第82話新たなる鎧

 『水の魔王の迷宮』この迷宮はその名の通り『水の魔王』が最下層に住むといわれる水棲の魔物が多数出現する迷宮である。


 この『水の魔王』別段他の街の迷宮の魔王と合わせて魔王4天王とか名乗って大魔王の配下とかではないらしい。そもそも4天王なら『大魔王迷宮』で大魔王と一緒に居て大魔王を守ってないとおかしい。こんな離れてんだか近いんだか分からない所に迷宮作ってる時点で違うのだ、単なる大魔王のお友達、中の良い魔王の一人が『大魔王迷宮』の隣に迷宮作って住んじゃっただけ、と大魔王と『水の魔王』本人たちが語っているそうだ。そもそも5街地域の他の3つの迷宮の魔王も大魔王のお友達の魔王で、仲がいい同士で近くに住んでいるという何とも、何処の仲良しこよしだ? という話だそうで、特に配下とかじゃなくてお互い好き勝手にやっているそうだ。


 話が逸れたが『水の魔王の迷宮』に話を戻そう、この迷宮の最大の特徴はそこに満たされている『空水気』これは普通の空気の特徴と水中の特徴を併せ持つ半気体、半液体である。肺呼吸も鰓呼吸も出来る。だからメグミ達も活動できるし、魚の様な魚類も活動できる。ここまでは、まあ良い、水棲魔物に陸に上がって活動しろと言っても無理だし、人に水中で魔物を狩れと言っても限界がある。その為の『空水気』、分からない話ではない。だがこの『空水気』の中では魚類は元気に宙を泳ぎ、人はその水中程ではないが空気中よりも重い抵抗に動きを大幅に制限される。


 『水の魔王の迷宮』地下1階はまだ『空水気』は薄い、ほぼ大気で、水の壁に包まれた通路を進みその水の壁から飛び出して襲い掛かる魔物を倒せばいい、午後から迷宮に潜ったメグミ達はガンガン進み、階層主の『ジェットキャノンサラマンダー』(ちなみに体長10メートルの山椒魚、水の塊をを勢いよく口から吐き出す)とその取り巻きの『ウォーターピストルルーパー』(体長3メートル程の山椒魚、水を勢いよく口から吐き出すのは一緒だか水量が少ない)20匹を粉砕し、地下2階に下りてきていた。


 地下2階、此処から水の壁に加えて『空水気』が満たされ、メグミ達はその足を止めていた。


「くそ! なんなのよこの『空水気』ってのは、動きにくい」


「サアヤちゃんどう? 解析できそう?」


「もう少し待って下さいノリコお姉さま、今『萃香』と解析中、20%位の解析率です」


「敵!」


「どこ?」


「前方!」


「距離は?」


「40メートル」


「壁の向こう側か、アイツらはいいわよね壁関係ないもの、数は?」


「10!」


「種類は分かる?」


「『カマスピア』!」


「またアイツか、全員防御態勢、アクティブシールド展開、タツオ攻撃は任せたわよ」


「あいよ! 任せな、『燕』行くぜ!」


「来る!」


前方の水の壁から槍の様に細長い3メートル程の魚が飛び出して来る、そしてそのまま宙を泳いで10メートル前方に居るメグミ達目掛け突撃してくる。


「相変わらず、理不尽な! なんでアイツらだけ自由に動けるのよ!」


「来るぜ! 『空絶』」


タツオが『空水気』を『燕』の空間操作で押しのける、突如大気に放り出される『カマスピア』、浮力を失い自由落下はするが、その突撃の勢いは止まらない、そのまま放物線を描いてメグミ達の元に殺到する。


「でかしたタツオ、前衛突貫! 3枚に下ろすわよ!」


タツオが『空水気』を押しのけた空間にメグミ、ターニャ、『カナ』が突撃し、すれ違いざまに『カマスピア』を切り裂く、しかし1匹切り逃して後ろに抜ける、


「しまった!」


「大丈夫よ、メグミちゃん」


ノリコの展開したアクティブシールドが後ろに抜けた『カマスピア』を弾き、逸れた『カマスピア』は地面に突き刺さり動きを止める、引き抜こうとバタバタ暴れるが、サアヤがショートソードでその胴を袈裟切りにして2つに断つ。


「アクティブシールド、使えるわね!」



 現在メグミ達は新たに作成した防具に身を包んいる、今回メグミが防具を製作するにあたって、新たに考案したのは大きくは2つ、魔力操作で自由に動かせる、浮遊する盾『アクティブシールド』、そしてその身を包みながら僅かにその身から浮くことで動きを阻害しない装甲鎧、『フローティングアーマー』


 『アクティブシールド』は浮遊する盾、以前アイアンゴーレム戦で敵の使用していた監視偵察の魔道具、それに盾が装備され空中に浮いていたことにヒントを得て、更にナツオの使用していた映像撮影装置、この3機の浮遊し自由に動く機構、これらの技術を応用発展させコントロールに同時詠唱等で培った魔力操作技術を組み込み、手で支えることなく盾を運用する。

 両手が空いた状態で、その武器の使用を阻害しない盾の運用を可能としたこの機構は、前衛のメグミ、タツオ、『カナ』、ターニャは左右に2枚、肩を中心に配置し攻撃時には肩の後ろに、防御時には肩の前に展開する。後衛のノリコには4枚、サアヤには6枚の盾が体の周囲を浮遊しその身を守る。またこれらの盾は戦闘状態にない時には背面に連結されその魔力消費を抑える機構も採用している。


 『フローティングアーマー』は体から浮いた鎧、一定距離を保ち、体の動きに追従するこの装甲は、『アクティブシールド』と同じ機構を別方向で発展させ、硬い装甲を持ちながら体の動きを一切阻害することが無い様に、体から浮くことで可動範囲を上げている。また体から浮くことで衝撃をその身体に伝えることなく、高い打撃耐性を持つ。此方は浮く機能に絞った為、魔力効率が良く、常時浮遊しても問題にならない魔力消費に抑えることが出来た。


 どちらも体から浮く事で、身体に掛かる重量負担が非常に軽いことも特徴である、しかし体ごと移動する際の慣性は有るため、軽い素材に更に軽量化と慣性制御の魔法式を組み込むことで一応の解決としている。メグミとしては更に鎧を利用した空中機動まで行いたかったが、今回は取り合えずの完成を急ぐことも有りここ迄とした、将来的には更に発展させ、空中を自由に飛び回る予定である。


 更に『フローティングアーマー』の下にはアンダーアーマーとして対刃繊維で編み込まれた布を使用し、急所を局所的に甲殻で覆った特殊スーツを着用している、各所に魔法球を配置して、強化し、更に『フローティングアーマー』『アクティブシールド』のコントロール機能も補助させている。


 これら一連の防具の防御力は凄まじく、完成品で試した実験では、戦車の砲弾の直撃すら耐えると言わしめた、メグミはこれらを作るのに一切の遠慮をしなかった、素材は冒険者組合持ちだといわれたし、ナツオやコウイチなどの知り合いの技術者ネットワークをフル活用し、師匠達を扱き使いあらゆる技術を吐き出させ、それを学び、お金に糸目を付けず、持てる技術を全て注ぎ込んだ。


「いや全く、『カナ』を見て落ち込んだけど、またすぐに心を折ってくるとは思わなかったねえ」


「何でしょうね? アニメなんか見て思い付きはするのでしょうけど、それを実行に移そうとはね。確かに、こうして出来るだけの技術的素地は出来てたんですよね……」


ナツオとコウイチの心を再び折りながら防具は完成した。ここ迄の防御力の再現は素材的に困難だが、これらの技術はこの地域の冒険者の防御力を飛躍的に高めることになる、そう革新の確信を関係者全員が持った。



 この防具を製作するにあたってデザインや色は、此処の個人の意見を取りえれたのだが……


タツオは、


「黒系が落ち着くからそれで頼まぁ」


ターニャは、


「何色が……」


「白!!」


「ねえターニャは斥候でしょう?」


「ん!」


「色は?」


「白!!」


『聖騎士』の職能を持つタツオが黒で、『くノ一』のターニャが白、


(普通逆よね? なんで?)


メグミの疑問など無視して、黒系統で纏められたタツオと、全身真っ白なターニャ、まあ二人とも喜んでいるから良いのだが……


 ノリコは大地母神の神官服っぽく白色に青色の縁取りと模様の入った物、サアヤは青色に金色の縁取りと模様が入った物になった。サアヤは青系統が好きなようだ、服もその系統の服が多い。


 アカリとカグヤの物は同じ大地母神だからノリコと一緒で良いのでは? とのメグミの意見は無視され、薄いピンク色に赤色の縁取りと模様が入った物と乳白色に金色の縁取りと模様の入った物になった。大地母神の神官服と違うが良いのか? とのメグミの質問に、


「鎧は神官服ではありませんよ、メグミちゃん」


「そもそも鎧まで神官服のデザインに合わせているノリコお姉さまが変わっているのですわ、普通は鎧は好きな色で、好きなデザインの物を選ぶ物ですわ」


正式な鎧など無い神官にとってはそれが普通らしい。


 メグミは特に色にこだわりが無かったので、まあ良いかと『フローティングアーマー』を薄いベージュに『アンダーアーマー』を黒色で纏めた。


 『カナ』も特に本人の希望が無かったためメグミの独断で紺色に銀色の縁取り、アクセントで金色を所々に配して、『アンダーアーマー』はメグミと一緒の黒色にした。

 


 背後のノリコ達の様子を、切り倒した前方の『カマスピア』を見たまま確認したメグミは、サアヤの背後に発生した『ビックマウス』(鋭い刃の並んだ大きな口の魚、体長は1.5メートル程だが口の大きさも1.5メートル)に咄嗟に『アクティブソード』で攻撃する。口を開きかけた『ビックマウス』をメグミの背中から飛んで行った剣が両断する。


「『アクティブソード』も動作バッチリね、ちゃんと恩恵も乗ってるし、やっぱり使えるじゃないコレ」


「それをコントロールできるのはお前らだけだ、あれだな、やっぱり同時詠唱修行しないとダメだな、俺は『アクティブシールド』のコントロールだけで限界だな」


『アクティブソード』を背中に引き戻しながらメグミは、


「ねえそれより『マルチアイ』はやっぱりダメなの? 便利なんだけど?」


「アレを目を開けたまま使えるのはお前だけだ、あんな物使ってたら酔っちまうよ」


「下手に使うと、頭痛がしますよアレは、良く平気ですね?」


「サアヤは『アクティブシールド』を欲張り過ぎじゃないの? それに処理能力取られ過ぎで余裕がないんじゃない?」


「けどメグミちゃん、あれ私も苦手よ? 視界が広がって便利ってメグミちゃんは言うけど、違和感しか感じないわ」


 現在メグミには頭に付けたサークレットから脳に直接信号を送り込んで全周囲の景色が認識できている。頭部の『フローティングアーマー』の後部に付けた『マルチアイ』用の光学センサー魔法球他、全身に配された光学センサー魔法球から読み取ったデータを首後ろの『フローティングアーマー』内に設置した演算処理魔法球にて処理して、頭部のサークレットに送信し脳に信号を流し込んでいた。

 ナツオの3D映像撮影装置の画像処理技術と脳内映像を写し取る装置の開発過程で出来た、脳内に映像を投射する装置の融合発展形である、脳から直接情報を読み取る装置は既に実用化されていた為、その逆を行って脳に情報を送り込むのはそれほど難しい技術ではなかった。


 しかしこの『マルチアイ』非常に不評だ、普段から視界を広く、全周の気配を探りながら戦っていたメグミには、普段の認識に、色とディティールが加わって便利になっただけに感じるのだが、他の人にはいきなり視野が広がり、自己の視界の中心、自分の位置の把握すら難しくなり、乗り物酔いの酷い状態になり、頭痛も伴うらしい。メグミ以外の鎧の『マルチアイ』は基本オフになっていて偵察など物陰から光学センサー魔法球だけ出して通路の先を覗う位にしか役に立っていない。ターニャに試作途中で付けて試して貰ったら、


「んにゃあん!!」


そう叫んで頭を抱えてしまった、以来この『フローティングアーマー』のヘルメットすら被るのを嫌がる様になっている、トラウマを植え付けたらしい、まあ今日も安全の為被らせているが、


「うにゃあ!」


そう言って嫌がるのだ、この時だけは猫っぽい語尾に「にゃ」が付くのが可愛くて、どんなに嫌がろうとメグミは被らせている。


 『アクティブソード』は『アクティブシールド』の応用だ、より細かい制御を行えるようにして、更に、稼働可能範囲を周囲10メートル位まで広げた、メグミとしては2枚の『アクティブシールド』も『アクティブソード』に替えて、疑似五刀流も試したいのだが、防御力を優先させるために、ノリコ、サアヤから許可が下りない。まあ攻撃力は足りている為、特に文句はないのだが、ロマンが五刀流にはあるのだ、いつかやって見たい。サアヤも今日は午前中の転送の件で未だ弱っている為、防御力優先で『アクティブシールド』6枚で有るが、普段はこのうちの2枚を『アクティブソード』に変更して運用している。リーチの長い物理攻撃手段が出来て中々に便利なのだ。


 また話が逸れたが、現在、メグミ達がこの場に留まって何をやっているかと言えば、魔法の解析だ。この階層の魔物は自由に『空水気』の中を泳ぎ回るが、これは明らかに不自然だ。メグミ達が『空水気』の中で抵抗により動きが鈍るのなら、魔物だって『空水気』の中で浮力が下がって、ああも自由に動けない筈だ、水を掻くのとは違い、動くスピードも鈍って然るべき、しかし実際はそうはなっていない、相手は自由に動き回り、メグミ達だけが不自由をしている。


「これは何らかの魔法で魔物がその機動性を確保していると見て間違いはない」


そう結論付けたメグミ達は今こうしてサアヤが中心になって魔物の魔力、魔法の観察と演算処理魔法球での解析を行っている。仕組みが分かれば、メグミ達もそれを応用して『空水気』の中でもう少し自由に動ける筈である。


「サアヤ、今どのくらい?」


「50%の解析率です、やはり小型の鎧の演算処理魔法球では力不足ですね、時間が掛ります」


「結構大きさの割に性能良い筈なんだけどな、省燃費と小型化に特化した分、家の大型のに比べると劣るのは仕方がないわよ、一旦戻って解析する?」


「解析が終わったら、応用の魔法を出来れば直ぐに試したいですね、にしても他の冒険者はどうやってるんでしょうねこの『空水気』の中で」


「案外、マーメイドやスキュラから聞いてて、既にそう言ったこの迷宮専用の魔法なんかが有るのかもね、もう少し情報収集すべきだったわね」


「なんでハルミ様は教えてくれなかったのかしら?」


「そりゃノリネエ、地下2階まで下りると思ってなかったんじゃない?」


「低階層で適当に狩るだけで良いって言ってましたわ」


「戻って聞いた方が早いのかな?」


「けどメグミちゃん、このまま解析が済めば、相手の動きを封じる魔法の開発も可能になります、今度はこちらが自由に動いて、相手に不自由をさせたいと思いませんか?」


「敵!!」


「次が来たわよ、何処?」


「右斜め前!」


「距離は?」


「50メートル!」


「また壁の向こうからか、数は?」


「8!」


「種類は?」


「『ソードフィッシュ』!」


「あいつら乱数機動するから面倒なのよね、まだ『カマスピア』の方が楽よね」


メグミの愚痴が漏れる中、『水の魔王の迷宮』の探索が続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る