HEAL×HEEL

満あるこ

父の願い

「本気なのですか!?ご子息を後継者に指名されるとは!」


「私は冗談は言わない。こと、後継者のこととなればな。それに父親が息子に自分の跡を継いでもらいたいと思うのは当然のことだろう?ましてや、長男ならば尚更だ」


「しかし……っ!」


 総ての魔族を統べる魔王の住まう魔王城、闇の中にたった一つだけ聳え立つ魔族の総本山、大理石の床が魔界特有の赤い月明かりで照らしつけられている。

 玉座に座る濡れ羽色の髪、ルビーのような紅の瞳をした威厳ある男性は執務室で異形の頭部を持つ家臣に自らの決定を告げた。

 内容は「次期魔王を誰に継がせるのか?」と言ったもので、この話題については話題が話題なため、内密に話が進んできた。

 有力な候補者を家臣たちとともに挙げていく中、つい数年前に魔王――ヴェルサリウスにも長子が生まれた。


 容姿は整っており、ヴェルサリウスの妻にあたる王妃に似た髪色でヴェルサリウスによく似た美しい王子だ。

 王子の誕生に魔界中がその誕生を祝い、連日、大騒ぎであった。特にヴェルサリウスの若き日を知る、このレオンはそのときの親友にして主であるヴェルサリウスのはしゃぎようをよく覚えている。

 その王子の誕生まで子供に恵まれていなかった魔王夫妻、王妃の叩かれていた蔭口の多さから魔王夫妻の苦悩は窺え、ヴェルサリウスが喜ぶのもわからなくもない。


「レオン。この前、私の息子に将来の夢は何かと尋ねたところ、何と答えたと思う?」


「……なんと答えられたのですか、王子さまは」


 窓の前に立ち、背中を向けて後ろ手に組むヴェルサリウス。顔から感情を読み取れまいとしているのだろうが、長い付き合いのレオンはその勿体ぶったヴェルサリウスの言い方から何と言いたいのかすぐに分かった。


「この父のような、確かにそのように言ったのだ」


 ヴェルサリウスの声が弾んでいる。

 魔族の子、それも魔王の血に連なる者に生まれた以上、魔王になる資格があるのだが、それにしたって王子は純粋すぎるとレオンは感じた。

 悠久の寿命を持つ魔族、魔族と聞いてついてまわるのはネガティブな印象がついてまわる。

 ヴェルサリウスの息子の年齢を考えれば、魔王の血縁であることに疑問を抱き、存在が悪なのでは、というところだが、どうやら家庭教師はそのあたりの教育がしっかりと行き届いているようだ。

 この純粋すぎる父親まおうによく似た性格をしているものだ、とレオンは内心、ため息をついた。


「……それでご子息に魔王を継がせると?ヴェルサリウス。友人として言わせてもらう。分かっていると思うが、子供の我が儘で玩具をねだるとかとわけが違うんだぞ?魔王の地位はそんな簡単なものではない。数多いる魔族の総てを魔王という威信によって抑止力なのだからな」


 友人として、としっかり前置きをしたうえでレオンは肩を落とし、声のトーンを下げた。城内が寝静まった時間とはいえ、反ヴェルサリウス勢力の誰が聞いているか分からない。

 魔王ヴェルサリウスは現在の地位に無事についていられるのか、わからないほど運と力、それに人望だけでどうにかしてきたような男なのだ。

 先ほど見せた一面から窺えるように、魔王ヴェルサリウスは魔王でありながら、最も魔王に向いていない男なのだから。


「もちろんだ。だからこそ、私は息子を応援したい。王が後継者を立ててはならん掟なぞないだろう?あっても破るが」


 最後に聞こえた言葉にまた胃が痛くなる予感をひしひしと肌に感じながら、レオンは執務室にあるソファに腰掛けた。

 人間界に訪れた頃、とある財を売って得た人間界の貨幣で購入した一流の材料で作った一流の品。

 あの頃からかなりの年月を経てども、その座り心地に変わりがない一流の品だ。ヴェルサリウスが即位した後、すぐに運び込ませたこともあり、不満もあったが、それらはすべてねじ伏せた。


「……言っても聞かんだろう?お前は」


「こうと決めた以上はな。どうせ王になるなら、伝説にならなくては王族に生まれた意味がない。レオン。私は伝説の魔王になるぞ」


「……お前は生まれた種を間違えているよ、本当に。人間として生まれていたならば、お前は英雄として名を馳せることができただろうに。魔族になんて生まれてしまったからな」


「だが、そのおかげで私はレオンと出会うことができた。無二の友を得た事実がある。それだけで私には十分すぎるがね」


 なんの恥もなく、さらりと言いきれてしまうヴェルサリウスにレオンはそうしたところがヴェルサリウスが他者を惹きつけるのだ、と思った。

 人間やエルフの国から攫ってきた女を妃として迎えることの多い魔族の王家、その中でもヴェルサリウスは劇的な出会いをし、ヴェルサリウスに惚れ、ヴェルサリウスもまた想うようになり、やがて結ばれるという魔王の中でも異端の嫁取りをしているのだから。

 獅子の頭に似合う、吠えるような仕草でソファに座ったまま、レオンは欠伸をする。これ以上、レオンがシリアスをしていたところでヴェルサリウスの前では続きそうにないと悟ったからだ。


「……アレクセイ王子は、知っているのか?魔王の職務を」


「流石にまだわからん。妻に似ていれば聡明に育つだろうが、私に似れば、難しいことはあまり長く考えられん!そのときは、私の息子を助けてやってくれよ?友よ」


「親子二代は勘弁してもらいたい」


 豪華に仕立て上げられた上着を揺らめかせながら、ヴェルサリウスは笑ってレオンの前の席に座った。

 王子、アレクセイはどのように成長していくのだろうか。レオン個人としては、父親のような器に母親の知恵を持って成長していくことが望ましい。

 ふとしたきっかけが原因で出会って、まさか、魔王に即位した後もヴェルサリウスの右腕として生きていくことになるとはレオンは思わなかった。

 魔族の中でもとりわけ差別を受けやすい、完全な人型ではない獣の頭部を持つ魔族である自分に友情を感じている親友のことは有り難く思っているが。


「冗談だ。……だが、あの子は、アレクセイならば、きっとやりとげることができるだろう」 


 ヴェルサリウスの目の色が真剣なものに変わった。


「――その根拠はなんだ?」


 なんども、二人の中で繰り返されてきた問い。

 ヴェルサリウスが自信を持って何かを言うのならば、その真偽を問うのがレオンの親友としての役割だ。

 かれこれ、これで何度目の質疑応答であろうか。


「それはもちろん――」

 

「ちちうえー、レオン、いるの?」


 ヴェルサリウスが言いかけた時、幼い声が扉の奥から聞こえてくる。ヴェルサリウスの息子、アレクセイ王子である。

 こんな遅くに使用人は幼い王子になにをやっているのかと怒りが沸き上がってきたところ、ヴェルサリウスが立ち上がり、扉を開く。


「アレクセイ。子供はもう眠る時間だ。寝ていなくてはならない。お前の将来の夢はなんだ?息子よ」


「ぼくのゆめはね、ちちうえをこえるまおうになるの」


「私を超える魔王か。ならば、睡眠は必要だぞ?私より大きくなれなくては、兄弟を、魔族を守れないからな」


 ヴェルサリウスは寝間着姿の王子を部屋に迎え入れる。それから、目線を合わせるようにしゃがみ込み、優しく諭す。


「わかった、ちちうえ。ぼく、グレイやちちうえをまもれるくらいにつよくなるの。だから、またねる。またちちうえのぼうけんのおはなしきかせてね?」


「いいとも。この魔王ヴェルサリウスに話をせがめる数少ない権利を持つ選ばれし者であることを理解するのだぞ?……レオン」


 そのやりとりの一部始終が終わるまで、レオンは親子のやり取りを見ていた。

 二人の気品もあり、人間界の富裕層の親子のやりとりにしか見えず、とても魔王と魔王の息子には見えない。


「わかりました。……王子。このレオンめが寝室に送りましょう」


「おねがい」


 魔王の右腕として切り替え、レオンはアレクセイと手をつないで寝室へと向かう。アレクセイと良好な関係を築けていることもあり、レオンはアレクセイに怖がられていなかった。

 とあるから反ヴェルサリウス派の配下が誕生し、彼らと出会うとアレクセイが怯えたことがあったため、人見知りしない父親とは、そういう面ではアレクセイは似ていないといえる。


「私はしばらく執務室にいる。では、よく休むように」


「貴方こそ、ヴェルサリウス


 魔王らしからぬ労いの言葉を受け、そして魔王の右腕らしからぬ言葉を返す。

扉を閉めるまでヴェルサリウスは笑顔で息子に手を振り、アレクセイも「おやすみなさい、ちちうえ」と手を振っていた。

 その夜以降、レオンはヴェルサリウスと後継者についての話題を口にすることはなく、息子が根拠を聞けなかった。


 


 なぜなら、この数日後、魔王ヴェルサリウスは人間との戦いで命を落としたのだ。


 

 

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