桜と月

昔々、とある小さな村に綺麗な男の子がおりました。

月明かりのような銀色の髪の毛と、秋の稲穂のような金色の瞳を持つ優しい子どもでした。

男の子の父親は、村人たちから尊敬される立派な領主で、母親も父親の手伝いをして村人たちからそれはそれは好かれておりました。

男の子も「将来はお父さんみたいな人になるんだ」と、たくさん勉強していました。

たまに村の子どもたちといたずらをしては母親に怒られていましたが、男の子は自分の両親も、村の皆のことも大好きでした。


ある日のことです。

山を越えた先にある少しだけ遠いところから、知らない人たちが攻めてきました。

男の子はわけがわからず、両親の言うがままに逃げ出しましたが、すぐに捕まってしまいました。

知らない人たちの中で一番偉そうな人が父親に「宝の在り処を教えろ!」と怒鳴っていましたが、父親は「貴様に教えることはできない」と今まで見たこともないような怖い顔で言っていました。


偉そうな人はとうとう男の子の両親を殺してしまいました。


父親が首を切られ、その次に母親が首を切られるのを男の子は泣きながら見ていることしかできませんでした。

最後に男の子が殺されそうになった時、村人の中の一人が偉そうな人に言いました。

「その子を殺すのならば、我々は最後の一人になろうとも貴様らと戦う」


村人がいなくなれば狙っている宝の在り処が一生わからないかもしれないと考えた偉そうな人は、男の子を生かしておくことに決めました。

ただ、生かしておくことの条件を付けたのです。


男の子の姿を偉そうな人に絶対に見せないこと。


偉そうな人に男の子の姿を見せたらただちに殺すと偉そうな人は言って、男の子は村人の中で一番父親と仲が良かった男の人に引き取られました。


☆☆☆


それから十年が経ち、男の子、穂月ほづきは偉そうな人とは会わないように村で生活していました。

偉そうな人はあの後すぐに領主になり村にあるという宝を探していましたが、そのようなものはどこからも見つかりませんでした。


穂月は引き取って育ててくれた藤次郎とうじろうから色々教わって、随分とたくましい青年になっていました。


また、毎日なぜか村を歩き回っている領主を避けるために山に入って移動したり、領主を見かけたら木の上だったり屋根の上に登って隠れたりしていたのでかなり身軽になりました。


いつものように山の中の道ではないところを走っていると、上等な着物の裾が視界の隅に写りました。

気になった穂月は引き返してよく見てみると、どうやら滑って落ちたらしい女の子が座っていました。


「こんなところでどうしたんですか?」


急に話しかけられて驚いたらしい女の子は目を見開いて穂月の方を向きました。

木にもたれかかって座っていた女の子の後ろから話しかけたので驚かせてしまったことを少しだけ反省しながら、女の子の隣にしゃがんで目線を合わせました。


それにしてもこの女の子はとてつもない美人でした。


「屋敷を抜け出してきたら、迷ってしまって」


綺麗な形の唇を震わせながら、女の子は恐る恐る言いました。

穂月は「屋敷」と聞いてピンときました。


「ああ、領主の娘さんでしたか」

「そうです」


女の子は領主の娘でした。

確か年は穂月と三つほどしか変わらなかったはず。


屋敷に送るとしても、領主の前に姿を見せたら殺されてしまうのでどうしようかと悩んで、一つ名案を思いつきました。


「娘さん、俺と会ったことを誰にも言わないのなら、屋敷までお送りします」


その提案に娘はパッと表情を明るくして頷きました。


「誰にも言いません!お願いします!」


穂月は娘を背負うと、領主の屋敷を目指して走りました。

屋敷にはそれほど経たずに到着しました。

誰もいないことを確認して庭先で娘を降ろしました。


「あの、貴方のお名前を教えていただけますか?」

「…俺の口から教えるわけにはいきません。申し訳ない」


娘は残念そうに俯きましたが、すぐに顔を上げてグッと拳を握り締めました。


「わたしは美桜と言います。お礼をさせてください」


穂月はその様子が面白かったので、少しだけ教えることにしました。


「では、先代領主の息子とだけ。名は貴方が調べてみてください。もしまた会うことがあれば、その時に答え合わせをしましょう」


もう会うことはないと思いつつ、穂月は去りました。


家に帰ってから、彼女は穂月の姿を見ても怖がらなかったことに気が付きました。

もしかしたら怖がっていたのかもしれませんが、悲鳴をあげたり、逃げようをはせずに、通りがかった親切な人として接していてくれたのです。

領主にばれたらただでは済まないとはわかっていましたが、穂月はまた美桜に会ってみたいと思ってしまいました。


☆☆☆


空がどんよりとした寒い日、穂月は村人たちと決めました。


今の領主は税は文句が出ないギリギリで上手くしているものの、やはり慕われていた先代領主には遠く及ばず、また、今でも村の宝を探して苛立っています。


村人たちは村の宝がなんなのか知っていますが、誰も領主に教えようとはしませんでした。


敵討ちとまではいきませんが、領主を追い出そうと前から考えていたのです。

命を奪ったら領主と同類になってしまうことが村人たちは嫌だったので、追い出して新たに穂月を領主に据えようとしていました。


この計画は穂月が成人してから確認を取って決行すると村人たちは決めていたので、この秋に穂月が成人した際、計画のことを話しました。

穂月は即答で「やろう」と言いました。


次の雪が降った日に決行するということで話はまとまり、念の為女性と子どもとお年よりは藤次郎の家に集まって数名の若者たちが護衛をすることになりました。


そして、決行当日。


雪がちらついている中、穂月たちは領主の屋敷に忍び込みました。

音を出さないように護衛を気絶させては動けないように縛っていき、領主の部屋まで向かいました。


「お久しぶりですね、領主様」


音も立てずに部屋に入り込んだ穂月は領主の首に刀を突きつけて言いました。


「貴様、いったいどこから」


「玄関から入ってきましたよ。元は俺の家ですから、迷うはずもない」


フッと笑って刀を引くと、領主を縛り上げました。

そうして、自分の方を向かせると領主と目線を合わせるために膝をつきました。


「貴方が欲しがっている宝を差し上げます。ですから、どうかこの村から手を引いてほしい」


「私が十年かけて探しても見つからないものを、お前が持っているとでも言うのか」


「その通りです。最初から村の宝は俺が持っていたんですよ」


顔を真っ赤にして震える領主に、穂月は静かな笑顔で答えました。

その金の瞳に表情はなく、恐ろしいほどに美しいものでした。


「村の宝は、俺自身です」


その夜降った雪は溶けることなく振り続けました。


☆☆☆


穂月の出した条件は村人たちへ向けたものと領主に向けたものの二つです。


村人たちへは「自分が村からいなくなることを許してほしい」というもの。

領主へは「宝を差し出すから村から出て行ってほしい」というもの。


この村の領主の家系は、古くは神に使える者でした。

その見た目は金や銀の瞳や髪をしていたそうです。

今では血が薄れ、昔ほどそのような見た目をしている者は生まれてきていませんでした。


しかし、穂月が生まれました。


穂月が生まれた日、村中が大喜びして口々に言ったのです。

「村の宝が生まれた」と。


おそらく勘違いだったのでしょう。

この村にお金になるような宝は最初から存在しなかったのですから。


自分の勘違いで十年もの時を無駄にしたと気が付いた領主はすっかり意気消沈して、準備が出来次第村を去ると約束してくれました。

宝はいらないと断られたので、穂月はこれからも村にいることができます。


領主が村を去る日、穂月は美桜に会いました。

答え合わせの為です。


「お久しぶりです。穂月様」

「お久しぶりです。美桜様」


美桜はきちんと調べていたようでした。


「父が長い間、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


美桜が頭を下げたので、穂月は慌てました。


「貴女のせいではありません。誤解を解かなかった我々にも非はあります」

「…ありがとうございます」


しばらく黙り込んだ二人でしたが、美桜を呼ぶ声がしたため、別れました。


「道中お気をつけて」

「はい。お元気で」


その後、領主になった穂月は毎日忙しく働いていました。

二年ほど経ったある日、彼女が再び現れるまでは。


「お久しぶりです。穂月様」


別れたときと同じように挨拶をして、彼女はにっこり笑って言いました。


「父の持ってくるお見合い相手が馬鹿ばかりなんです。堪えられないのでわたしを嫁に貰ってくれませんか?」


穂月は驚きすぎて何と言っていいのかわかりませんでしたが、美桜がかなり破天荒だということだけはわかりました。


さて、どうなることやら。

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