第110話昆虫採集の予定

「ねえちゃん!! メグミ姉ちゃん! カブトムシ採りに行こうぜ!!」


早朝なのに、いや、早朝だからか? 元気なタカノリの声が響く、


「朝っぱらから元気ねタカノリ! だけどイヤよ! 今日は共同訓練で迷宮に行くのよ、だからイヤ!」


食べかけのパンを手に持って振り返った朝食中のメグミは断言する。


「ちょっ、ちょっと待ってよ姉ちゃん、なんでイヤなんだよ? それってダメって言う所だろ?」


「バカねタカノリ! アンタが男である限り、私からは拒否の言葉しか出てこないのよ! だからハッキリ言うわ! イヤ! イヤよ! 断固としてノー!!」


ふふんっと胸を逸らして言い放つ、


「何だよそれ! 理不尽だろ! それにカブトムシだぜ? でっかいのが居るんだ、昨日場所に検討は付けてあるんだ、なあ、行こうぜ姉ちゃん!」


「ふむ……そのへこたれない根性は良いわね! で? どの位の大きさのヤツが居るの? この島にそんな大きな甲虫いたっけ?」


「それがさ姉ちゃん、ヘラクレスよりでっかいのが居るんだよ! こーんなでっかい奴だぜ、あれで昆虫王対戦したら絶対優勝だよ!」


手を広げて大きさを表現しているタカノリだがそれを見たメグミは明らかにガッカリとして、


「小さい男ねタカノリ……本当に残念だわ」


「今俺の大きさは関係ないだろ! 何でだ? 大きいだろ? こんなでっかいカブトムシ見たことねえよ!」


「……タカノリ、アンタ迷宮には入ったこと無いの?」


「ねえけど? 何でだ?」


「畑の害虫駆除のバイトとかは?」


「それもまだやったことねえよ! なあ姉ちゃん、おれ子供だぜ? 小学二年生! 畑の害虫や荒らしに来る鶏って俺よりでっかいんだろ? 無理だよ!」


「私に木刀で挑むよりよっぽどハードル低いわよ? それにソラ、アンタは害虫駆除のバイトしてんでしょ?」


ハムハムとメグミの向かいの席で今まで黙って朝食のサンドイッチを食べていたソラは、口の中の物をゴクンッっと飲み込んでから、


「やってるよ、実戦に勝る訓練は無いもの、そこのチキンとは違うわ」


冷たい目でタカノリの見下ろし、椅子の上で真っ平な胸を張る。それに言い返そうとしたタカノリより早く、


「へえソラちゃん凄いですね、タカノリ君と同い年って事は7歳でしょ? 『ローリングクローラー』はまだしも『ラッシュチキン』をその年で倒せるの?」


サアヤが驚いて尋ねる、


「確かにそこのチキンと違って『ラッシュチキン』は強いわ、強敵ね! けど『土蔦拘束』の魔法で足を止めれば狩れるわ、槍が有効、相手の足を止めて距離さえとれば一方的に攻撃できるわ」


「誰がチキンだソラッ!! それにお前何でここで飯食ってんだ? そもそもなんでお前がここに居るんだ!」


「ああ、それね、ソラが訓練に着いて来たいって言うから、アイ様やヤヨイ様の許可を貰ったの、今日の訓練に同行させようかと思ってね」


「なんでソラだけ? 俺は? 俺もついて行っていい?」


「許可が無いから無理ね!」


「取ってよ! 許可取ってよ! 姉ちゃん良いだろ! ソラが良いなら俺だって良いだろ!」


そのタカノリの肩に手を置いて、


「まあ待てタカ、迷宮は危険だぜ? そもそも子供行くところじゃねえ、止めとけ、自衛も出来ない奴が行くのは自殺行為だ。全くっ! あの婆さん達、頭大丈夫か? 今日は人数が多いとは言え、こんな子供を迷宮に連れて行くのに良く許可出したよな」


「流石にソラちゃんじゃあ自衛すら出来ませんものね……メグミちゃんもなんでしたっけ? パワーレベリングの実験? そもそもレベルって、そんな物あるのかしら?」


ノリコが人差し指を自分の頬に当てながら疑問を呈する、


「ゲームでは無いのですけどね、まあ魔物を倒すと、その力の源、魔結晶から力の一部が倒した冒険者に流れるって説は有りますけど」


サアヤも小首を傾げて訝し気だ、


「なによ? 分からないから実験するのよ! それにね他の冒険者達が言ってるのを聞いたのよ、『あいつ等絶対パワーレベリングしてるよ、あり得ねえだろあの強さ』って訓練生達の噂してたのよ、きっとあるのよパワーレベリングは!」


タツオは大きな溜息をついて、


「それは物の例え、皮肉だろ?」


「五月蠅いわね! 良いのよソラは可愛いから! だから良いのよ! それにねノリネエが居るのよ? 万が一も危険は無いわ、『絶対防御結界』の内側に居れば攻撃は絶対に当たらないわよ」


「それじゃあ見物じゃねえか? 連れて行く意味あるのか?」


「見取り稽古よ、良い? 実戦の見学はそれだけでも意味があ有るのよ、その場の空気に触れるだけでも良い経験だわ、それにソラには『ハープーンガン』を渡してるわ、これでトドメだけ刺して変化が有るかどうか実験よ」


メグミはソラの同行とパワーレベリングの実験にノリノリだ、


「ねえメグミちゃん、『絶対防御結界』を張ると、私全く攻撃できなくなるんだけど?」


ただノリコは少し不満なようだ、


「今日は合同訓練だから、そもそもノリネエは安全地帯の設営が役割でしょ? 守りの『絶対防御結界』と癒しの『範囲持続回復陣』使うんだし、どっちにしろ攻撃なんてできないわよ?」


「けど訓練生たちも、ウチのギルドの子も育ってきてるから、もう安全地帯の設営は必要ないんじゃないかしら? 今日は人数も多いし『大魔王迷宮』でしょ?」


更に言い募るノリコに、


「だからこそよ、百名を超える人数が同じ場所で一斉に狩るのよ? 『ジャックポット』が絶対に起こるわよ、その時に訓練生たちが総崩れにならない様に支える場所が必要なのよ」


「まあ仕方ありませんわお姉さま、今日は私達の狩りでは無くて、訓練生達の狩りのサポートが主任務です」


「私も偶にはハンマーを思いっきり振るいたいのだけど……」


更に何か言いたそうなノリコを無視して、


「入り口前の広場集合だから私達もそろそろ行かないとね」


「ちょっと、姉ちゃんなんで俺無視するんだよ! 俺も行く! 絶対着いて行く!」


「あんた達は今臨海学校の最中でしょ? 砂浜で遊んでれば良いじゃない、私達が狩りまくった所為で、街付近の砂浜は安全よ?」



 今『シーサイド』の宿泊施設には大分空きが出来た。訓練生たちは一応の初期訓練を終え、其々、『北極星』傘下のギルド構成員の冒険者として『ノーザンライト』に1小隊6名が5小隊分、計30名移動した、住居等も用意され、冒険者組合も協力して更に訓練を行っている。副組合長のコノミが大張り切りらしい。


 『暁』もその傘下のギルド構成員として4小隊分、計24名引き取り、更にそのまま『イーストウッド』に移転していった、待望の女性メンバーを大量に抱え、ホクホク顔である。『イーストウッド』でも大歓迎されて、住居兼ギルド拠点が新築だと喜んでいた。


 『昴』のアキヒロ達も同じくギルド構成員として3小隊、計18名を引き取り、此方は男性独身寮を出てヘルイチに新たにギルド用住居兼ギルド拠点を購入してそこに転居した、元々女性メンバーも多かったことも有り、此方も順調だ。


 残りの5小隊30名はハルミが、


「なんで『シーサイド』で育てた冒険者を全部他所に取られなきゃダメなんだ! ウチで面倒を見るから此方にも寄こせ! 全部持っていくな!」


 そんな猛抗議の結果、『シーサイド』の冒険者組合で面倒を見ている、冒険者組合傘下の冒険者パーティと成ったのだ。ハルミは何れは足りない人族の受付嬢にと訓練を張り切っている。


 又メグミ達『黎明』も5人組(シルフィの入る第4小隊のみ6名)4小隊の4姉妹達は引き続きメグミ達の指導で訓練している。此方は先行訓練をしている分、他の訓練生より頭一つ抜き出た実力が有る。まだ『シーサイド』の保養施設を仮のギルド拠点として居るが、現在ヘルイチに彼女達の住居兼ギルド拠点を作っている最中だ。人工子宮装置での子供の育成の為、装置から離れられなかった、残りの4名のメイドも此方に加わる予定だ、そろそろ子どもが生まれるそうだが、この子供は自分達で育てると4姉妹とそのメイド達は張り切っている。



 そうギルド拠点の建物、これはメグミ達『黎明』にも必要である、いつまでも『シーサイド』の保養施設を占拠するわけにはいかないのだ。『シーサイド』側の冒険者組合はそれでも構わないようだが、冒険者組合の幹部会議がそれを許可しなかった。目の届くヘルイチで可能な限りメグミ達を管理したい意向なのだろう。

 現在のメグミ達の住居では流石にこの人数は収容できない、庭を潰して増築するわけにもいかない、手狭過ぎる。そしてメグミ達はあの『ママ』の家を出ていく気はこれっポッチもない。あの自宅から通える範囲で何かいい物件は無いかと探していたが、狙っていた丁度良さそうな物件は『昴』のアキヒロ達に先に押さえられ、どうしたものかと思案していたところ、


「建築途中で放棄された物なんだけど丁度良い物件があるんだ、如何かな? 完成させればギルド拠点として十分過ぎる広さだよ。何、未完成部分は内装が主だからね。完成させる追加の費用も安いよ。ああ、基礎や構造は問題ないよ、そりゃもうシッカリしすぎる位シッカリ作ってある」


そう言ってアツヒトが建物に案内してくれた。そこは未完成の屋内プールで、


「どうだい? プール付きのギルド拠点だよ? 元々宿泊施設も併設されてるからね、彼女たちの住居も兼ねることが出来るよ」


「ねえ、これって例のプールですよね?」


メグミが周りを見渡しながら言い、


「ああっ! ゴーレムの件で敵のアジトにされていた、例の建設途中のプール、ここがそうなのね!」


ポンと手を打ってノリコが納得した、


「へえ、流石あのゴーレムを作っていただけあって広いし、確かにシッカリした作りですね、話には聞いてましたが……割と本気で作られてますね、彼等本気でプールとして営業する気だったんでしょうか?」


「うーん、今となってはね、けど流石潤沢な資金のある組織だ、お金は掛かってるよこの建物、あと仕掛けやらトラップなんかは既に全て調査解体済みだ、一押し格安物件だよ、まあちょっと郊外だけど、メグミちゃん達の家からなら通っても大した距離じゃないと思うよ」


更にアツヒトが勧めてくるが、


「格安物件? 訳アリの事故物件だろ!! なあ、それにちょっと広すぎるだろ? それにプールなんざギルド拠点に必要か?」


タツオの抗議に、


「必要よ、だってここなら私達何時でも泳げるわ」


アリアが嬉しそうに語り、


「そうだな、ココなら別の温水プールに行かなくて良いんだよね? 良いんじゃない?」


ジェシカが同意する。


「私は有ると助かりますね、水の中って胸が浮いて楽なんですよね」


サンディが肩を揉みながら更に援護に入って、


「こんな大きなプールを私達だけで使って良いの? このまま営業してお客さん入れたら? 私も受付位ならできるよ」


リズもヤル気だ、どうやら牝牛人族のメンバーはここが気に入ったらしい。


 そう、実はアリア達はギルド『黎明』のメンバーとなった、冒険者になったのだ。射撃主体、魔法主体であるが『モノフィン』と『魔水膜』を更に発展させて、『エアリアルスクリュー』と『魔空膜』によって『空水気』の中でなく一般の空気のこの空を自由に『泳ぐ』事が出来るようになった彼女達は、宙を泳ぎ、『アタックシールド』を使いこなして攻撃する、冒険者としての機動力と攻撃力を手に入れたのだ。

 現在他の牝牛人族もアリア達の指導の元、『エアリアルスクリュー』と『魔空膜』を特訓中だ、冒険者希望の者はそのまま『黎明』に所属する予定だ。


「そうね、リズもヤル気だし、このままプールは一般開放もしてお客を入れたら、副収入でも結構儲かりそうね、けどこの施設一体幾らなの? 普通に考えてちょっと買える値段じゃない感じよね?」


「そこはね、ほら、『マジカルブローチ』の代金とかね、冒険者組合からの支払いが色々あるじゃないか?」


「まさか! 相殺しようなんて考えなんですか! これ使えるようにするのにも結構な金額が掛りますよ!」


サアヤが驚き声を上げるが、


「その点は大丈夫だ、組合の方でちゃんと仕上げてから引き渡す、手抜きなんてしないから任せて欲しい。……いやね、組合もここの所物入りでね、人手や物資は足りているんだけど、現金の方がね……現物支給で賄えるものは出来ればそれでお願いしたいなと」


「肝心の値段の話がまだだぜ、アツヒトさんよう、一体幾らでこの施設買わせる気なんだ? それにここって元々あいつ等『聖光騎士団』から接収した施設だろ? 元は無料じゃねえか!」


タツオがギロリとアツヒトを睨みつける。慌てて目を逸らすアツヒトにサアヤが追撃で、


「『マジカルブローチ』の初期納入分200個の報酬が2億円、追加納入分300個は製作途中ですが、半額に値段を下げられても1億語5千万円、冒険者組合に収めたその他の装備品を別にしても3億5千万円、それと全て相殺する御心算ですか?」


「施設の規模からしたらそれでも安い気でしょうけど、まあ、『マジカルブローチ』の量産型の代金の一部や、新規開発魔法の代金が魔法組合から入ってきてるし、他にも副収入が結構入ってきてるから生活には困らないわね」


ノリコはノンビリとギルドの収支を口にするが、


「ノリネエ、冒険者組合には貸しは有っても借りはないわ、有ったとしても既に支払い済みよ! 元は無料で手に入れた、不良事故物件よ、解体して更地に戻すのにもお金が必要よ、放置してゴロツキのアジトにされても困るしね。

 処分に困って押し付けるんだから……そうね、4姉妹は貴族でしょ? それに相応しい設備と内装を要求するわ、その金額なんだから出来るでしょ? ねえアツヒトさん」


「くぅ、全く君達は、少しは手加減してくれ! まあ最初から内装に手を抜く心算はないから良いけどね、その他の報酬は規定通り支払うから、『マジカルブローチ』500個の代金と引き換えにしてくれると冒険者組合としては大変に助かる」


「けど人を雇って工事するんでしょ? 支払いは結局必要になるのでは?」


「その点は問題ない、今回『カンサイ』が活躍できなかったのを彼方が非常に悔やんでいてね、彼らの全面協力の元、この施設を改装、完成させることになってる。だからヘルイチの財布は一切傷まない」


「何だそりゃ? 別に活躍しなくても問題ねえだろ? 何がダメなんだ?」


「冒険者組合では、その貢献具合がそのまま発言権、街の力に成るんだよ、『5街会議』で自分達の要求、法案を通すには貢献が必要なんだ。今年は色々事件が有ったけど、『カンサイ』は殆ど関わっていないからね、彼等も焦ってるんだよ」


「『ノーザンライト』はナツオさん達『北極星』の御蔭で大分目立ってますものね受付嬢部隊も各地に手伝いに駆り出されてますし、けど『イーストウッド』は? こちらも余り活躍はしてないようですけど?」


サアヤの疑問に、


「『イーストウッド』はタナボタなんだよ、何せ色々貢献した『暁』が移籍しただろ? 彼らの貢献がそのまま『イーストウッド』の貢献になった、成っちゃうんだよね……まあ良い冒険者は各街で取り合ってるから仕方ないんだけどね、それに『イーストウッド』は物資の供給で大分活躍したからね、裏での貢献が凄いんだよ、そっち方面で『イーストウッド』は特出しているんだ」


「そうか、それで『暁』の待遇が良いのね、ヒトシさんも喜んでいたものね。なら私達が『カンサイ』に移籍したらすっごいチヤホヤされないかな?」


「それは許可できない! 絶対にダメだ! メグミちゃん、君は忘れているかもしれないけど、君達は保護観察中でヘルイチ冒険者組合の庇護下で管理されているんだ、だから自由に移籍は出来ないんだよ、分かって欲しいな」


「まあメグミちゃんが移籍したら『カンサイ』の方で持て余すでしょうね、プリムラ様や師匠達、それに各神殿の神官長様の様な方達も居ませんしね」


「サアヤちゃん、君も含めて君達だよ、まあ彼方では確実に持て余すだろうし、あっちは『L・L』が近い、あそことは上手く付き合っているし、同盟、協力関係けど、元々アメリカ人主体だからね、一部で君達の技術力を狙って暗躍している節がある」


「『L・L』がか? なんだってそんな同盟国同士で?」


「彼らはね常にリーダーで居たいんだよ、盟主で居たいんだ、だからあらゆる技術や資源を自分達で管理したがるんだ、まあ別に悪い事じゃあない、厄介な仕事を率先して引き受けてくれているとの見方も出来る。

 ただこの異世界ではこの『5街地域』の特殊性、力が傑出している、それが彼らは気にくわない、自分達が盟主に成りたいのに『5街地域』を押さえられない。

 そこに君達の存在だ、まあ君達は目立つ、目立ちすぎる。今技術革新的に様々な動きがこの地域で起こっているけど、その中心が君達だ、間違いない。だから彼らも君達を狙って追分前から暗躍している。まあ何故か君達の家に夜襲を掛けた連中の姿が消えるんだけどね」


「はぁ? 『ママ』の守ってる家に夜襲とか命知らずね?」


「無謀にも程が有りますわね、人と違って『ママ』は夜寝ませんからね、自分から虎口に飛び込む様な物ですわね」


「『ママ』は何も言ってなかったけど? 何時も黙って守ってくれてたの?」


「そうなんでしょうね、まあ『ママ』が家に侵入してくる不審者を許す筈がないからね、全く無駄に命を捨てて、折角の人材が勿体ないわね」


「まあそれは『L・L』に限ったことじゃない、動きは目立たないけど『ライヒベルリン』も何人か送り込んで来てる」


「異世界でもその辺は変わらないのね、同じ同盟国でもそんな感じなんて悲しいわ」


ノリコが目を伏せる、


「まあ僕達も人の事は言えた義理じゃないんだけどね、この地域だって各地に人は送り込んでいるからね、スパイする心算じゃなくても色々情報は入ってくるしね」


アツヒトは務めて気軽に言っているが、


「いやな世の中ね、何だか世界の裏の嫌な部分を覗いた気分だわ」


「なあ? 話が逸れてるけど、結局ココ、買うのか?」


「バカねタツオ、他に選択肢がないでしょ? 良い? アツヒトさんはここを紹介するって名目だけど、既に決定事項なのよ、私達の同意を取る振りをしてるだけよ。だから私達はその中で出来るだけ良い条件を取りに行って居るのよ」


「あははは、酷いなメグミちゃん、僕達だってそんなに人が悪い心算はないんだけどな、本当に良い物件なんだよ?」


アツヒトの困った笑い顔を見ながらメグミを覗く3人のため息が施設の空のプール響いた。



 そんなこんなで保護して居た人達が減って現在『シーサイド』の宿泊施設にも空きが出来た。子供や、体の問題や精神の問題、又適性等の問題で冒険者に向かなかった人達もまだまだ大勢残っているが、現在治療は順調、又他の職業の斡旋、訓練も行われている。

 一部本人たちの希望でヘルイチの娼館に移っていった人達も居るらしいが、これは本人の意思なので仕方がない、それにプリムラが管理しているので酷い事にはならないだろう。


 そこで新たに生じた問題が宿泊施設の空き室問題である。冒険者達はすっかりキャンプ生活に慣れ親しみ、『シーサイド』の宿泊施設に泊らなくなっていたのだ。


「お金安上がりだし、どうせ寝るだけだし」「キャンプも案外楽しいよね!」「お風呂だけは入りに行ってるよ!」「慣れちゃえばこっちの方が楽だぜ?」「暖かいしハンモックで寝るの憧れてたんだ!」


なにせ一日の大半は迷宮の中だ、寝る為と休憩の為に地上に戻るだけである、キャンプで十分、それに本格的に休みたければ自宅に戻れば良いのだ。


 それに困った冒険者組合は、宿泊施設からの苦情の対策として、『臨海学校』を計画した。空いている宿泊施設に、子供たちを泊まらせてリクリエーションと教育を施すのだ、丁度夏休みに入るのでこれは各学校側にも歓迎された。そして第一弾として、タカノリ達、『寄宿学校』の生徒たちが招かれたのだ。これにはこの街で保護されている子供たちへの顔合わせも兼ねている。


 結局保護された子供達は、今直ぐには親元に引き取ることが出来なかった、親子関係が判明していても、その親が現在生きるために必死なのだ、子供の面倒を見る余裕が無かった。将来は一緒に住める子供もいるかもしれない、それを夢見て頑張っている訓練生も多い、しかし今は無理なのだ。

 そこで子供たちは全て一旦孤児院、『寄宿学校』で預かることになった、現在『寄宿学校』では幼・小・中・高、全ての学舎・寮で増築工事の真っ最中である。アイ様やヤヨイ様はとても喜んで、


「可愛い子達がこんなに一杯、まあどうしましょう、忙しく成るわね♪」


「全くですわね、将来が楽しみですわ、うふふ」


満面の笑みだ、基本的に子供が大好きな二人には全く苦ではないらしい。他の神殿からもシスターの増援もあり、工事の最中は『シーサイド』で『臨海学校』だ。子供達も喜んでいる。そんな理由でタカノリ達は現在『シーサイド』へ来ているのだ。


 そしてタカノリの抗議は続いていた、


「ソラだって同じだろ! 俺だって魔法の訓練も剣の訓練もしてるんだ! ソラが行くなら俺も行く! 贔屓はダメなんだぞ!」


「なんで贔屓がダメなのよ? 私はアンタの先生でも保護者でもないわよ? 只の知り合いの美人のお姉さんよ? 贔屓して何が悪いの?」


「自分で自分の事、『美人』って言ったぞこいつ」


「あら? タツオお兄ちゃん、メグミちゃんは大人しくしていれば美人ですよ?」


「ん!」


「そうね、見た目だけは最近普通になってきたわね、お金も入って、ボロボロの服も着なったし、以前はどこの幽鬼かって雰囲気だったけど、今は殺気も放たなくなったし……」


「殺気を押さえる方法を覚えたからね! 任してよ!」


「褒めてねえぞ、褒めてねえからな?」


「なに? タカノリいっしょにきたいの? ヴィータのかわりにいく?」


朝御飯のホットケーキに齧り付きながらヴィータが尋ねる、


「あんたはアイテム拾いよヴィータ! あんたはある意味一番安全なんだからしっかり働きなさい!」


「はたらきたくないでござるーーーーー!! ぜったいにはたらきたくないでござるーーー!!」


机の上で転がって駄々を捏ねるヴィータに、


「オヤツが出るわよヴィータちゃん、頑張ったらサービスで倍あげるわ、頑張りましょうね」


ノリコの甘言に、


「なに!? おやつなに? ノリコ~なにがでるの?」


「『ママ』の特製マフィンにシュークリームよ、マフィンは蜂蜜たっぷり、シュークリームはカスタードと生クリームが半々で、更にチョコレートクリームの物もあるわよ」


 カカオ豆の輸入は順調だ、水の魔王の指導の下、『シーサイド』でも栽培を始めるらしい。『シーサイド』の更に南にもう少し大きな無人島がありそこを開墾するのだそうだ。

 現地での輸入元の確保にも成功していて大量に輸入中だ、現地では薬としてごく一部の需要が有ったらしいが、まさかデザートの原料になるとは思っていなかったらしい、野生で大量に生えていて、現在農園を5街地域資本で立ち上げてゴーレムなども動員して栽培体制と収穫体制を整えている。現地でも現金収入の元として歓迎されているらしい。大勢の現地の人も雇ってカカオ豆のゴールドラッシュ状態になっているとの事だ。


「ん♪」


「なっ! なんだとうぅ!! ちょこれーとくりーむ、なんてかんびなひびき! だめだ! タカノリこんかいはゆずれない! ざんねんね」


「旨そうだな! ホント俺も食べたい! なあメグミ姉ちゃん俺も益々行きたくなったんだけど? 何とかしてよ!」


「イヤよ面倒臭い……泣かないでよ、アンタ男でしょ? ソラは私が命懸けで守るけど、流石に二人は無理ね」


タカノリは目に涙を溜めて、タツオの方を見る、


「タツオ兄ちゃん! お願いだよ! ねえお願い!」


タツオはポンと掌をタカノリの頭の上に乗せると、


「はあぁーーー、まあ仕方ねえか、分かったよ、タカノリの面倒は俺が見るさ、但し、タカノリ、ソラお前ら着替えを持って来い、どうせメグミはその辺何も言ってねえだろ? ソラ、お前も絶対に着替えを持って来い、良いか? 下着は多めに持って来るんだぞ?」


「なんで着替えが居るんだ? ん? 分けわからねえけど持ってきたら一緒に連れて行ってくれるんだな?」


「なっ、タツオお兄ちゃん! 私が漏らすと思ってるんですか! 失礼な! そこのチキンと一緒にしないで!」


「ん? な、何だよ! そうなのか! タツオ兄ちゃん!!」


子供二人の猛抗議に、タツオは頬をポリポリ掻きながら、


「まあその可能性も否定はしねえがな、それが無くても着替えは必要になる、良いか? 魔物を狩りに行くんだぜ、大概の魔物の血は魔素に分解されるから大丈夫だが、魔物の攻撃で粘液や泥水を被ることも有る、それに偶に魔素に分解されねえ血を被ることも有る、冒険者は迷宮に行く際には俺もメグミも必ず着替えは複数持っていく」


「そうですわね、私達も迂闊でしたわ、その事を伝え忘れてましたね、冒険者には必須の装備品です、『収納魔法』で納めて持っていけば嵩張りませんからね」


サアヤがタツオに同意を示すと、


「『大魔王迷宮』の各階層の休憩所にはシャワーが有るからそこで汚れを落として休憩するのよ、迷宮は汚れやすいですから、そうね体操服とか、汚れても良い服が何着か欲しいわね、それに下着は少し多めがいいわね汗も一杯かくだろうし」


ノリコも同意する。


「ん!」


そして力強くターニャも頷く。


「そうね私も伝え忘れてたわ、替えの下着や着替えは必須ね、まあ『洗浄』で洗って、『乾燥』で乾かしても良いんだけど、迷宮では魔力は無駄にできないからね」


「そうなの? なら本当に必要なだけだったのね、ごめんねタツオお兄ちゃん」


「悪かったよ兄ちゃん……」


二人はシュンと反省した様子でタツオに謝るが、メグミはそれを見ながら、


「まあ必ず漏らすでしょうけどね、良いじゃないソラが漏らすのは可愛いものだわ」


「絶対に漏らしません! メグミ姉さま意地悪です!」


「そうだぜ! 絶対に漏らすもんか!」


二人は同様に抗議するが、メグミはニヤリと悪い顔をすると、


「良いわね、掛けようか? 二人が漏らす方に私は掛けるわ、漏らさなかったらそうね、二人に武器を作ってあげるわ」


「メグミちゃん悪い顔になってます、本当にこう言った事にはノリノリなんだから」


「今日行くのは何階層? 素材集めを兼ねて20階層以降に行こうって話だったけど……」


「ノリネエ、今決めたわ、私が決めた! 23階層よ、丁度良いわあそこは遠距離攻撃系が少ないし、訓練生にも丁度いい強敵よ、数が少な目なのも良いわ、協力・連携の訓練と素材集め、両方満たせて一石二鳥ね」


「……メグミお前本当に意地が悪いな」


「子供相手に容赦有りませんわねメグミちゃん」


「あそこは確か、ああ、そう言う事ねメグミちゃん」


「ん?」


一人訳が分かっていないターニャに、今までソウタのエサ遣りに忙しく、遣り取りを黙って聞いていたカグヤがメグミを見ながら諦め顔で、


「ターニャちゃんは未だ地下23階層は未経験? そうなの? あそこはね色々と大変ですわよ」


此方もシロの相手が忙しかったアカリが、


「まあ、あそこはね……けど地下2階層よりはずっとマシよ、流石にあそこまで大きいと気持ち悪さよりも別の何かを感じるわ」


「何? ねえ23階層って結構深くない? 訓練生の演習でしょ?」


ソラが心配そうに聞いてくる、タカノリも、


「授業で習ったけど、初心者は大魔王迷宮の地下10階層位までって言ってたぞ? 対アンデット訓練でそこまでは行ってもそこより下には潜らないって」


「浅い階層で他の召喚された初心者をジャックポットに巻き込むわけにはいかないのよ、だから初心者の居ない階層で狩るのよ」


「なあ姉ちゃん、それ訓練生の人達が大変じゃない? 大丈夫なの? その人達も訓練初めて間が無いんだよね?」


「ああ、その辺は平気よ、ウチの訓練生は装備で大分底上げしてるからね。連携も取れてるし、第一数が多いから、普通ならソロで13階層のオーガが倒せるかどうかって腕でも、20階層以降でも戦える程度になってるわ」


「ねえメグミお姉ちゃん、23階層って一体何が居るの?」


若干ソラが怯えながら尋ねると、メグミは満面の笑みで、


「喜びなさい、ソラ、それと特にタカノリ、カブトムシを採りに行くわよ!!」

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