生きる権利と、死ぬ権利

新成 成之

生存権

 二十歳の誕生日の一ヶ月前。真っ黒なその封筒は僕の元にもやって来た。




「もうすぐ、しゅんの誕生日だね!プレゼント楽しみにしててね!」


 木枯らしが吹き荒れる街。首元にマフラーをぐるぐるに巻いた、少し垂れ目の彼女は、俺の手を握りそう言ってくれた。彼女の悴んだ手を強く握り返すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。俺にはその笑顔を見るのが辛かった。


「ありがとう。楽しみにしておくよ」


 柄にも無いことを呟いたのを覚えている。




 大学に入り二年が過ぎた。大学生特有の雰囲気にも馴れ、上手いこと毎日を消化していた。仲間と馬鹿な話をする時間が何よりも楽しかった。その時間だけは、色んな事が忘れられたからだ。


「そうだ。この間、俺の所にも来たぜ、生命更新手続きの封筒」


 ある日、仲間の一人がその話題を持ち出した。


「ああ、あれか。お前も二十歳だもんな」


「お前は浪人だから、浪人中に通知来たのか」


 二十歳を迎えると、誰の元にもある封筒が届く。その中身は“生命更新手続きに関する書類とその合否”というものである。


 俺達には“生存権”と呼ばれる権利が保証されている。人間が人間らしく生きるための権利だ。そして、その逆。「生きる権利」があるなら「死ぬ権利」も存在する。それは“放命権”と呼ばれ、これ以上生きることを望まない人達がその権利を行使している。しかし、どちらの権利を行使するにしても、義務を果たしていなければならない。


 生命更新手続きは二十歳の時に初めて行われ、それ以降十年ごとに行われる。だがしかし、義務を果たしていない者、生命更新に適していない者にはその資格を与えられず、届く黒い封筒の書類の一つに“更新の合否”という書類があるが、そこに「不可」と書かれてしまう。と言っても、余程の事が無い限りそこには「合格」の二文字が記されている。


「で、どうだった?」


 友人の合否が気になった俺は、堪らず尋ねた。


「どうって、そりゃ合格だよ。そもそも、不可って書かれる奴っているのか?俺の親戚家族見渡しても、誰もいないぜ?」


 本来この制度は、更新手続きをする事で先十年を確実に生きられる保証を与えるものであり、人々はその合否については気にもしていない。


「そりゃ、そうだよな──」


 当たり前の返答に、俺は何も言えなくなってしまった。




「瞬は誕生日何が欲しい?あんまり高いのは無理だけど、欲しいのがあったら言って?」


 裸になった街路樹の並木道。皆幸せそうな顔で俺の横を通り過ぎていく。生きていられる幸せは、何よりも尊く、何よりも大切なのだろう。


「そうだな。写真がいいかな。これまで友里ゆりと一緒に出掛けた時の写真とか、二人で撮った写真とか、それをまとめてアルバムにして欲しいかな」


「そんなのでいいの?」


「そんなのって言うなよ。二人の大事な思い出だろ?」


「そうだね!そうしたら、今までの写真漁って最高のアルバム作ってあげるね!」


 俺がいた証拠。それが欲しかった。誰かの中に、友里の中に。


 それがどれだけ残酷な事なのか、俺にはよく分かっていなかった。




 誕生日を迎える前日の深夜十一時。後数分もすれば俺は二十歳を迎える。明日になれば酒が飲める。煙草だって許される。それに、友里が誕生日プレゼントをくれる。楽しみだ。本当に楽しみだ。


 あの日、義理の親父あの人を殺していなければ。あの日、血塗れで泣き叫ぶ母さんを助けていなかったら。


「俺って、誰の為に死ぬんだろ──」




 重なり合った二つの針。真っ暗な部屋には、「不可」と書かれた通知が残されていた。

 

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