埋まっているオジサン
ねこじろう
オジサンだけど、埋まってていいですか?
僕の小学校は山の麓にあった。
一学年に一クラスしかないような、小さな学校だ。通っているのは、周辺の農家の子たちばかりだった。僕の家も農家で、学校のあるところよりも、まだ山の中に入ったところに家があった。
ある日授業が終わっての、帰り道。僕はいつものルートを歩きながら帰っていた。
草木が両脇に並ぶ狭い砂利道を一人ザクザクと、道に長く伸びた影を見ながら歩いていると、どこからともなく、人の声が聞こえてくる。
「ぉ-ぃ……ぉ-ぃ……」
─おや、何だろう?
立ち止まり、耳を澄ましてみる。
どうやら、右側の雑木林の方からのようだ。先生たちから勝手に山の中には入ってはいけない、と言われていたのだが、とても困っているような声だったから、僕は道脇の林の中に分け入った。
林の中は鬱蒼と彼方まで木が立ち並び、薄暗く静かだった。時折、名も知らない鳥の声が聞こえてくる以外は、ガサガサという僕の枯草を踏みしめる音だけが聞こえてくるだけだ。
「ぉ-ぃ……ぉ-ぃ……」
途中何度か立ち止まりながら、僕は声のする方に向かって歩き続けた。少しづつ、声が近づいてくるのが分かる。
「おーい……おーい」
既に声は、間近に迫っているみたいだ。立ち止まり額の汗を拭いながら、周囲を見渡してみる。
グルリ周りは、木に囲まれている。重なり合う枝の間から夕日がチラチラと射し込み、枯れ木に被われた地面を斑にしていた。
少し離れた地面が少し盛り上がったところに、かなり大きな木が一本あった。根本の部分の直径が、三㍍はありそうだ。
どうやら声は、その辺りから聞こえているようだ。巨大な木の周りをゆっくり歩いてみる。
するとすぐ下の方から、声が聞こえてきた。
「ここや……ここや」
僕は木の根っこの地面辺りを見た。そして、心臓が止まるくらい驚いた。地面から、男の人の青白い顔だけがヌッと出ている。
顔の部分だけ切り取られたかのように、地面から現れていた。
目鼻立ちのハッキリした顔をしていて、口の周りに濃い髭を生やしている。
僕は恐る恐る聞いてみた。
「オジサン、どうしたの?」
男の人は少し困ったような顔をしながら、僕の方を見上げて言った。
「すまんな、驚かして。
実はな、何かとても寂しくなってな。無性に誰かと話したくなったんや」
そんなに悪そうな人ではなさそうだったので、僕は地面に四つん這いになって、オジサンの顔を見る。お父さんくらいの年齢だろうか。額に何本かの皺があり、顔は青白くて汚れている。
「ねえ、オジサン。オジサンは何でこんなところにいるの?」
オジサンはしばらく
少し考えるような顔をしてから、言った。
「それが分からんのや。ある日、仕事場に行こうと地下鉄に乗って、椅子に座り、ウトウトしとったら……気がついたら、ここにおった」
「いつから?」
「そうやなあ……いつからやろ。あれは確か、二千円札が発行されたり、イチローが大リーグに行ったころやから……まあ、だいぶ昔やな」
「ご飯とかはどうしてるの?」
「いや、それがな、食わんでも何ともないんや」
「……ふ~ん」
「でもたまに、無性に何か食べたくなるときはあるわな」
僕はランドセルをおろし、今日の給食の残りのパンを出して、ちぎると、オジサンの口元にもっていく。オジサンは池の鯉のようにパクリと食い付き、ムシャムシャと食べる。あっという間に一枚なくなった。
「坊や、ありがとうな。パンとか食ったのは久しぶりや」
オジサンは嬉しそうに言った。
僕はハンカチでオジサンの顔を拭いてやった。
見上げると、枝の間から射し込んでくる光がかなり弱くなってきているようだ。
「なあ、もうそろそろ帰った方がええんちゃうか。この辺、今から真っ暗になるでえ」
オジサンは心配そうな顔で僕を見る。
「オジサンは、こんなところで一人で平気なの?」
「わしか?わしはもう長いこと、ここでこうしてるから、もう慣れっこや。それと、まあ、ここはここで、それなりに楽しいこともあるしな」
「楽しい事って?」
「一人でここにこうして埋まっとったらな。いろんなものが見えたり、いろんな音が聞こえてきたりするんや。木の葉がパラパラ散っていく様とか、鳥たちの鳴き声とか。たまに動物とかも、来たりするんや」
「例えば?」
「この間なんかな、近くでガサガサ音がするから、何やろ?と見たら、イノシシの親子連れや。わし、こんな近くでイノシシ見たの、初めてでな、びっくりしたわ」
オジサンは目をパチクリとさせている。
「ふーん。だったら、一人でも平気だね」
「まあ、基本そうなんやけど、たまーに、人恋しくなったりするんやけどな」
と言って、オジサンは少し寂しげな顔をした。
「大丈夫、大丈夫。そんなときは今日みたいに呼んでくれたら、僕、来るから」
僕はオジサンの顔を見て、にっこり微笑んだ。
「ほんまか!約束やで。」
と、オジサンは嬉しそうに微笑む。
そして、僕は、
「オジサン、じゃあ、行くね」
と言って立ち上がり、ランドセルを背負うと、お尻の泥を払った。
「今日はありがとうな。暇になったら、また遊びに来てよ」
オジサンは笑顔で見上げながら、言った。
「分かった!また遊びにくるね」
そう言って僕は、元来た道を走りだした。
埋まっているオジサン ねこじろう @nekojiro
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