青空保険

T_K

青空保険

私は雨が嫌いだ。

雨が降って良かった事なんて、精々、

苦手な体育の授業のマラソンがなくなった時と綺麗な虹が見られた時くらい。

私が降って欲しくない時に限って、必ずと言っていい程雨が降る。

初デートや旅行、楽しみにしていた野外コンサートの日でさえ、

事ある毎に雨が降るからだ。

雨女って言葉は私の為にあるんじゃないかと思う程。

そのせいで私は、雨の日、いつも憂鬱で機嫌が悪くなってしまう。

周りの人にも、私が気付かないうちに、

当たり散らしたり、言葉遣いが悪くなったりするらしく、

それが原因で彼氏とは別れるは、仕事は上手くいかないはで、

何もかも段々イヤになってきていた。


梅雨明けから一週間も経ち、今朝の天気予報では晴れを指していたにも関わらず、

相変わらずの雨模様。

暫く雨が続いていたせいもあって、

私の不機嫌は周りの人がすぐに気付くくらい、つのり積っていた。

いつもの様に、独りでデスクワークをこなしていたお昼時、

ピシッとスーツを着こなした男性が会社を訊ねてきた。

こんな雨の中に来客とは、珍しい事もあるもんだ。


「あ、どうも。こんにちは。私、保険の外交員をしているものなのですが」


何かと思えば保険の勧誘か。こっちは雨続きでそれどころじゃないっていうのに。

体よく断って、帰ってもらおう。


「あぁ、今私一人しかいないので、また今度きてもらえますか?」

「いえ、あなた一人にお話がありまして」

「え、、、私に?」

「あなたにぴったりの保険がありまして、

もしよろしければ、お茶かお昼の間だけでもお話を聞いていただけませんでしょうか。

勿論お代は私が持ちますので」


会社にならともかく、私一人への保険勧誘。

普段なら、当たり前の様に断るのだけれど、

不機嫌のせいで暫く誰とも殆ど口を利いてなかったから、

寂しかったのかもしれない。

その日だけは、話くらいなら聞いてもいいかなと思ってしまった。


「じゃぁ、お昼の間、お話だけなら」

「いやぁ、良かった。

最近は話すら聞いてくれない人ばかりで。では、参りましょう」


仕事にある程度の目途をつけて、

私はその保険屋さんとランチを共にすることにした。

彼は近くの小洒落たカフェへと、私を案内してくれた。

手慣れたように椅子を引く紳士ぶりに感心しつつ、

丸め込まれないようにと気を引き締めた。


「弊社は、少し変わったプランを皆様にご提案するのが売りでございまして」


彼はいくつかのパンフレットをテーブルへと広げた。

なるほど、本当に聞いたことのない保険ばっかりだ。

しかも大抵が空模様に関わる名前がついている。

雨保険に曇り保険。雪保険なんて名前のもある。


「貴方にお勧めしたいのは、こちらの保険でございます」


彼は、一つのパンフレットを私の前に差し出した。

見ると、真っ青なパンフレットに大きく


『青空保険』


と書かれていた。


「何?この保険」

「文字通り、青空を保障する保険でございます」

「青空を保障って、あのね、からかわないでくれる?」

「いえいえ、からかうつもりは一切ございません。

私どもは自信を持って、この保険を提供致しておりますので」


疑いの眼差しを向けた私を落ち着かせる様に、優しい声で男性は応える。

妙な説得力と彼自身の人柄もあってか、不思議と興味は湧いてきた。

とは言え、あまりにもおかしい内容だ。私は渋々パンフレットを眺めてみた。

そこには、

『この保険はあなたが真摯に願えば願う程、手厚く保障致します』

などと書かれていた。


「この願えば願う程って、どういうこと?」

「そのままの意味でございます。

例えば、こちらの雨保険ですと、

願いの強さによって小雨、雨、強い雨を段階的に補償致します。

ただ、悪意のある猛烈な雨等は、流石に契約違反ですので補償致しかねますが。

貴方のプランの場合、青空保険ですので、

青空が見たい時に、青空が見たい!と願って頂ければ、

その願いの強さに応じた青空を補償致します」

「じゃぁ、その時の天気が凄く激しい雨だったとしても青空に出来るの?」

「それが、自然発生の雨であれば、勿論青空にする事は出来ます。

もし、その雨が他のお客様のお願いであった場合ですと、

お客様同士の願いの強さを比べて、どちらかを補償致します。

ちなみに本日のこの雨は、弊社補償の雨でございますよ」

「え、そうなの?」

「今日の天気は私のお客様で、雨保険のお客様でございますね。

写真が趣味のお方で、なんでも、雨の景色が欲しいだとかで」

「ふーん。そんな理由もあるのね」

「最近ですと、二日程雨が続いた日があったと思うのですが、

あれも弊社の補償でございます。

何でも、息子さんが遠足の日に風邪を引いてしまったそうで、

遠足を延期させる為だとか」

「そんな理由で雨にする人もいるなんて。

何だか雨で一々イライラしていたのがバカらしくなってくるわね。

それで、私の青空保険は月々いくらなの?」

「青空保険は弊社の中でも特に人気のプランですが、

お客様は特別、月々千円で結構でございます」

「千円?!千円で良いの?!」

「如何でしょうか」



初めは保険に入る気なんて、これっぽっちもなかったけれど、

もし本当だったら、あのイライラや憂鬱から私を解放してくれるのかもしれない。

気休めだとしても、それでもいい。私は決意を固めて、契約書にサインした。


「保障期間はいつから?」

「たった今からでございます。後日郵送にて、書類をお送り致します。

それでは、良いお天気に恵まれますように」


彼は深々と頭を下げた後、二人分のランチ代を支払って、足早に去っていった。



保険を契約してから、私は毎日空を眺める様になった。

晴れの日も雨の日も、他の契約者さんの補償かもしれないと思うと、

どんな理由でこの天気にしたのか考えるようになったからだ。

この青空は、もしかすると近くで結婚式があるのかもしれない。

この雨は、辛い事があって思い切り泣きたい人が降らせているのかもしれない。

風が少し強い日は、紙飛行機を遠くまで飛ばしたい親子のお願いだったりするかも。

それにしても、私が雨の日でも、

笑顔で過ごせる様になるなんて、思ってもみなかった。

会社の皆は、雨の日でも笑顔の私に驚き、ワケを聞いてきた。

あまりにもしつこく聞かれたから、雨のせいで不機嫌になっていたこと、

そして、青空保険のことを正直に話してみた。

勿論、皆冗談だと笑って、信じてはくれなかったけど。

ただ、同期の日暮君だけは違っていた。

彼は申し訳なさそうに、差し入れのお菓子を私のデスクに置いた。


「僕は、雨保険に入ってるんだ。

最近も、何回か降らせた事があってさ。

雨のせいで機嫌が悪くなる人がいるって思ってもみなくて。本当にごめん」


まさか、雨を降らせていた張本人がこんな近くに居たとは思わなかった。


「私が勝手に不機嫌になってただけだから、気にしないで。

ただ、どうして降らせてたかくらいは教えてくれでも良いんじゃない?」


ちょっとした意地悪で、彼に理由を聞いてみた。


「実は、写真撮るのが趣味でさ。特に雨上がりの写真を撮るのが好きなんだ」


そう言うと、彼は手帳から何枚か写真を取り出して、私に見せてくれた。

どれも、雨上がりで幻想的な写真ばかりだった。


「これとか、虹が掛かってたりすると最高なんだけどね」


彼は高台から街を見下ろしている写真を手に取った。


「虹かぁ。私も雨は嫌いだったけど、虹だけは好きだったなぁ。

あ!良い事思いついた!ね、今度の土曜日、虹作りに行こうよ!」


私の突飛な提案に、彼はポカンとしていた。


「いや、虹なんて作れるワケ・・・あ!そうか!」



土曜日、彼と私は写真と同じ高台に立っていた。

その日は朝から雨が降り続いていた。

勿論彼が雨保険で降らせた雨だ。

そして、次はいよいよ私の番。私は精一杯青空を願った。

空は見る見る内に晴れ渡り、

今まで見た事がないくらい、大きく綺麗な虹が掛かっていた。



私は雨が嫌いでした。


でも、今は違います。


雨の後にしか見られない素敵な景色があると気付いたから。


そして、私はこれからいつでも、その綺麗な景色を作る事が出来るのだから。

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