リズ・トラン②
ヴェイツを先頭に、カイン達は歩き出した。瓦礫の上を移動して、リズが去っていた方向を目指す。
至る所崩れ、脆くなっているため歩きづらい。慎重に歩いても、足下が崩れ、バランスが一瞬取れなくなる。
奥に進むと、香ばしい匂いがしてきた。それが鼻孔を通り、胃へ染み渡ると、急に空腹感が襲ってきた。
そういえば、ヴァレンに出てから何も食べていない。朝は牛乳にパン、サラダだけだった。昨日の夜は、体調のこともあり、スープだけだった。ヴァレンからイカネまで歩き、イカネから岬の遺跡まで歩き、そしてフライボンとの戦闘。むしろよく持ったものだ。
カインは猛烈に腹が減った。自覚すると、口の中が涎で溢れかえってきて、零れないようにそれを呑み込んだ。
「良い匂い~」
「火を熾しているって言っていたな」
「何か焼いていたのかもしれませんね~」
「そっちに行ってみるか」
匂いを辿ることにして、一行は進んだ。
少しすると、開けた場所に出た。その中心にはリズが座り込んでいて、焚き火と焚き火の上で横になっている物体の様子を確認していた。
その物体を見て、カインはぎょっと目を剥く。
それは二匹のフライボンだった。大きな肉を焼くのに使う串を使い、ぐるぐると回している。
リズが振り向き、こちらに気が付くとにこっと笑った。
「あ、皆さん。どうしたんですか? そんなところに突っ立って」
「え、いや、それ、フライボンじゃ……」
テトが狼狽えながら訊く。
「ああ、これですか? お腹が空いたんで、食べようかなって」
「いやいやいや! そうじゃねーよ! 魔物を食うのか!?」
「ああ、そっちの意味ですか」
「他にどういう意味があるんだよ……」
誰もがドン引きする中、カインはリズの横まで移動し、屈んだ。
「魔物って食えるのか?」
「ええ。フライボンは今が旬なんです。産卵時期ですので脂が乗っていて、美味しいですよ」
「産卵!? 魔物って卵産むのか!?」
カインは驚愕して、リズを凝視する。リズは笑みながら頷いた。
「はい。全ての魔物は産卵します。フライボンはこの遺跡を、卵を植え付ける場所としているみたいで」
「あ、だから毎年この時期に?」
「はい。今年は風向きの影響で、イカネに直撃するコースを通ってしまったようで」
「それで、イカネがあんな風になってしまったのか……」
「いや、普通に通り過ぎていたのなら、ああはならなかったでしょう」
リズはやんわりと否定した。
「産卵場所に侵入した僕を襲わなかったので、おそらく生徒がパニックを起こして、魔法でフライボンを攻撃したから、ああなってしまったのだと思います。産卵時期のフライボンはいつもと比べて凶暴化するけど、それでもこっちが手を出さなかったら、襲わないんでしょうね」
「へぇ……ん? このフライボンはどうやって捕まえたんだ?」
「一匹になったところで、捕まえたんです。あ、そろそろいいかな?」
串を取って、焼き具合を確認する。
「ピギャー」
獣のような声がした。声が高く、小さい。すると、リズの膝の上に一匹の獣が乗ってきた。
両手で乗せられるほどの大きさの生き物だ。水色の身体に、蜥蜴のような尻尾、爬虫類のような顔、頭には水晶に似た角が生えている。背中には翼があった。その生き物は、紫水晶の瞳でカインを見て、興味が失せたのか、すぐ目を逸らしてリズが持っているフライボンを見上げる。
「あ、先に食べたいの? ほら」
皿を出し、皿の上にフライボンを乗せる。それを地面に置くと、その生き物はフライボンを食べ始めた。ちょっとずつ口を含んで、食べている姿は上品さを感じた。
「リズ、その生き物は……」
「ああ、キラのことですか? 飛ぶ蜥蜴です」
「いや、たしかに尻尾は蜥蜴っぽいけど、どう見たって蜥蜴じゃ」
「イカネの皆も、大きい蜥蜴って呼んでいますから、蜥蜴なんです」
「お、おう」
有無を言わせない気迫を感じ、カインはたじたじになる。
その時、カインの腹の虫が鳴った。
「あ、お腹空いているんですか? 良かったら、もう一匹のほう食べますか?」
「え、いや! リズが腹減ったから焼いていたんだろ? いいよ!」
魔物の肉を食べるなど、遠慮したい。だが、リズは満面の笑顔でもう一匹のフライボンの串を手に取る。
「遠慮なさらないで! 他にもたくさん捕まえましたから、僕のことは気にしないで」
「いや、その……」
ずいっとフライボンを眼前に出される。濃厚で香ばしい匂いが、腹の虫を刺激した。予め塩を振っておいたのだろう。塩と焼いた匂いがさらに食欲を掻き立てる。
我慢できなくなってしまった。串を受け取って、おそるおそるフライボンの脇腹をかじる。
そして、目を見張った。
フライボンの肉は淡泊で、それが塩とよく合っている。肉がぷりぷりしていて、噛んでいて楽しい。口の中で噛むほど、身体の奥から力がじわじわと湧いてきているみたいだった。
「っめぇ! フライボン、めっちゃうめぇ!」
「でしょ?」
「なんか力が湧いてきた!」
「よほどお腹が空いていたんですね。あ、皆さんもどうですか? 焼きますよ」
カイン以外の一行は互いに目を合わせて、やがて肩をすくめて火の周りに腰を下ろした。
もうすぐ昼時だ。皆、口では言わないが、カインほどではないが空腹を感じていたのだ。
毒味も終わったことで、フライボンの姿焼きに対して、警戒は解いた。食材もほとんど切らしているので、抵抗はあるものの背に腹は代えられない。
「フライボン以外に、食べられる魔物はいるのか?」
塩を練り込ませ、串を刺して、もう二匹を焼き始めたリズに、カインは質問を投げた。
「そうですね……今まで、どんな魔物と戦ってきましたか?」
「えっと、スネイとトゲルゥとか?」
「両方とも食べられますよ。スネイは姿焼き、トゲルゥは殻の中の赤茶色の物体を食べます」
「へぇ……無駄なことをしたなぁ」
「今度から食べてみてください。美味しいですよ」
「しかし、長いこと傭兵やっているが、魔物を食べる奴は初めて会ったぞ」
ヴェイツがリズを見据えながら、呟く。
「父の影響です。僕、長いこと父と放浪していて、父が魔物を狩って、それをよく食べていました。だから、普通は魔物を食べないって聞いた時、え、食べないの!? って驚きましたね」
「よく魔物を食べようって思ったな……」
「父は新しいことが大好きな人で。多分魔物を食べようと思ったのも、性格故だったんでしょう」
「……おれ、親が魔物を食べようとしたら止めると思うし、素直に受け止められない」
「おばさんなら、躊躇いなく食べそう」
「やめてくれ」
テトが青白い顔で、制止する。母親が魔物を食する図を、容易に想像できたのだろう。
そういえば村の皆は元気かな、と両親の顔とエレンたちの顔を思い浮かべながら、フライボンを頬張る。
「はい、できた。どうぞ」
「先にテトとドロシー、どうぞ」
「あ、ああ」
「あ、ありがとう」
フライボンの塩焼きを受け取り、カインと同様おそるおそる口に含む。
食べる直前まで、眉を顰めていたが、一口食べるとぱぁっと表情が明るくなった。
「あ、美味しい」
「これ、いけるな」
「でも、こんなに大きいの、食べきれないわ」
「では、ドロシー様。わたしと半分こしましょうか」
褒められて嬉しいのか。リズはにこにこと微笑んだまま、また二匹を焼きはじめる。
「何匹捕まえているんだ?」
「そうですねぇ。後軽く二十匹くらいありますよ」
「そんなに捕まえてどうするんだ?」
「研究材料もそうですが、主に食料として使います。フライボンは出汁にしても美味しいんですよ。ここで干して燻製にしてから、持って帰るんです」
「……まさか、あのノエルとかいう奴が言っていた手伝いって」
「多分、干すのを手伝ってやってくれ、ということなんでしょうね。いつもノエルが手伝ってくれていたから」
テトは脱力した。対してカインはにっと笑い、拳を握り締めて突き出した。
「よっしゃ! 干す作業なら慣れているから、手伝うぜ!」
「ありがとうございます。では、お腹を満たしてから作業しましょう」
「おう!」
カインはフライボンを頬張りながら、リズの横顔を一瞥する。そういえば、翡翠色の瞳は故郷でよく見かけた色だ。テト、アリシア、母、エレンも翡翠色で、他にも翡翠色の瞳は沢山いた。もしかして、カインは元々カインがいた地方の人間だろうか。
後で訊いてみよう、とカインは小さく誓った。
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