第10話 何時でも僕らの頭はパラダイス
「――――――――」
『――――――――』
目の前には美しいエルフが腰を下ろしている。その表情に感情は見られない。対面には俺、浩太、竜二、岳が重々しく座っており、禁忌を犯した変態の2人は今頃後ろで永久の世界へと旅立とうとしているだろう。
そんな冗談は置いといて――――まぁ、2人が背後でのびている事は事実なのだが。先ほどの事を振り返ろうか。
――――少し前。
場に走る緊張と静寂。こんなにもふざけた事なのに、俺たちも緊張してしまう意味不明な状況。
エルフの女性は先ほどから冷たすぎる視線を落とし、馬鹿な2人はさらに興奮を加速させていた――――――それはまさに混沌(カオス)だった。
そしてエルフはあろうことか2人を踏みつけた。エルフは見たことがないくらい冷徹な表情をしていたが――――
物凄い力で踏みつけられた2人は、興奮と痛みと幸せと色々な感情が複雑に噛み合った表情をしながら間も無く気絶した。
その光景にガタガタと全身を震わせながら見ていた俺たちにエルフは無表情で近づいて来る。そして――――――
「お前たちは何処から来たのだ?」
「――――ぇっ?」
「何処から来たと聞いたのだが?」
竜二が冷や汗を洪水のように垂らしながらも答えると、エルフは初めて興味深げに頷いたのだ。
どうやらトレダールへと向かう俺たちに興味が湧いたらしい。
そして現在――――――
「――――――――」
『――――――――』
エルフは何も喋らない。変わらずの無表情である。
何故喋らない? この美しい女性は何を考えているんだ? それにしてもこの雰囲気苦手だ……しょうがない――――――
「あの~? 改めて助けて下さって本当にありがとうございます。よろしければお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
他の仲間がほっと息を吐いたのがわかった。
「名前? ――――私のは名はイネスだ。お前たちは名は?」
エルフの女性ことイネスさんはそう言った。俺たちは互いに名を述べる。一応、背後の奴らの名も――――
「ほぅ? ずいぶんと変わった名だな。何処から来た?」
「遥か遠くから来た田舎者です……ははっ」
他の世界から来たなど言っても信じてもらえるわけがないため、こう答えるのがベストだろ。それにしても、俺たちの名は異世界では珍しいと勝手に認識してが本当にそうなんだな。なんか特別って感じがするねっ!☆
「田舎者か――――――丁度良いな……」
イネスさんはその無表情からは考えられないような柔らかい笑みを一瞬だが浮べた。思わず目配せする俺たち。そして同時に頬を緩ませた。
――――――最高だ。この世界に来てから少し美人が多すぎやしないか? まさに美人の宝石箱や~……ってあの人なら言いそうだな。ってそんなことより……
「丁度良いとは?」
「――――あぁ。実はお前たちに頼みがあるのだ。聞いてくれるか?」
「そ、それは良いですけど……なぁ?」
「ぐふふふ~美人で命の恩人じゃ僕たちに断る理由なんてないよね」
「――そうだな。それでどのような頼みなんですか?」
岳がデカイ身体を乗り出しながらそう言った。
「簡単な頼みだ。最近出版された本を数冊買ってきて欲しいのだ。……どうだ? 簡単だろ?」
「書物ですか? 構いませんけど、何故私たちに頼むのですか?」
竜二の意見も最もだ。別に俺たちに頼まずとも自身の足で行けば簡単なことなのだから。何かあるのか? ――――ってもしかしたら……
「おまえたちは相当の田舎から来たのだな。私たちエルフが人間共に好まれていないのを知らないのか?」
――――そうか。やはり女性差別の現状は他種族までをも巻き込んでいたというわけか……
理解した竜二が申し訳なさそうに頭を垂れる。イネスさんは別段気にしてはいないようだが、紳士としては失格だな。
俺たちももう少し気を配れるようにならなきゃいけない。この世界の女性を助けるためにも。
「――――それで頼まれてくれるか?」
「勿論です。命を助けてもらった代わりとしては安いものです。謹んでお引き受けしましょう」
「そうかっ。それならば頼もう」
そう言ってイネスさんは懐から紙、インク、羽ペンを取り出して何かを書き込むと、竜二に手渡した。
「これが買って来て欲しい書物だ。3週間後にまた此処の湖で落ち合おう」
「――――は、はい。改めて今回はどうもありがとうございましたっ!!
「気にする事ではない。それでは私はこれで失礼するとしよう――――――――」
イネスさんは来た時と同じように、緩やかな春の風のようにその場を去っていくのであった。
俺たちは暫くの間、その美しくも頼りがいのある背中を見詰めていたのだった。
――――数日後。
あの華麗なエルフの女性――イネスさんとの約束を得てから、俺たちは何事もなくトレダールへと続く道を突き進んでいた。あれからは一度も魔物と遭遇することもなく、特に変化はない。
あった事と言えば、あのエルフ凌辱未遂事件(俺たちがそう呼んでるだけだが)以来、すっかり馬鹿コンビSMにはまってしまったらしい。
それだけなら良いのだが、俺たちにも強要してくるしまつ。絶対に共犯者にはならんがなっ。
「――――おっ……あれじゃないか?」
竜二が眼鏡を押し上げて、前方を指差した。そこには砂浜を境に果て無き蒼穹の海が広がっていた。
真っ青な海色から流れる独特の香りが鼻腔を刺激する。懐かしい想いが込み上げて来るのは何故だろか?
「あれが目的地? もう疲れちゃったよぼく……」
「目的地のトレダールはまだ先だよ。あそこから船に乗って行くみたいだね」
前方には、目的地だと間違ってもおかしくない程の防波堤があった。
「うひょっ! ふねっ!? 何で船なんかに乗るんだ? まさか……カーセッ○スならぬ、シップセッ○ス?」
「おい隆生っ。お前この前自慢げに話してだろ? トレダールのことこの馬鹿に詳しく話しやがれ」
岳の拳が智久を沈めるのは置いといて、こいつら何もわかってないのかよっ――ったく。
「しょうがねぇなぁ。トレダールってのは――――――――――」
『トレダール』
代表者:ディマシュキー・ロイセン
概要:大小様々な街が連帯して形成された商業の国『トレダール』。その中の中心地を第一地区として、1
5個の地区(島)に分かれている。ここにはあらゆるものが存在する。武器、防具、薬、宝石、人――――
補足情報:王の存在はあらず、複数の代表を募り、民主的に国の意向を決める。通貨の製造が盛んである。
中立国。
名産料理:海産物全般。
「――――というわけで船を使うんだ。わかったかおまえら?」
「ふんっ。そのくらい知ってらぁ。どうせお前だって本に書かれていた内容をそのまま喋ったんだろう?」
うっ――――まさかこのアホにばれてしまうとは……俺もまだまだか――――
「うるせぇ! いいからさっさと行こうぜっ!!」
「うふふ~顔が赤くなってるよ隆生~」
少し強い潮風が頬に当たる。トレダール行きの船は、現実世界ではとうに遺物となったガレオン船であった。
焦げ茶色の木材で出来た巨大な船。船底から船上までだけでも数十メートルはあるであろう。
防波堤にはそんな船が3、4隻停泊しているのだから圧巻である。さらに予想以上の喧騒がそこにはあり、多種多様の服装の人々が次々とガレオン船に乗り込んで行く。
入り口には受付所と書かれた建物が一件佇み、そこから乗船券を買うようだ。券の価格は銀貨一枚となかなか高価である。これだけでもトレダールが儲かっているのがわかるな。
乗船券を買った後は簡単な手荷物検査を行った。智久と純の2人を除いては直ぐに終わったが、あの馬鹿2人は何かをやらかしたようだ。しかし、気にする事ではない。もう知らん。
あいつらが何かしたか知りたいって? それは――――いや、止めておこう。俺の口からはあんな不埒なこと……まぁ、想像にまかせるぜ。
その後、そのまま出発目前であったガレオン船に乗り込んだ。既に他の乗客は全員乗っており、俺たちが乗り込むと間も無くして船はゆっくりと動き出す。
鮮やかな水平線に向かって船は徐々にスピードを上げて行く。それに伴って俺たちを襲ったのは――――――――地獄のような船酔いだった。
船なんて殆ど揺れの少ないものにしか乗ったことがない俺たちは、早くの挫折の波に揉まれていた。
「――――うえぇ…………なんで他の奴らは平気なんだ? くそっ」
「そう言うなよ純……苦しいのはお前だけじゃないんだ――――」
「流石にこれはきつい――――――」
『――――――うぇぇぇぇ』
特に酔いに弱い純、岳、竜二が同時に催す。それにつられて、俺も込み上げてくるものがあるが、なんとか押さえ込んだ。俺たちがこんな風になっているのも関わらずあいつらときたら――――――――
「うひょっ! わっちの好みはあのおなごじゃのぉ~。ケツが良いねっケツがっ! くうぅ~たまんないっ!!」
「ぐふふふ。僕はあの子がいいなぁ。ロリ巨乳だし――――ふふふふふ」
あいつらならどんな危険があろうとも、エロの力で解決してしまうんだろうな――――ははっ。羨まし……おっと、痛ましい限りだ。
その後、数時間の間俺たちは迫り狂う船酔いと戦い続けた。そして、やっとその地獄も終わりがやってくる。
前方に広がる大小、様々な島。そのどれもが遠くにいる俺たちにもわかるくらいの賑わいを帯びていた。
喧騒が溢れ、ビルまでとはいかないが、大きな建造物もいくつも見られる。
ガレオン船が船着場に着き、やっとのことで地に足を着けた俺たち。船着場からは直接トレダール第6地区島に繋がっているようだ。簡単な検査の後、入国? 入島した俺たちは島の賑わいを思わず声を上げた。
「おぉ…………これは良いなぁ」
「まさに――――――常夏のリゾートだね」
そう。島国と言うこともあってか、トレダールはまさに現実世界のハワイを彷彿とさせるようなリゾートであった。所狭しと吹き抜けの店が連なり、行き交う人々は皆カラフルな薄着である。
水着のような衣服を着ている女性たちもおり、俺たちの吐き気は瞬時に吹っ飛んでしまった。
強い日差しをたっぷりと受けて育った南国の植物が至る所に茂り、色とりどりの実をつけている。あれは何の果物だろうか……?
「うおおおぉぉぉ! テンション上がってきたぜぇぇぇ!! 早くこの街を見て回るぞっ!?」
「おぉ! 俺は早く酒が呑みてぇ。行こうぜ純ッ!」
「――――2人とも待って! まずはやることがあるでしょ?」
今にも走り出そうとしていた純と岳を竜二が止める。
「――なんだよ竜二?」
「まず宿を取らなきゃならないでしょ? 何においても拠点は必要だよ?」
「あぁ~それもそうか――――」
「――え~……ったく。わかったよ」
しょんぼりと肩を落とす2人を引き連れて、俺たちは手頃の宿を探す。リゾートのような場所だったため「高価なのでは」――と思ったのだが、そうでもなかった。
いや、実際宿屋なんてバータルのしか泊まった事がないのでわからないが。とにかくバータルと同程度の宿を俺たちは取った。宿名は――『パラダイス』。実に素晴らしい名前だ――――うんっ。
街並みが見渡せるバルコニーに、ふかふかの真っ白なベッド。内装も想像以上に豪華で、美しい女性たちのマッサージのサービス付きとはなんとも完璧な宿だろうか。
「――――――まさにパラダイスだな」
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