sideA

ありがとう、と。

伝えればよかったのか?

ごめん、と言えばよかったか?

そうすればもっと、違う答えになったのか?

問いかけても何も答えは返らない。


タバコに火をつける、指が微かに震える。

平静を装うためじゃない。

平静を求めて、俺は深くそれを吸い込んだ。

身体中をニコチンが染み渡れば、少しは落ち着ける気がする。


引き止めるなんて、俺にはできない。

そんな資格はないんだろ?

お前を傷つけるのはいつだって俺の言葉だった。

お前が諦めていくのを、俺は知ってたよ。

でも、何もできなかった。

否、しようとしなかった。


これが俺。

俺は俺自身を、お前に受け止めてほしかった。

それは俺の甘えだと、俺は知っていた。

それでも、俺には変えることはできなかった。


俺の傍でお前は幸せじゃなかったか?

俺は…


俺はそれでも、お前にいてほしかった。


お前には俺しかいない、なんて馬鹿げたことは言わない。

俺よりお前を幸せにできるヤツがきっといる。


でも俺には、お前だけだったよ。

最初からずっと。

お前だけだったんだ。



いつかこんな日が来るかも知れない、そう思ってた。

二人が離れるとき、それを切り出すのはきっとお前だ、と。


だけど。


俺が求め続ける限り、お前は離れていかないと。

俺はどっかでそう思ってた。


愚かなヤツだと、忘れてしまえばいい。

もう元には戻らないなら。

俺はお前を、ただ黙って見送るよ。



俺が求めるものはもう存在しないから。


俺に笑いかけようとしなくていいから。

俺のための優しさはいらないから。


二度と会うことはない。


ごめんは最後まで言えないけど。

ありがとうも最後まで言わないから。



じゃあ、元気で…


最後の会話が脳に染み入る。


お前がな。


そう言った後の、お前の泣きそうな笑顔を。

俺はきっと、一生忘れないだろう…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る