本当の出生

「リズタルト」


「なんですか?」



 枕元に座る父親をぼんやりと見上げ、リズタルトは瞼を開こうと頑張った。


 リズタルトの父の名は、サタン・アン・ヒルデン。魔界の初代王であり、魔界統一から千年以上経った今も現役で活躍している。


 サタンは見た目は二十代後半だ。偉丈夫で、烏の濡れ羽色だと、侍女たちが羨ましがっていた髪は膝まである。頭には角が生えていて、雄牛のように太く、湾曲している角は、右は大きく、左は小さい。月のような金色の瞳は、いつも自信に満ち溢れ、精彩な輝きを発していた。少なくてもリズタルトは、その瞳が揺らいでいるところを見たことがない。


 サタンの口元が緩み、微睡んでいたリズの頭を撫でた。ゴツゴツした手が、柔らかくて暖かくて、リズタルトは気持ちよさそうに目を閉じた。


 サタンは毎日、寝る前にリズタルトの許に行き、リズタルトの話を聞く。それが日課だった。

 その日もいつも通り、リズタルトが今日の出来事をサタンに報告し、サタンもたまに質問しながらリズタルトの話を聞いていた。


 そろそろ寝ようとした時、サタンがいつも通りの口調でリズタルトの名を呼んだのだ。



「昔、お前は人間界の道端で捨てられていたところを、俺様が拾ったと説明したことがあったな」


「はい。覚えています」



 リズタルトはサタンと血が繋がっていない。それどころか種族が違うのだ。


 リズタルトは人間だ。人間はこの魔界に住んでいなく、人間が跋扈しているのはルタチナ・カミュアの向こう側に広がる世界だ。


 ルタチ・カミュアとは、海の真ん中にある大きな谷のことだ。ちょうど世界を真っ二つするように、それは広がっていて、向こう側の海と繋がっている所はない。リズタルトは見たことはないが、谷というより海の裂け目だと、サタンが言っていたのを覚えている。


 故に海路から船で両世界を行き来することは出来ない。陸路も繋がっていないので出来ない。唯一可能なのは空路なのだが、これは空を飛べるグルーテリュスしか渡れない。全ての人間は飛べないらしく、空を飛ぶ技術もないのであちらからこちらに行くのは不可能だという。


 数年前、自分が人間だと知った時、どうして自分がこちらにいるのか父に聞いたら、そう教えてくれた。父の実の息子ではないことに当時は凹んだが、今はそうでもない。

 父が息子といってくれるのだ。だから、自分は父の息子だと思うようになったからだ。



「あれなんだがな、実は嘘なんだ」


「え?」



 リズタルトは己の耳を疑う。

 悪気もなく、むしろ堂々とした態度を崩さずサタンは続けて言った。



「本当は俺様が影に、お前を浚うよう指示した。お前はハルメス詩歌に詠まれた者で、将来は俺様を倒すらしい」


「………………は?」



 まるで、お前が楽しみにしていた甘味を食べたの俺なんだ、とみたいな口調で告げられた真実に、リズタルトの思考は止まった。


 これがリズタルト・アン・ヒルデンが、己の出生を知った経緯であった。十歳になった、冬の時のことである。

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