第3話
『オー、クレイジー、カチコチ! パピー、クレイジー、温めル! オベントウ、ゴカテイレンジ、大体三分でチン!! ジョシコウセイ、言ってタ!』
「バカ者! その事象は魔法によるものなんじゃから分子運動による加熱じゃ無理だわい。あー、誰かこやつを解凍してやってくれんかの。ワシらあの女を抑えておくから」
凍ったイヨにマイクロ波を浴びせようとするロボット・パピーを老チワワのレオンが叱り付ける。しゅんとして引き下がるパピーの胴体にある座席よりレオンが顔を覗かせ、下の方で唖然と今の事態を見呆けているエレンシアと三官女達にイヨを任せたと告げた彼はパピーと共に苛立つティエレイアの前へと立ちはだかった。
「抑える、だと? その様な無粋なモノでこの
『ブスイ違ウ、パピー! ゾクブツ違ウ、オレはパピー!! パピー、お前、女キライ!!』
スリ潰せと言うレオンの号令と同時にパピーが怒りの雄叫びを上げ、山の様な上半身に見合わない小さな足でずしんずしんと駆け出す。そして自らの胴体すら鷲掴みに出来そうなほど大きな
「アハハハ! ならば木偶人形だな、それは。そぉれ、凍っておしまい!」
上空で悔しがるパピーを見下し高笑いするティエレイアは女王の杖を振るい、冷気を召喚する。それは彼女がその杖で指した先、つまりレオンとパピーの元へと向かい吹雪と化して降りかかった。
「あの女、ワシの作品を木偶だと!? 許しておけん! パピー、お前が不甲斐無いからじゃぞ!? 防御態勢、ハッチ下ろさんかバカ者! 耐えきれんかったら今度からはバルチャーを使うぞ」
『パピー、ガンバル! パピー、バルチャーより強イ! ハカセ護ル!!』
ここまで剝き出しだったレオンを保護する為の透明なハッチが閉じ、そしてパピーは大木の様に太い両腕を並べて合わせ前面をガードした。その後数秒で到達した吹雪にレオンを格納したパピーは飲み込まれ、雪煙に見えなくなってしまう。
そんな中、シンシアに運ばれる形でイヨの元まで辿り着いたエレンシアは、シンシアが手を放すなり巻き上がる雪の中を凍る彼に駆け寄るが、ティエレイアの魔法の余波に煽られ吹き飛ばされそうになるのをイヨに抱き着くようにして堪える。そしてそれを凌いだ後、エレンシアは体長110cm程のイヨの前に跪き自らの両手を合わせて精神を高め始めた。
魔法とは奇跡、奇跡とはつまり祈りの力。本来新たな王の血脈となるべく生まれたエレンシアの魔力は古き過去の血脈であるティエレイアのそれを遥かに凌いでいた、しかしそれを良しとしないティエレイアは彼女を幽閉しその心を凍て付かせ鎖すことで祈ることをも封じていたのだ。
そして今回、定めの尽きる『滅びの時』から逃れるべく時間からの隔離を目指しティエレイアはエレンシアを利用しようとした。しかしその影響でこの世界に偶然飛ばされることになったイヨによってその計画は瓦解しようとしている。
(面倒なんかじゃない、私には出来るんだから。私が皆を幸せにする……でもその前に、私にとって特別なあなただけ……)
彼女の力は何も氷を生み出すだけの力ではなく、その逆である氷を溶かし、冬を追い払い、春をもたらし、人々の心を温めることだって出来る。エレンシア、彼女にさえその気があれば、彼女の魔法は何だって出来るのだ。
祈るエレンシアを中心に巻き起こる魔力の流れが氷を溶かし、温もりを生み始める。近くにいたシンシアの氷翼もその魔力に触れて溶けていく。シンシアを蝕むものが無くなった瞬間だった。
「くっ……させるものか!!」
女王の杖を振り翳し、画かれた陣から氷で出来た竜の首が出現する。その竜はティエレイアの指示に従い、雪解けの魔法を行使しようとするエレンシアに狙いを定め、二つに裂けた巨大な顎を開けて強力なブレスを放つ。
空間すら凍てつかせた竜のブレスが迫る中、無防備のエレンシアの前に躍り出た影があった。
「……姫様は、やらせない!」
眼帯を解き放ち、封じられていた赤瞳を解放したのは三官女のテルミア。赤瞳がもたらす膨大な魔力によって生み出された障壁と竜のブレスが激突し、爆音と閃光を放った。しかし片一方しか赤瞳が存在しないテルミアではブレスを防ぎきれない。次第に障壁は破壊されていき、テルミアも膝を着いた。
「一人で先走るんじゃありません」
あわやというところでテルミアの障壁を支えたのは赤毛のミンシアだった。瞬間的な爆発力ではテルミアに劣るミンシアだが、彼女の魔力は非常に安定した供給を可能とし、それは他者の補助に回った時にその真価を現す。
一度は消失しかかった障壁がミンシアの魔力供給を受けて再び竜のブレスと拮抗する。弾け飛んだブレスの一部が周辺に大量の氷塊を生みながら城中に広がっていく。しかしそれでもじり貧だった、障壁は徐々に消失を進め、僅か手のひら程の範囲しか最早残ってはいなかった。
「――エレンシアは私達が守るんだから。二人共、私に力を頂戴! 広がれ、円環の翼よ」
疲弊する二人の背後に広がるのは眩いばかりの輝きを放つ光の環。展開し翼のように羽ばたいた光輪は、消失しかけた障壁を再び元の大きさへと修復して行く。シンシアが持つ力の正体、それは『扉』を超えた先にあるというこの世の根源から零れた上位次元の力の一端。『ヘイロー』の一部だったのだ。
多くの者は扉を持ちながらも、それを開ける術を持たない。しかしシンシアは事此処に至り、とうとう扉を僅かに開けることが出来たのだ。シンシアの光翼はミンシアとテルミアの魔力を取り込み、増幅し障壁をより強固なものにする。それは如何な女王が従える竜の吐息であっても容易には打ち砕けないものとなった。
「お、のれ……お、おのれぇぇぇえ! 全て、全てを凍てつかせよ!!」
激昂するティエレイア。しかし三官女が生み出した輝ける魔力の障壁はいまだ健在であり、そしてエレンシアの祈りが今まさに成就しようとしていた。
「――姫様!!!」
三官女の声が届き、エレンシアは指を絡め合わせていた両手を解き放つ。春の息吹が陽光をイヨの頭上へと射し、彼を鎖していた永久の氷を溶かした。
「戻って来て……お願い! イヨ――!!」
数千年もの間、この世界を閉ざしていた雪雲が晴れていく。陽射しに曝された雪原は、しかしこれまでのただ冷たいだけのものではなく、光を受けてそれを反射し、美しく輝いていた。凍り付いていた生き物たちが目覚め、冬の終わりを花々のつぼみたちが顔を出して知らせて回った。
「させぬ……させぬさせぬさせぬ!! 永遠の中に居れば飢えぬのだぞ……老いに恐怖することも無い! 果て無き美貌と命が此処にはあるのにッ! 何故ッッ!!」
自壊するほどの魔力を込めた竜のブレスが放たれ、三官女の障壁に歪みが生じる。怒りのままに魔力を暴走させるティエレイアは血の涙を流し吼えた。全ては恐怖が彼女の始まりだった。過ぎ去るだけの慈悲無き時の流れからこの世界を隔絶し、繰り返す悲劇を止める。
しかし、しかしそれは最早、それこそが時の中に過ぎ去った彼女の想いだった。今はただ、永遠に固執する執念だけがティエレイアという氷の女王の正体。崩れ、腐り落ち行く竜の吐息はしかしその勢いを増して行く。障壁が音を立て崩壊を始めた。その時だ。
『ハッハーッ! パピー、飛んでル!! パピー、スゴイ!!』
「ぬぅはーはははー!! これで立場は五分じゃぞぉぉお!」
雪煙を吹き飛ばし、飛翔するはレオンとパピー。リパルサーリフトの光の軌道を描き、パピーはティエレイアへと猛追する。竜のブレスを行使する為にその場を動けなかったティエレイアは咄嗟に女王の杖で身を護った。激突するパピーの拳とティエレイア。一見すればティエレイアがパピーの拳を受け切れるはずが無いように見える。しかし魔力を暴走させた彼女の力はパピーの怪力と見事に拮抗していた。
「何故!? 何故凍っていない!!?」
だが力に抵抗出来ていてもティエレイアは自身の驚愕の表情までは隠せないでいた。この世を凍結させた吹雪を受けてなお、パピーもレオンも凍り付いていなかったからだ。そんな彼女の疑問に、パピーの胴体、ハッチに守られた先のファーストクラス級のクッション性を誇る座席にふんぞり返ったレオンが調子外れの高笑いを交えて説明する。
「ぎゃはーははー! 全ての魔法の源たる魔力の根源は扉の向こうにある、それはつまり突き詰めれば全て同じものだということよ!! 以前インフェルノにメタクソにされた時を参考に対策を講じたのじゃ!! ヤツの根源直結の炎に比べればお主の冷気などまだまだ……それトドメのフュージョンカノンを――」
『警告、凍結の可能性アリ。ニュークシンセサイザー及びカノンバレル、使用不能。使用不能』
「ウヌ、完全ではなかったか」
一撃必殺のパピーが備えたる武器が不能となり、パピーとティエレイアは空中で極至近距離での格闘戦を繰り広げる。しかしそのお陰で竜のブレスは途切れ、三官女とエレンシアは事無きを得た。
そして雪解け水を文字通り猫っ毛から滴らせた、あの
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