背中 じゅうしち
さゆみの話を聞き終えた斗真は、ぐったりとリビングのソファに埋もれた。両手で顔を覆って表情は読めないが、疲れ切っていることはわかる。
長い話だった。
さゆみが見てきたこと、調べたこと、感じたこと、刑事にも話さなかったこと。すべてを斗真に話した。どうしてそんなことをしたのか、さゆみにはわからなかった。理解して欲しかったわけではない。憐憫を垂れて欲しかったわけでもない。同情も、愛情も、斗真から受け取るつもりもない。だが何故か、話すべきだと思ったのだ。
「それで」
ぽつりと斗真が言った。
「これから加藤田はどうするんだ」
「取り戻します、大基を」
さゆみは、からっぽのリビングに響く言葉が自分の口から出たことに驚いた。何年も、自分がなんのために百合子を追い続けているのか、忘れていた。本当は大基のことも忘れていたような気がした。ただ、追い求めることにだけ、執念だけを抱いていたような気がした。
するり、と出てきた言葉は、斗真が求めた言葉だったのかもしれない。求めても、もう二度と取り戻すことが出来ない斗真が、言いたかった言葉なのかもしれない。出来ることならば、黄泉の国まで妻を取りもどしに行きたかった斗真のための、救いの言葉だったのかもしれない。斗真の頬に赤みが戻っていた。
「その、高坂百合子という女のところに行くのか」
「行きます」
「俺も行く」
さゆみは驚いて目を見開いた。
「なんで……」
斗真は、ふっと口元だけで笑うと、ソファから身を起こした。
「加藤田が失恋した時に、その弱みにつけこむためかな」
さゆみはしばらく、じっと斗真を見つめていた。斗真はずっと、さゆみと視線を合わせることなく、奥さんの遺影を見つめていた。
「先輩、名前、何でしたっけ」
「柚月斗真だ。それくらい、覚えててくれても、いいんじゃないか」
「大ちゃんじゃないですよね」
冗談を言っているのかと思うほど軽い口調だったが、さゆみの目は真剣そのものだった。斗真は真面目に言葉を返した。
「逆さにしても、ローマ字にしても、大ちゃんなんて呼び名にはならないな」
「なら、行きましょう。私が失恋なんかしないっていうところを見せてあげますから」
宣言したさゆみは玄関に向かう。斗真は妻の顔を見つめてから、そっと灯りを消した。
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