第5話 ご


「おーい、元宮」


 教官の牧田に呼び止められ、大基はギクリと足を止めた。思わず顔がひきつる。そっと首を巡らして牧田の方に顔を向けたが、足はいつでも逃げられるように前を向いたままだ。


「あ、はい、なんでしょう」


「なんでしょうじゃないだろ。お前、グループ展の作品どうなってるんだ」


「あの……。ちょっと、まだ……」


 牧田の眉間に深く刻まれたシワを見ないふりをして大基は視線を宙にさ迷わせた。

その答えを半ば予想していたらしい牧田は大き溜め息を吐いてみせた。


「出来てないのか。とりあえず、テーマと題名だけでも教えてくれ。チラシの印刷に間に合わん」


「えっと、それも、まだ……」


 顔も体もいかつい牧田の、さらにいかつい眉毛が跳ね上がる。


「テーマもまだって、お前、何やってたんだ!」


「いや、あの、ちょっと、他の課題で手一杯で……」


 しどろもどろで言い訳も出来ない大基に、牧田はあきれた様子で首を振った。


「もういい。とにかく、テーマと題名だ。明日の朝まで待ってやる。それを過ぎたら単位はやれんぞ」


 重々しく静かな声で宣言して歩み去る。自業自得と分かってはいても、両肩に重い荷物を背負ったように感じる。足を引きずるような思いで次の講義に向かうため廊下を進んでいった。



 誰がどこで吹き込んだものか、食堂で顔を合わせた途端、さゆみは大基の単位が危ない件について糾弾してきた。


「ほとんど毎日大学にいるのに、単位落とすなんて信じらんない!」


「落としてないよ。まだ」


「まだ! まだですって。やっぱり落とす気、満々なんじゃない」


 大基はそっぽを向いて、じゃがいもばかりのカレーを食べ始める。


「あーあ。油彩を落としちゃうなんて、これじゃ美術教師になるのは無理ね。二人一緒の卒業式も怪しいわね。あたし、かなしーい」

 口の中でじゃがいもをモゴモゴもてあそびながら大基は反論する。

「墨彩はちゃんとやってるし、油彩だって二単位は取ってるよ。

人を無計画なアホみたいに言うなよ」

 さゆみが言い返そうと口を開くのよりも早く、大基はカレーを胃袋に流しこむと、そそくさと席を立った。

「こらあ! 逃げるな! ……ったくもう」

 深いため息をついて、さゆみは伸びきったワカメソバに箸をつけた。

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