第2話

「無駄な抵抗はおよしなさい。貴方様を殺したくはないのです!」

 官女の一人、赤い短髪のミンシアは手にした杖をイヨへと差し向け叫んだ。彼女だけではない、両脇に並ぶ隻眼の官女テルミアも、氷翼を持つ官女シンシアも、同じ形状の杖をイヨに向けている。そして三人共にその表情はとても苦しげだった。

 凍結城の頂は完全に凍て付き、三官女の力によってイヨと彼がその背後に庇った少女エレンシアの周囲は鋭利な氷によって包囲されている。あと一つ、彼女たちが念ずれば氷の槍は瞬く間に伸び走りイヨたちを串刺しにして見せるだろう。しかしそんな危機的状況にあってイヨは威勢を崩すことは無かった。

「何が殺したくないだ、テメエ等の勝手でコイツぁ塞ぎ込んだ挙句、開き直る事も許さねぇ……勝手も勝手、超身勝手極まりないぜ。どうしたやれよ、やれってほら! 俺を殺せば後はお前達とエセ女王様の天下なんだぜ? ビビる程度なら武器なんざ向けんじゃねえぞ!?」

 両手の鉤爪を剥き出しにしてイヨが叫ぶ、三官女は彼の挑発にしかし何も出来ず、普段弱気なシンシアは自らの唇を噛みながら肩を震わせていた。リーダー的立場にあるミンシアもまた、杖を構えたまま動けずにおり、テルミアはそもそも俯いてしまう。彼女達の意志の後退と連動して氷の槍は次第に小さくなって行く。気が付けばイヨの前には道が出来ていた

「チッ……さっさとそこ退きなお嬢ちゃん方、俺がケリつけてきてやる。行くぞ、エレンシア」

「い、イヨ……うん」

 動くことの出来ないミンシア達三人の傍らをすり抜け、イヨとエレンシアが玉座への階段を上がっていこうとする。


「――そう、ケリをつけましょう。その意見には賛成します、ケダモノよ」


 怖気が走り、イヨの全身の毛が逆立ち尻尾が大きく膨らみあがる。口走るより先に背後のエレンシアを突き飛ばしたイヨだったが、直後彼はエレンシアの目の前で白く霜に包まれ凍結してしまう。その表情は何か言いたげに、凍り付いた瞳はエレンシアを真っすぐ見据えていた。

「い、イヨッ! いやぁあああーーーーっ!!」

 階段を落ちようとするエレンシアを氷翼を羽ばたかせ飛び出したシンシアが抱き留める。彼女の腕の中で涙を溜め絶叫したエレンシアから膨大な魔力が放たれ、爆心地のエレンシアとシンシア以外の官女が大きく弾き飛ばされ、周辺の氷が砕け散ってゆく。その暴走した力と衝撃波は凍ったイヨのもとにまで及ぼうとするものの、直撃の間際、同じ魔力の衝撃がそれを相殺しイヨは事無きを得た。しかし……。

「ふん、運の良い……砕け散ってしまえば良かったものを」

 こつん、こつんと踵を鳴らし、氷の階段を下りてきたのは氷のドレスをその身に纏い風に靡く長髪を携えた女性。

 王族の血脈たるミンシアの真紅の髪、膨大な魔力を保持している証である失われたテルミアの赤瞳せきどうを両の眼に輝かせ、シンシアよりも大きく美しい氷翼を背中に携える。王たる要素を悉く備え、頭上に掲げるは支配者の冠。彼女こそが氷の女王ティエレイア。

 彼女がエレンシアの魔力から身を護るために放った魔力障壁がイヨまでもを護ったのは皮肉といえる。それをティエレイアも自覚してか忌々し気に氷像と化したイヨを見下し、続いて手にした三官女の持つ杖と基礎は似ながらも、彼女たちの物と違い豪奢な装飾に彩られ魔力を増幅させる結晶を三つ備えた王杖の先を階段の下、へたり込みシンシアの腕に抱かれながらも懸命にティエレイアを睨みつけるエレンシアに向ける。

「戯れはここまで、”鍵”よ、小娘よ……わたくしを困らせたその報いを受けよ。もっとも……」

 威圧に満ちた彼女の声は魔力を纏い、吹雪となってこの場に轟いた。シンシアの氷翼に庇われながらそれを凌いだエレンシアだったが、すぐにティエレイアの意図を察しシンシアを押し退けてまで手を伸ばすのだった。

「だ、ダメ! やめて、お願い!! 彼は関係無い、私なら何処にも行かないから、何もしないから、だから……だからあ!!」

 必死の懇願すら、心まで氷で出来たその女王は嘲笑い、鋭く尖った杖の末端をすぐ傍らに佇む物言わぬ氷像へと突き立てる。

「もっとも、その報いとはこのケダモノの死を以て行われるがな――!!」

 無慈悲に振り下ろされる女王の杖と、響き渡る悲鳴。今まさにイヨが打ち砕かれようとした時、この場に似つかわしくない、陽気なロックの音楽が流れ始めた。

 かつてキングと呼ばれた伝説のロックンローラーが歌った曲にして、常軌を逸し、正気を投げ捨て、正義も悪もその機構に組み込んだ最悪の発明家のお気に入り。

 イヨの体から光が、否、イヨがこの世界に転移してきた原因である『ワープポータル発生器』から光が放たれると、やがてその光の渦の中心点にぽっかり黒い穴が開いた。ロックの曲はそこから更に音量を上げて流れ込み、それと一緒に開いたポータルから巨大な拳が出現し女王を弾き飛ばしてしまう。

「何事……ッ!?」

 氷翼を広げ宙に舞う女王ティエレイア。ポータルから生えた腕は鋼鉄、それは機械だった。驚愕するティエレイアに追い打ちするように、外れた調子のがらがらした笑い声がロックンロールに混じって流れてくる。

「”ハウンド・ドッグ”じゃよ、漸く開いたわい。よーっこらしょいっとな!!」

『パピー様のお出まシ! パピー何処でも暴れル! ハッハッハッハッハッ!!』

 そして現れたのは頭の悪そうな言葉遣いの巨大ロボットと、そしてそのロボットの胴体の座席に脚を組み座った白衣を着た、チワワだった。

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