RISORGIMENTO

スライダーの会

第一話

流転

諸人民の理

 かつてこの日本列島に、数百万人の犠牲者を出した悪夢の独裁国家があった。「日本人民共和国」と呼ばれたその国は、地球への小惑星衝突を引き金として滅んだ。だが、共産主義者に取って代わった者達が建国した、「」は、関東や九州など一部の地域しか掌握する事ができず、国内には数多の軍閥が割拠していた。


 日本帝国政府は、列島内に権益を持つ諸外国の顔色を伺いながらも、着々と軍拡を進め、遂に祖国統一戦争の戦端を開いた。今この瞬間も、東西の鎮台師団が各地で「賊軍」の平定を進めている。


第一話「

・脚本:スライダーsliderの会 十三宮とさみやあきら



 東京渋谷にある七宝院しっぽういん学園は、甲信地方から進出した、仏教系の学校として知られているが、近年は自然科学にも重点を置いており、理系の部活も存在する。


「…次回の講義ではいよいよ、生命の誕生から我々人類に至る、進化論の内容に入ります。生物学の中で最も神秘的で面白い分野です。宗教的な問題も絡むテーマだからこそ、まずはそれがどういう説なのかを、しっかり理解する必要があります。それでは」


「あの、先生」


「ん、星河さんか」


 地学部長の星河ほしかわ亜紀あきが話し掛けて来た。


「以前仰っていた、私に見せたい本というのは?」


「ああ、そうだったな。持って来たぞ、これだ」


「『宇宙から見た日本』、ですか」


「東京に住んでいると実感がないが、日本は意外と自然に恵まれた国なんだ。衛星写真で見ると、それが良く分かる」


「なるほど」


「それから、日本列島の形成史も調べて見ると楽しいぞ。日本の歴史じゃなくて、日本列島その物の歴史だ。『イザナギプレート』なんて用語もあって、なかなか壮大な話だ。興味があるなら、『日本列島の自然史』を読んで見ると良い」


「あ、はい。アドバイスありがとうございます」


「『地球科学』だから地球全体の事を学ぶのも良いが、日本だけでも研究テーマの宝庫だ。少ないが化石人骨も発見されているしな」


 著名な人類学者の樹下きのしたすすむは、本業の大学教授のほか、多くの学校で自然科の講師を兼任している。若い頃から高度な研究をしていたそうだが、詳細は不明。


「…亜紀、本日のお昼御飯はどうする…?」


「いつも通り、文化館で良いでしょう」


「そうだな」


 彼女は友人の高瀬川たかせがわみなと瀬田せた椿つばきと共に売店に向かい、ついでに今月の地学部活動届けを、顧問の海棠かいどう雄也ゆうやに提出した。こうして、いつも通りの一日が過ぎ行くはずだった。


「…あの白衣が、姉さん達の言っていた樹下教授か。大牧先生の恩師らしいけど…ん?結からメールだ。あいつ今、どこに居るんだっけ?岩月さんは確か、偵察って言っていたけれど…」



 渡良瀬川下流域に広がる遊水地。そこに一人の少女が率いる、小規模な陸軍部隊の姿があった。


「おう、良い景色だな!ここがなんとか湖か」


谷中やなか湖です、お嬢」


 彼女らの正体は、北武蔵を支配するの分隊。大宮に拠点を置くこの軍閥は、関東のど真ん中にありながらも東京政府に従わず、更にその勢力を北へと拡大しようとしていた。その尖兵として送り込まれたのが彼女達であり、若過ぎる連隊長の星川ほしかわゆい、露出の多い装甲をまとった軍事班長の岩月いわつきあい、脱力系な行政班長の長谷堂はせどうまい、それに士気の怪しい学生隊員の天理てんり陽晶はるあきらが居る。


 日共政権最後の拠点であった宇都宮は、激戦によって荒廃し、歴史の表舞台から姿を消していた。共産主義体制を懐かしむ者も少なからず居り、政府への忠誠も、そして政府による統治も安泰とは言い難かった。


「で、ここを乗っ取って俺達の基地でも建てれば良いのか?」


「今日の任務は偵察だから、もっと北まで行かないと駄目だよw」


面倒めんどいなあ…疲れたから少し休ませろ」


「お嬢、しっかりなさって下さい」


 好きでこんな仕事をしているわけじゃない、と言わんばかりに草叢くさむらに寝っ転がる星川結。長谷堂・天理も後に続く。無理もない、岩月将軍以外の三人はまだ学生だ。軍閥の娘だから、その友達だからという理由で、形だけの「軍人」をやっているに過ぎない。



 青天白日。天気は快晴、降り注ぐ日光。


「海は広いし、空は綺麗だし、気持ち良いなあw」


 輝きを増す白。


「でも、太陽が眩しいよ~w」


 色彩を失う青。


「なんか、空の色が変じゃないか?」


 落下する天空。


「…!」


 今ここで起きている事、見えている物が正常でないというのは、誰の眼にも明らかだった。そして、この情況を日本語で表現するならば、それは…。


「なんだあれ?空が…」


「空が?」


「そ…空が、降って来ます…!」


 その瞬間、世界は光に包まれた。闇ではなく、光に…。



「各機、状況を報告して」


「2番機、異常なしです」


「3番機、特に問題ありません」


「4番機以下も同様」


「メーテルリンクよりサザンクロスへ。先の発光による機器への異常はなし。指示を求む」


「こちらでも同様の事象を確認した。核爆発かと思ったが、肝心の熱源が見当たらない。現時点では撤退を許可できない」


「了解。警戒しつつ任務を続行します。各機、作戦継続よ。星川による宇都宮への越境攻撃は、何としてでも阻止しないと!」


「もちろん分かってま…あれ?混線ですね」


「おい勇姉ちゃん!あたいらは侵略なんかしてねえよ!武器持って湖に遊びに行ってただけだ!そんな事より助けてくれ!」


「あなた、誰かと思えば結じゃない!で、何が起きてるの?」


「所属不明の勢力より攻撃!政府軍ではありません!」


「所属不明?赤軍残党のセクトじゃなくて?」


「いえ、『敷島坂東軍』などと称しております。また、兵装には『』といった文字も…」


「ふざけた名前のテロリストね。航空支援してあげるから、さっさと逃げなさい!岩月さんは敵中突破マニアでしょ?」


「はい、お任せ下さい!お嬢・皆様、どうぞこちらに!」


「援軍に呼ばれて、合流した結果がこれかよ…総員撤退だ!退却せよ!」


「隊長、地対空ミサイルです!」


「何馬鹿な事言ってるのよ?田舎の賊軍風情がそんな物持ってるわけ…」


「…!」


「ああっ!7番機が撃墜された!」


「そんな、速過ぎる!それに、あんな命中精度あり得ないわ!」


「…Maeterlinckメーテルリンク、聞こえるか?細かい話は基地に戻ってからだ!今すぐその場を離れろ!」


「ええ、帰れるならさっさと帰りますよ!地上の子達を御内おうちに帰らせてからね!」


 この所属不明軍との邂逅が、後に呼ばれるところの「」である。



 延々と続く「雨降る砂漠」。恐らく、そう多くは変わる事のない景観。ここは日共崩壊の契機になった、小惑星の破片である隕石が落下したクレーター、禍津日原まがつひはら。「帝都の流刑地」と呼ばれるこの場所には、権力闘争の敗北者から指名手配犯、単なる変わり者から世捨て人に至るまで、社会の主流派の枠から外れた人々が集う。


 そんなこの地を、どうにか再建する事に成功したクレーター復興庁、現在のは、治安の回復を誇示したいためか、学校まで誘致してしまった。


「先生って、西洋史も得意ですか?教えて欲しい問題があるんです」


「どこが分からないの?」


 の教員室では、いつもの如く雪花ゆきばな晴華はるかが地理科の大牧おおまき実葉みのはから、宿題の答えを聞き出そうとしていた。


「このページで、中世のヨーロッパなんですが、メシア暦751年に滅亡した王朝って何ですか?」


「ああ、それは『』が答えよ」


「『メロビング』って国が滅んだんですか?」


「いえ、国の名前は『フランクFrank王国』通称フランスFranceで、その国王になる一族がメロビスMerovis家だったんだけど、カールKarl家のカロリング朝が王位を奪っちゃったの」


「そうなんですかー」


「ところで、私は地理の先生だから訊くけど、フランク王国って今のどの辺りにあったか分かる?」


「フランクフルトが食べれる所ですか?」


「…えっとね、ガリアGalliaを中心に、ドイツとイタリアを含む地域よ。覚えておきなさい」


「はーい」


「大牧先生ー!」


 自然科非常勤講師の間宮まみやあゆむが駆け付けた。


「どうしたの、間宮さん?」


「通学路から外れた危険区域に、女性が倒れているとの連絡がありました!」


「今行くわ。とりあえず、保健室で保護しましょう」



 東京・星川軍が撤退した後の谷中一帯には、短時間ながらも激戦の痕跡が確かに刻まれていた。だが…その地形は、街並みは、もはや日本国民が知るそれではなかった。


「見慣れぬ奴であったな。外見も武器も喋り方も、何ももが」


「見慣れぬも何も、かの女武将の格好は何ぞ?しからぬ!指揮官も小娘とは、我々の理解を超越している。かく、南方の護りを固める必要が有る。先の異変にる影響、何処まで広がりたるやも調べねばなるまい。京に居る修理しゅり資政も心配だ」


 突如現れた新天地、その戦場に佇むのは、「幕府」陸軍将官の宇都宮うつのみや邦綱くにつなと、一門の棟梁たる「下野守しもつけのかみ那須なす資高すけたか。そして二人の前には、敵軍の本拠地があるであろう、谷中湖の海彼かいひを悠然と見詰める、とても常人には思えぬ肉体を持った「」が居た。彼はこの世界で起きている事象に思慮を巡らしつつ、口を開いた。


「まずは朝倉殿に情況を確認する。北陸探題が健在ならば、幕府本隊との連携を回復する時間も稼げよう。中央に就いての情報は、兄上や大関頭取が無事であれば送ってれるはずだ」


 資高の子にして、後に「幕府軍騎兵士大将さむらいだいしょう」と成る関東最強の武者。彼の名は、那須なす与一郎よいちろう景高かげたか


「例え世が歪まんとも、我等の生き様は微塵も揺るがぬ事、天下に示して魅せよう!己に対しては過信せず、敵に対しては妥協せず、如何なる理由があろうとも勝ち残る。それが軍人であり、武士とう者だ!」



「はあ…どうにか谷中湖から脱出できた。結達は一応大丈夫そうだから、次は仁さんを捜さなくては!恐らくは聖姉さんと一緒に、伊豆半島に避難している可能性が高いか?ここは禍津日原、伊豆までは少し遠いな…情勢も不明だし、とりあえず大牧先生に相談しよう」


 四校保健室には、一見すると若そうな、どこか不思議な雰囲気の女性が搬送された。大牧らのほか、教え子の日向風ひむかしまこと天河てんが瑠璃るりなども、興味本位で様子を見に来た。


「…」


「あら、意識が戻ったみたいね。初めまして、お名前は?」


「…相賀、誉…」


 相賀あいがほまれ、それがこの年齢不詳の女性の名前だと言う。


「とにかく、無事で何よりですね。状況も情況ですし、当面はここで預かりましょう」


「貴方達は何者?と言うか、どこの国の人?未開人?」


「失礼な!日本人に決まってるじゃないですか。私達は、クレーターのど真ん中で気絶してたあなたを、助けてあげたんですよ?」


「『日本』…懐かしい響きね。貴方達は復古主義者かしら?」


 先刻まで昏睡状態にあったとは思えないほど、相賀の口調は冷静で聡明だった。どうやら記憶喪失ではないらしい。だが、彼女の発言はどこか変だ。


「復古も何も、ここは日本帝国ですから」


「これは失敬。どうやら皆さん、本格的に亡命政権の人みたいね。滅んだ国の人民を称するなんて」


「あ…あの、今…日本がどうなったと言いましたか?」


「今更何を言っているの?『日本』なんて国は、とうの昔に滅んだわ。ここは『』よ」


「…なんですって?」



 禍津日原総督の西宮にしのみや堯彦たかひこは、女帝陛下の皇太弟である。元来は、姉との帝位争奪戦に敗れ、この地に左遷された身だが、その立場を逆に利用し、クレーターの復興を成功させた上に、直属の禍津日原基地まで有し、事実上の軍閥に成長した。


 総督臨席の上、基地司令官の落合おちあいサザンSouthernクロスCrossわたる、先の任務から帰還した十三宮とさみやメーテルリンクMaeterlinckいさみらが、禍津日原駐屯軍基地に再結集している。


「結論から言おう。どうやら我々は『神の悪戯』に遭ったか、さもなくば『宇宙人』にでも侵略されているようだ」


「信じたくありませんが、渡良瀬の一件だけでも頷かざるを得ないと言うのは、甚だ恐ろしいわね」


「全くだ。ここ関東は元より、確認されているだけでも北陸・伊勢、それに山城平安京など、各地で『敷島共和国軍』などと称する、新興の武装勢力が目撃されている。それも一斉に、だ」


「まさかとは思いますが、かつて日共政権が、極秘に研究していたとされる『クローン軍』では?」


「俺も本気でその可能性を考えた。だが、断片的な情報を聴く限り、そういうわけでもなさそうだ」


「彼等が何者であるか等、彼等に直接尋ぬれば良き事であう?」


 閉眼して唱題に勤めていた総督が、口を開いた。


「誰があらわうとも、姉上の朝廷に従、祖国再興を成就為むせん事が、我等皇軍の務めなり。言迄も無く、敵襲在る迄、軽率なる行ひは控よ。代りに『AB団』を動かし、彼等との接触を試みる。南十字・青鳥、其方そなた等の手を借りたし」


「御意」


「了解」


 その時、普段は総督府の職員に扮している側近が、慌ただしく駆け付けた。


「総督、敵襲ですよ!」


「何と、早速『客人マレビト』の御出座おでましか。名は分かるか?」


「ええ。『上野うえの正斉まさなり』と称する者に率いられた軍勢で、『スラム街区の浄化作戦の途上、未知の荒野に紛れ込んだ。貴様らは敵か味方か?』などと申していますが…」


「『敵ならば即、皆殺しにする』とでも言いたげね」


「回答の機を与れるだけ、紅衛兵よりは増しぞ。此の上は、我自ら会見る」


「なりません、危険です!」


「案ずるでない。それとも、我を信用出来ぬと申すか?」


 総督は団扇太鼓うちわだいこを手に門へと向かった。



 信じ難い異変の情報は、星川軍にも届いていた。武蔵に撤退した星川結らは、軍閥指導者である星川ほしかわういの邸宅、大宮寿能じゅのう城に集っていた。


「…マジかよ?だからあんなに強かったのかよ!」


「ええ…現段階で分かっている事は、今話した通りよ。偵察のつもりが怖い思いをさせちゃって、ごめんね」


「まあ、無敵の岩月さんと航空支援のお蔭で助かりましたんで、大丈夫です」


「いえいえ。私は御家人として、当然の任務を果たした次第です」


「それにしても、なんだか戦国時代みたいな苗字の人ばっかりだねw」


「全くだ。あいつら本当に『未来人』なのか?」


「星川家には、母上様とお嬢、更には私達を含め、北条ほうじょう氏ゆかりの者が多く居りますし、畿内では、豊臣の継承者を自任する方々が、勢力を広げておりますが、それらと関係あるのか…」


「未来ってゆ~より、全く別の世界がくっ付いて、『パラレルワールド』的な何かが出来上がったとか、そんな感じじゃねえの?」


「ともかく、あなた達をこれ以上危険に晒したくないわ。結、あなたはお友達と一緒に、浦和に戻りなさい。県庁はもちろん、教会の使用許可も取ってあるわ」


「母上様、我ら太田おおた騎士団への御命令は?」


「忘れたの?愛ちゃん達の任務はいつだって、結を守る事よ。あなたも一緒に行ってあげなさい。どうしても戦力が必要になったら、その時に呼ぶわ」


「畏まりました!」


「でも、愛ちゃん達を苦戦させるなんて、敵さんも相当な手馴れね」


「はい。あれ程までに高き士気の方々と戦火を交えるのは、かつて岩付城にて母上様とお手合わせ頂いて以来、久しいのではないかと思います」


 騎士道精神の塊である岩月愛にとって、強敵との勝負ほど名誉な事はない。


「うふふ、一体どんな子達なのか、会って見るのが楽しみね」


 城内には、中華ソビエト共和国駐日大使であるXu秀全Xiuquanの姿もある。だが、肝心の中華大陸との連絡が取れない以上、今は在日漢人としてできる事をするしかない。具体的には、日本列島における親中派の代表格たる、星川軍の安全を確保する事だ。


「鳳龍公よ、賢明なる貴殿は既にお考えかと思うが、所謂いわゆる『国内外交』に関して、私から提案がある」


「言って御覧なさい、徐ちゃん」



 こうした中で、この異変をも自らの野望に利用し、「日本人」と「敷島人」との軍事的提携を、真っ先に成し遂げてしまった謀略家が関西に居た。畿内摂津は石山大坂城、彼女の名は「方広院ほうこういん近衛このえ和泉いずみ


「さて、敷島之国よりらした方々。我等『豊臣家』は、貴方々を歓迎致します。先づまず最初に申し上げますが、私達にとて、して貴方々にとつて、御互が一体何者であるか、してや世界が云々と言つた事柄は、どうでも良いのです。開眼為可すべきは、私達と貴方々の利害が一致為るのか、其の一点に限られます」


 方広院こと近衛和泉は、表向きは比叡山の尼僧だが、「」にて文学(と呪術)を究めた後、豊臣とよとみ秀国ひでくに羽柴はしば秀為ひでため三好みよし秀俊ひでとしら近畿の群雄を操り、自身に宿る「」の力をも駆使して支配地域を広げ、東京政府に真っ向から対峙する右翼的独立勢力、通称「」の黒幕に成り上がった人物である。そして今度は、異世界の者達をも掌握しようと画策し、敷島共和国立法院議員の朝倉あさくら家景いえかげ那須なす資政すけまさや、幕府海軍提督の大関おおぜき増広ますひろらを招いていたのである。


「江戸の者達は、血統の怪しき偽の帝を祭り上げ、欧化主義に執着して神佛を穢し、覇道を以て私達を従えうとます。越前も下野しもつけも、元より山城とて、例外には御座いません。同心る他選択は無いと思ますが、如何でしょうか?」


「御厚意、感謝致します。速やかに立法院で発議し、あわよくば共和国政府への建白にも尽力致します」


「大儀です。狸…ではなく、徳川様に宜しく御伝下さい。それから、大関殿」


「はい?」


「江戸は、鎮西ちんぜいと連携ながらつわもの達を進めてり、読み通りならば、挟み撃ちに参るでしょう。同盟成立の折には我が海、大坂湾・木津川口を御自由に御使下さいませ」


「承知」


「海と言ば…伊勢湾のほうも気に成りますね。秀為殿・秀俊殿、ただちに調べて参りなさい」



 中近世へのシンパシーが強い敷島の者達にとって、「豊臣再興」を標榜する方広院らは、ある意味では意気投合し、またある意味では相容れない人物であった。何故なら彼女は、史実の豊臣氏や、更に古くは平家がそうであったように、武家的権力と貴族的権威の両儀を纏っていたからである。その姿は、かつてこの城に女帝の如く君臨した、淀君よどぎみ茶々殿ちゃちゃどのとも重なった。


「丸で『臣下に会いに来てやった』、と言わんばかりの態度であったな。気に食わぬ」


「だが、彼女の言う事もまた一理だ。斯様かようなる異変下において、人心を掴まず武断主義に走らば、『朱雀大路』の二度手間と成りかねない。『豊臣』等と聞かば、徳川統領も三条殿も仰天されるやも知れぬが、この世界の中では、どうにか話が出来そうな者に見えた」


「前時代的とはいえども、彼等の軍事力を過小評価すべきではないでしょう。今は彼女等と組み、武州の『亡霊』を牽制する時かと。与一郎達も、我々の安否を気にしている事でしょう。情報通信網の復旧が急務ですな」



 日本帝国の政治体制はややこしい。建国に際する左派と右派の対立と妥協の結果、英米法なのか律令制なのか、良く分からない憲法が出来上がった。


 言うまでもなく、この異変で最も大迷惑を被ったのは東京政府である。ただでさえ国内が分裂状態だと云うのに、この上更に「新勢力」が勃興したのだから。現在の主な政府要人を挙げると、君主たる光復帝こうふくのみかど雲母日女きらひめを国家元首として、首相こと太政大臣の日基ひもとたける、九州筑前にて西海州政府首相を務める吉野よしのすみれのほか、女帝の寵愛を受ける遠野とおのフォイニクスPhoinixえい葉山はやま円明えんめいら近臣達が居る。


「首相、一大事です!畿内軍閥が、敷島勢との同盟を締結した模様!」


「何だと!おのれ豊臣め…京坂神けいはんしんだけでは飽き足らず、未知の軍事政権と結託してまで私に逆らうかッ!」


「やはりここは、イザナミ再稼働も辞さない覚悟で当たるしかないのでは?」


「愚者かお前は?そんな事をすれば、吉野が離反する。それに我らは、法を以てこの国を律する自由主義者だ。意味不明な理論に惑うコミュニストや、口先の愛国しか能がない九段坂風情とは、格が違うのだぞ!」


「少しは落ち着け、建。円明も、あまり急進的な事を言うな。大元帥の機嫌を損ねるぞ」


「…建、お疲れのようですね」


「こ…これは女帝陛下、いつの間に?」


「この非常時に、臣からの奏上を呑気に玉座で待っていられる程、予はうつけではありませんよ?」


「…御無礼を申し上げました、何卒お赦しを!」


「ふっ…相変わらず面白い君臣だ」


「そんな事より、女帝の考えは?」


「我が国と致しましても、敷島の中でも友好的な方々を、積極的に登用して行くべきでしょう。本件では、既に堯彦が動いております。しかし、関東平野の統治すらままならないという現状は、あまりにも不安定です。ゆえに、建」


「何でしょうか?」


「そなたには、どうしても心を許せぬ者が一人おりましたね。かつて共に国を治め、深き信頼があったからこそ、袂を分かった傷も大きい…そんな方が」


「は…」


「予はかつて、帝位をめぐって弟と争い、そのえんを長く引きっておりました。ですが今、こうして堯彦と手を携え、彼が言う所の『美しき国』を共に築かんと決意しました。建も今こそ、過去を乗り越えるべき時ではありませんか?」


 女帝は首相に、一通の書簡を渡した。それは星川初が密使を介してみかどに宛てた、星川と東京との同盟を求める物であった。最早もはや、彼に迷いはなかった。


「どうするのですか、首相?」


「…日本帝国政府は、我らへの協商を条件に、星川武蔵県令の『自治共和国』を暫定的に承認する」


「それは、つまり…」


「我ら『東京』は、宿敵『星川』と同盟する!」


 「埼京戦争」と総称される、星川軍との衝突を幾度も指揮して来た日基首相。そんな彼の決断に動揺を隠せない葉山次官の耳元に、自ら撃墜される程の激戦を生き延びた不死鳥、遠野隊長がささやく。


「…円明、良く見ておけ。資本主義者達の生き様を、その行く末を。旧共和国の崩壊は、我々の存在意義に激烈な疑問符を突き付けた。それに対する答えが、この戦いの中に、その先にきっとあるはずだ」


「始まるのですね、戦争が」


「ああ。極東アジアのレコンキスタReconquistaが、大和のリソルジメントRisorgimentoが…」



「…ようやく、十三宮教会に帰還できた。仁さん、心配を掛けて済まない!」


「謝らなくて良いんだよ!私の大好きなあなたが、こうして無事に帰って来てくれた事、それがめぐちゃんにとって、一番の幸せだから…ありがとう^^」


「仁さんは本当に善き人だな…聖姉さんも、伊豆半島までの退路を確保してくれてありがとう!」


「いえいえ、南船北馬に東奔西走させてしまい、申し訳御座いません。あの『光』が顕れた後、電機が故障してしまい、お姉ちゃん達も連絡に四苦八苦致しまして…」


 本来ならば教科書に載るはずがなかった、もう一つの日本列島と、それを舞台に始まるもう一つの日本内戦。ある者は武器を手に取り、またある者は筆を以てこの世界と対峙しつつある中、伊豆半島の相模湾教会は平時の静寂に包まれていた。


「はい、どうぞ。採れ立てのですよ」


「…美味しい」


「わーい、ありがとうございます^^」


 この相模湾教会を含む「」は、日本国教会の中でもやや異端的な「蛇遣い派」に属し、その司教は十三宮家のシャーマンが世襲している。現在の棟梁は十三宮とさみやひじりで、その妹が十三宮とさみやめぐみである。深海をイメージした神秘的な聖堂内には、相模湾教会司祭で海洋学者の須崎すざきグラティアGratia優和ゆうなや、禍津日原第四学校にて社会科教諭を務める、布施朋ふせともあきららの姿もある。


上帝じょうてい様も、物好きな事をなさいますね。我が国の真上に、その遥か未来の姿をお重ねになるとは」


「悪魔の所業だったら?」


「さあ、どうでしょうね?」


 あの小惑星・隕石が、神や悪魔の意志だったとしても不思議ではない、と信ずる彼女らにとって、この程度の「奇跡」は、格別取り乱すほど驚くには値しないようだ。


「私は、大牧さん達との連絡を試みる。情況次第では、禍津日原に向かうかも知れない」


「畏まりました。何があるか分かりませんので、くれぐれもお気を付け下さい」


「ありがとう」


 なお、この二人は初恋の相手だったらしい。


「聖様、これは絶好の機会です!敷島の方々に伝道し、ついでにをマルチマーケティングすれば、一生遊んで暮らせますよ!」


「もう…あなた様はいつも、お金の事ばかりですね…」


「確かに」


「ところで、あっくんはいつまでおねんねしているのかな?」


「あら、そうでした。すっかり忘れていましたね」


「富田様、は如何ですか?」


「あ、どうも。ありがとうございます」


 奥の目立たない長椅子に、瞑想しているのか、居眠りなのかも分からない様子で眼を閉じている青年、十三宮顕(富田とみた巌千代いわちよ)の姿があった。この者はかつて、学生運動や地域教育に、在野で取り組んだ篤志家だったらしいが、私欲と利権が物を言う世の中を見限り、今は教会に奉仕しながら文筆に励んでいる…などと、本人は称しているが、自身も結局は煩悩の凡夫だろう。星川家とも親しく「寿能城代じゅのうじょうだい」と呼ばれる。


「何かお考えで?」


「いや、面白いなと思って」


 富田寿能は、を飲みながら笑った。


「と、言いますと?」


「私は学生時代に朋友達と、『もし2次元と3次元の世界が融合したら』、みたいな小説を企画した事がある。まあ良くある設定に過ぎないのだが、まさか本当にこんな事になってしまうとは…」


「うふふ、そうですね」


「過去と未来との収斂しゅうれん、それが今ここにある『現在』という事ですね」


「その結果、未来の日本列島から来てくれたのが、あの『敷島共和国』とか言う武装集団なのか…全く以て、迷惑極まりない『』だ…」


「確かにその通りなのですが、私はそれだけではない気が致します」


「具体的には?」


「これは過去と未来との衝突であると同時に、国家論…『』を如何なる国にせんと望むのか、その葛藤の結果なのかも知れません。この日本帝国を生きる私達が、ある日は誰がこの国を治めるべきかを争い、またある日はどの思想が衆生しゅじょうを導くべきかを競う如く、過去の人々も、そして未来の方々も、同じような事を考えていらっしゃるでしょう。その答えを一つの世界で導こうとするならば、それはきっと、このような形になるはずです」


「歴史が我々現代人だけのものでないならば、他の時代の者達と同じ天の下に生きて見よ…と?」


「なるほどー」



 禍津日原では、西宮総督が「敷島人」上野正斉らと会談し、この地域の守備隊として、友軍へと取り込む事に成功していた。


 その日の深夜、総督府の特務機関「AB団」から、関東で目撃されたという航空機事故の情報が届いた。機体は異世界の物と推測され、墜落場所もほぼ特定できた。搭乗者が「敷島」の要人ならば、これを逃す手はない。西宮総督は落合司令官に命じ、直ちに十三宮勇(青鳥)達から成る捜索部隊を編成した。同時に青鳥は、禍津日原総督府基地駐屯軍から、東京旅団本隊への転属を命じられた。これから始まるであろう戦争において、彼女とその愛機は、クレーターに置き放すには惜しい存在なのである。



 果たして青鳥は、墜落機を発見した。遺体は見当たらない。ベイルアウト脱出に成功したのであろう。そう考えながら振り向くと、奥に女性らしき「人影」の姿が見える。ただ人が居るというのではない。人の形をした、漆黒の「影」だ。


 青鳥は十三宮聖の双子の妹であり、十三宮の血を宿す「特殊能力者」である。そんな彼女は当然、戦場において比類なき活躍を示し、それこそが軍に召された理由である。


 青鳥の「眼」には、確かに見えた。「人影」を彩る、深い闇を。まるで…太古に滅んだ一族の怨霊を彷彿とさせる、情念の塊を。


「『魔女』と遭遇するなんて、『前世』以来久しいわね…」


 愛用の銃剣で警戒しながら、「人影」に一歩ずつ近付いて行く。そして、銃剣の刃が届く距離まで至った所で、一応信用の証に武器を地に突き刺し、同時に精神の集中を極限にまで高め、それを問われた者は絶対に回答しなければならない、縛り付きの言霊を発した。


「…称しなさい。あなたは、誰?」


 その刹那、周囲に雷光がとどろき、「人影」を覆う闇を一瞬で奪い去り、代わって姫君の如く美麗な女人が姿を顕した。


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