいますか? 政務に励みますか?」


「頼まれた政務は昨日の内に終わらせたから……今日は図書館にいようかな」


「自習ですか?」


「う、うん」



 ヴァンスロットが笑みを刷る。



「それはそれは。自ら勉強なさるとは感心ですな」


「そんなことないよ。自習って言っても、雑学を調べるだけだから」


「雑学だろうが、知識を蓄えることは悪いことではありません。ですが、たまに羽目を外さないと体が持ちませんよ?」


「大丈夫。息抜きはしているから」


「そうですか……あまり御無理はなさらぬよう」


「わかったよ。ありがとう」


「いえいえ。倒れない程度に頑張ってください」


「うん」



 味噌汁を飲む。麦味噌の甘い味とナメコの粘着きが絡み合い、とても美味しかった。

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