背中 にじゅうご
美和のスマホに画廊から電話がかかってきた。橋田オーナーが来店したらしい。美和は画廊を留守にした理由をしどろもどろで話そうとしたが、何と言ったらいいのか、言葉がまとまらない。
刑事がスマホを取り上げて、これから事情を説明しに行くとだけ言って、通話を切った。
「あんたたちは、どうするんだ? ここにいても何も出来ないぞ」
刑事はさゆみと斗真に、暗に帰れと促したのだが、さゆみは気づかないふりをした。
「どこかで作戦を練り直します」
「そうか。作戦とやらが決まったら、連絡をくれ、必ずだぞ。手を貸す」
「ありがとうございます」
刑事から電話番号を書いたメモを受け取って、さゆみはそれを見もせずに、ポケットに突っ込んだ。刑事は黙って見ていたが、何も言わずに美和と共に、駅に向かって歩いて行った。
「加藤田、どこかに腰を落ち着けようか。作戦を練る前に休憩した方が……」
「いいえ。ここで見張ります」
「見張るって。近所の人に見られたら、ストーカーだって通報される恐れがあるんじゃ……」
「せっかく刑事の知り合いが出来たんだもの。最大限、使わせてもらう」
「どういう意味だ?」
「職務質問されたら、刑事さんに電話して事情を説明してもらいます」
斗真は呆れた様子でさゆみを見つめた。
「刑事さんが連絡先を渡したのは、そういうことのためじゃないと思うけどな」
「あら、そうですか。私はそうは思わなかったですけど」
さゆみは門に近づいてインターホンを押した。やはり反応はない。なんの音もしない。
「きっとこのまま、永遠にインターホンは鳴らないんでしょうね」
斗真が何か話しかけようとしていたが、気付かなかったふりをして邸の塀に沿って歩きだした。
この邸と隣り合う建物は一棟だけで、邸の三方をぐるりと見て回ることが出来る。塀の高さは三メートル近くあり、それより高い庭木がのっそりと頭を出しているのが見えるだけだ。
隣の家も相当なお屋敷だが、和風の平屋建てで、そちら側からも塀の中を覗き込むことは出来ない。
「柚月さん、一度、戻りましょうか」
「ああ、それがいいと思う」
「作業着って、持っています?」
「作業着? いや、持っていないが」
「じゃあ、まず作業服を買いに行きましょう」
「何? 何をするつもりなんだ」
いぶかしがる斗真を放っておいて、さゆみは歩きだした。振り返りもせずに歩いていく。斗真は高い塀を一度振り仰いでから、さゆみの後を追った。コンクリートの塀とうっそうとした庭木は、その内側に包み隠しているものがなんなのか、知りもしないかのように、しんと立っていた。
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