2 狼の隠し事
「こんなところにいたのか」
空が声をかける。透は返事をせず、ソラを見上げていた。
「気付いたか?」
「気付いてるよ」
透は自分の腕を抱えた。空はその横で煙草を吹かす。真っ青なソラに煙が溶けていく。
「泣かないの?」
空がそう聞くと、抱えていた腕に顔を埋めた。
「泣けない」
そう言うと、今度は首をさすった。不意な行動だったのだろう。だが、その行為が空の心を突き刺す。心の奥で何かが壊れていく音がした。
「許せない?」
「当たり前だ」
それだけ即答であった。透は真っ直ぐ遠くを見つめていた。煙草が灰を落としていく。
「家族…なのに?」
いつしか零に聞かれたことを思い出す。〈家族がいる幸せってどんなのだろうね〉結局は空にも分からない。ただ、〈家族がいない不幸〉なら分かる。透は天を見上げた。眩しさに目を細める。
「あの人達は何で俺を生んだのか。あんなことすんなら生まなきゃよかったじゃねーか」
空はそれ以上何も言わなかった。言えなかった。口を開けば、終わってしまいそうで。何もかもが。透を置いて去ろうとした時、冷たい風が二人の横を早足で通り過ぎた。
「ちょっと空、来て」
下へ降りると零が凄い形相で、仁王立ちをしていた。空はさっと身を引く。部屋に通されたが、空は落ち着かない様子で体を揺らしていた。
「これ」
差し出されたのは三枚の資料。それに目を通すと、口を堅く結んだ。そして、零を引き目に見た。零は足を組み直し、顔に出きっていない表情と共に話し出す。
「隠してたのね」
空はそっと視線を外す。
「透の両親が透を虐待していた。児童相談所に何回も注意を受けているのに無視。おまけに精神判定は正常。それを助けたのはあんた。あんたが助けてから少し経って、陸さんがここで死亡。その直後私達が入った。私達は幼馴染で昔から知ってるけど、私はこのことを知らなかった。何で?」
その質問に答えることはできなかった。ただ俯いて拳を固く握りしめる。そして絞り出した言葉は
「ごめん零」
たったこれだけだった。零は目を見開く。その言葉の重みが分かったからだ。ただ、謝ることしかできずに目をぎゅっと閉じている空の顔にそっと触れた。はっと顔を上げる。それに驚いて咄嗟に手を引いた。
「あっごめん。分かった、今はまだ駄目なんでしょ?」
強くなったね。そう小声で呟いた。不思議そうな顔をする零を笑顔で誤魔化し、部屋を出た。頬を叩き、息を一つ吐く。視線を鋭くしたのを振り払い、前を向いていつもの笑顔で歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます