第三章 灰狼達の遊

1 狼の休日

「ちょっとひどすぎやしないかい?」

出発早々零が愚痴をこぼす。大型車を警察に取られたことを怒っているらしい。

「嫌いなのは分かるけどさぁーねえ志保ちゃん」

と後部座席にいる二軍の志保に声を掛けた。

「は…はあ…」

と苦笑する。

「まあまあ零、仕方がないよ」

運転中の空が窘める。零は頬を膨らませると辺りを見回し、溜息をついた。

「でもさーさすがに五人乗りの車に十二人はおかしいでしょ」

そうだ。助手席の足元に一人。後ろの足元に三人。トランクに三人。計十二人。車は限界を越えているにも関わらず、山道を頑張って登っている。時々沈む度にパンクしたかと肝を冷やす。我らがフォースが向かうのは古い温泉宿。年に一度、肩の荷を下ろす時間が少し与えられる。趣味に取り組んだり、遊びに行ったり。零達は後輩を連れて二泊するのだ。その温泉宿は空の親戚が経営している。「温泉宿 神楽」の看板が見えた。車を降りると零は大きな伸びをした。

「うーん。空気が気持ちいーー」

「ここは山奥だから滅多に人が来ないよ」

空は笑った。建物に入ると、和服の女性が急ぎ足で出てきた。

「空ちゃん久しぶりねぇ。皆さんもようここまでありがとうございます」

と腰を低くした。だが、すぐに女性は不思議そうな顔をした。

「空ちゃん。私、十二人って聞いていたけど一人休みかしら?」

皆は目を丸くして人数を数え始めた。空は深い溜息をつくと

「透だよ。置いてきた。先に案内しといてください」

と言って車に戻った。透は小さい呻き声を上げて車を降りた。零のように大きな伸びをし、古い旅館を見上げた。

「久しぶりだな。おばさん元気か?」

「それは自分で確かめて」

空はニコリと笑うと、背中を押した。

「あら透ちゃん大きくなったねぇ」

おばさん(理世さん)は微かな微笑みを見せた。

「お久しぶりです」

透は視線を逸らし、顔を赤らめた。

「空ちゃんも透ちゃんも楽しんでね」

理世さんは二人の頭を撫でると奥へ引いた。

「透照れた?」

空は透の顔を覗き込んで、ニヤリと笑った。透は何も言わず、また顔を背けた。すると、少し速足で部屋に向かった。空はそれをスキップしながら追いかける。まるで、小さな子供のように。

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