ぼくのいるところ

ぼくのいるところは、とてもさむくて、たくさんのいろんなものがある、ちいさなへやです。

ぼくのおかあさんは、たまにしかかえってきません。

おかあさんがかえってきたときは、ぼくを「めざわりだ」といってたたいたり、けったりします。

ぼくはそれを、まるくなっておわるのをまつのです。

ごはんは、おかあさんがたまにパンをくれるのでたべます。

あるひ、しらないおとなのひとがたくさんきました。

ぼくをみて、おどろいたかおをしたあと、ぼくに「だいじょうぶだよ」といいました。

よくわからなかったけれど、ぼくはしらないひとにだっこされて、くるまにのってあたたかいところへつれていかれました。

ほんとうはおかあさんがかえってくるまで、まっていたかったんだけど、ぼくはうごけなかったし、しゃべるのもできなかったので、しらないひとになにもいえませんでした。

あたたかいところで、ぼくはうでにはりをさされました。

すこしいたくて、とてもびっくりしました。

はりはとうめいなのとつながっていました。

「ここはびょういんだよ」

と、おんなのひとがいいました。

おんなのひとは「かんごしさん」なんだそうです。

うでのはりをとったあと、おふろにはいって、そのあとに「しんちょう」と「たいじゅう」をはかりました。

びょういんにはこどもがたくさんいました。

ねて、おきたら、しゃべれるようになったので、しゃべってみました。

みんな、「はやくいえにかえりたい」といいました。

ぼくもおとうさんとおかあさんのところにかえりたいです。

ごかい、ねて、おきたら、またしらないひとがきました。

しろいふくをきた、おとこのひとです。

おとこのひとは

「きょうからごはんがたべられるよ」

と、いいました。

パンかなとおもっていましたが、ちがいました。

たべたことのないあたたかいごはんでした。

とてもおいしかったので、ぼくはおかあさんにもたべてほしいとおもいました。

いつになったらかえれるのでしょう。

しらないひとがまたきました。

「たいいんだよ」

といって、ぼくはくるまにのせられました。

いえにかえれるとおもいましたが、ついたのはおおきないえでした。

「ここが、あたらしいおうちだよ」

ぼくはもうあのいえにはかえることができないのだそうです。


ぼくがいるところは、理由があって親と一緒に暮らせない子どもがたくさんいる大きな家です。

小学校ではたまにからかわれますが、もし、あの時、ここに連れてきてくれた大人がいなかったら、ぼくは死んでいたかもしれないので、今では感謝しています。

ぼくのおかあさんは悪いことをしたのだそうです。

だから、反省するまでは、ぼくに会えないのだと先生が言っていました。

ある日、知らない人がぼくに会いに来ました。

「久しぶりだな」

知らない人はそう言いました。

「誰ですか?」

と、ぼくが聞くと、

「君の父です」

と、知らない人は少し笑いながら言いました。

知らない人は、ぼくのおとうさんだったのです。

先生とおとうさんはしばらく何かを話した後、ぼくを連れて家に帰るのだと言いました。

ぼくはちょっとの着替えを持って、おとうさんの車に乗りました。

明日から夏休みなので、その間、おとうさんたちと暮らすのだそうです。

着いたところは、きれいな家でした。

今、おとうさんはここに住んでいるみたいです。

ドアを開けると、知らない女の人が出迎えてくれました。

知らないだけでおかあさんなのかなと思って聞いてみると、おかあさんは今、どこでなにをしているのかわからないと言われました。

この人は、おとうさんの新しい奥さんなのだそうです。

知らない家で、知らない人と過ごすのは緊張しました。

でも、うるさくない一人の部屋は落ち着きました。

夏休みの間、おとうさんはたくさんぼくに話しかけてきました。

欲しいものはないかとか、行きたいところはないかとか。

おとうさんの奥さんもたくさん話しかけてきました。

なにが食べたいかとか、おかしは好きかとか。

うれしかったけれど、照れくさくて黙ってしまうことが多かったです。

夏休みが終わって、ぼくはそのまま、おとうさんと、おとうさんの奥さんと一緒に暮らすことになりました。


僕がいるところは、父と、義母と、異母妹の四人で住むあまり大きくない家です。

異母妹とはひとまわり歳が離れているのもあって、とても可愛いです。

義母はとてもいい人で、僕のことを気にかけていてくれます。

父は、始めのころはどうしていいかわからずにギクシャクしていましたが、今はごく普通の親子のようになりました。

高校は公立に行き、そのまま就職しようかと思っていましたが、父が「気にしなくてもいい」と大学進学を勧めてくれました。

それに甘えようと思います。

大学生活は楽しいです。

バイトも始めました。

成人して、たまに父の晩酌に付き合うようになりました。

父が嬉しそうなので僕も嬉しくなります。

ある日、授業が終わって、バイトもないし家に帰ろうとしていた時でした。

知らない人が僕の名前を呼びました。

そして、自分は僕の母親だと言うのです。

もうおぼろげな母の記憶は、あまりいいものとは言えません。

「僕の母はあなたではありません」

そう言って、念のために遠回りをして帰りました。

父には言いましたが、義母には黙っていることにしました。

優しい義母があの人のことを気にして、落ち込んでしまわないように。

それから、母と名乗る女の人は度々、僕の前に現れるようになりました。

僕の母は義母です。

血は繋がっていないけれど、彼女が僕の母です。

そのうち、義母が気付きました。

「あなたがあの人と一緒にいたいと思うのなら止めない」

と、優しい義母は言いました。

僕は

「僕の母はあなたです」

と言いました。

義母は泣いてしまいました。

どうしていいのかわからずにオロオロしてしまいました。

そばで聞いていた父は何故だか嬉しそうに義母を慰めました。

また現れた女の人に、僕は

「これ以上付きまとわないでほしい」

と言いました。

怒った女の人に突き飛ばされ、階段から落ちました。

階段の近くであの人と話さなければよかったです。

捻挫と打撲だけで済んだのは幸いでした。

それ以来、あの女の人は見なくなりました。


僕のいるところは、父と、義母と、異母妹の四人で暮らす家です。

もしかしたらあの家を離れることがあるかもしれませんが、僕の帰るところは家族のいるところなのです。

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