第45話地下1階、領域主の調査

『アップルラビット』

 最初にこの魔物を見たメグミは何かの冗談かと思った。この魔物は得物が近くに寄るまでは巨大な林檎である、それが一定距離まで得物が近づくと割れる、6切れに割れて、メグミも子供の頃母に作ってもらったあの『林檎の兎』になって襲い掛かってくる。師匠達に言わせれば、人型や動物、昆虫型が真面なまともだけで有り、迷宮を進めばこんな冗談の様な形状の魔物の方が圧倒的に多いのだから慣れろっとの事だった。

 赤い表皮、白色の果肉、見た目はあの『林檎の兎』、しかし赤い表皮は非常に硬い鎧兼、シャープな切り口は刃物である、白い果肉に見えるが、白いモコモコの毛に覆われているだけである。円らな赤い瞳、鋭い牙の生えた口、足? なのか体全体を曲げて跳ねるように移動する。6体がまるで一つの生き物の様に連携攻撃をして来るので、初心者や少人数のパーティーには嫌われている。元が一個の林檎である当然と言えば当然なのだろうが、全く乱れないこの連携は脅威以外の何物でもない、辛うじて救いは、余り一体一体が強くないことであろうか、それでも大型犬よりも巨大なその体での突進だけでも十分脅威ではあるのだ。

 またこの魔物は、『アップルツリー』と呼ばれる魔物の一部である、本体の『アップルツリー』は『魔素樹』に擬態しており、見つけるのは非常に困難であるが、この『アップルツリー』自体は攻撃も移動もしない為、見つけられれば倒すのは容易い。

 但し、『アップルラビット』は『アップルツリー』を中心に枝を伸ばして実り、群生している為、そうでなくても6体同時なのに、6の倍数の群れで襲い掛かってくるため『初心者キラー』として君臨する、地下1階層一の厄介者である。


 その『アップルラビット』を左右のショートソードで次々と二つに切り分けていた。メグミはここにきて漸くようやく植物型魔物の倒し方を会得した。いや違う、メグミにとって簡単に倒せる方法を見つけた。

 【問答無用で真っ二つ】

 細かいことは一切考えずに、『加護』『武技』『魔法』を駆使し、燃費の良い『斬鉄剣』を常時発動しておけば、弱点とか急所とか深いことを考えずに只管ひたすら真っ二つに切り裂いた方が速い、真っ二つにされて生きている植物型魔物は居ない。単純な事であったが、余りに強引で力業な為、誰にでも出来ることではない、しかしメグミには出来る、そう出来てしまうのだ。


(色々悩んでいたのが馬鹿みたいだわ……)


 他のパーティーメンバー、特にサアヤが問答無用で『風の刃』で切り刻んでいるのをみて、メグミもブチ切れてやってみたら思いのほか簡単に倒せた、そこでもうメグミも悩むのを止めた。こんなふざけた魔物を相手に悩むだけ無駄だと悟った。

 そうして『アップルラビット』を倒していると青い丸い物体がフヨフヨと漂ってくる、『ブルーアイズ』だ。この魔物は巨大な青いブルーベリーの実にこれまた巨大な一つ目が付いた魔物で、その目から発せられる光は、一瞬の硬直を生み、また光の矢の様な物をその瞳から発生させる。近接型の『アップルラビット』や中距離型『クラッカーベリー』と良く一緒に現れる、嫌らしい遠距離攻撃を仕掛けてくる魔物だ。

 この硬直攻撃は初心者の内は非常に危険で、硬直した隙に『アップルラビット』の連続連携攻撃でタコ殴りされたりと、とても厄介なのだ。しかし、メグミ達を含め一定以上の魔法抵抗力を持つ冒険者にはこの硬直攻撃は一切の効果がなく、散発的に放たれる光の矢も威力に劣り、脅威足りえない。今のメグミ達には既にボーナスモンスター扱いである、この『ブルーアイズ』は倒すと結構な量のブルーベリーを例の薄皮の袋に入れて落とすのだ。

 メグミは新たに覚えて置いた武技『真空刃』で斬撃を飛ばしてサクサク仕留める。この『真空刃』は魔力を消費することなく遠距離を攻撃出来、可成り使い勝手がいい、威力が直接攻撃に比べると劣るが、それでも咄嗟に出せて、ある程度連射できる。

 メグミの『特殊魔法』『剣陣乱舞』はこの『真空刃』を辺り一帯に巻き散らすような魔法であるが、滅多なことでは使えない、この世界の魔法は味方を避けてはくれない為、味方の近くで使うと味方も切り刻んでしまう。常にフレンドリーファイアが有効になっており、しかも威力の減衰もない、ゲームとは違うのだ。


 後を見ればアカリが『クラッカーベリー』の赤い巨大な苺の様に見える緑の蔦の先に付いた分銅をランスの回転部分の絡めとり、回転で蔦を引っ張り、緑の長い葉の塊のような本体を引き寄せて削り殺していた。2本の分銅を巧みに操り、本体が小型で素早く動くこの魔物は真面にまともに相手にすると結構厄介なのだが、流石は超進化ランス、苦も無く削り殺している。

 このランスにも名前が付いているらしいのだが、アカリは決して教えてくれない。元『大人の玩具』であるこのランスの名前は当然その当時の物であり、とても口に出せるのもではないとカグヤが教えてくれた。剣の名前、要するに精霊の名前は重要だ、精霊が認めれば変更は可能だが、しかし、そうすれば精霊がそれまでに得た力を大半を失うのだ。自己の存在の確定、その為の名前を変更するということは、その精霊が生まれ変わるのと同義に近い、『ママ』は既に消滅寸前で有った為、力の消失はほぼなかった様だが、精霊にとってそれは非常に辛い事である。アカリのランスの精霊は超進化している、その力を失うこと嫌い、またそれでは意味がないとの理由で、名前はそのままであるそうだ。


 『超イカせ7号』アカリのお母様が無情にも言いふらしたこの武器の名前は決して口にしてはいけない、アカリの前では例え知っていてもだと、そうメグミ達はカグヤから教えてもらった。


(カグヤに秘密は絶対に喋ってはいけない)

 

メグミはその時、心に誓った。

 因みにこのランス、今は回転しているだけだが、元の機能を超進化させており、温める機能が灼熱化に、振動が超破砕振動に、クネクネ変形がトゲトゲ変形にそれぞれ超進化しているとのことである。邪神でも一発で昇天しそうな進化具合である。

 ドリルは男のロマンと言うが、この多機能ドリルはメグミでも燃える、決して自分で造る気はないが…………元の機能の充実ぶりは日本人の拘りのなせる業なのだろうか? 異世界になんてもの持ち込むんだと思わないではないが、遥々遠方の王侯貴族からも注文の入る、超人気商品との事、まあ分からないではないが良いのか? それで!?


 今メグミ達は領域主『シルバーアップルラビット』のいる階層中央部に向かっている。今朝アツヒト達と迷宮前に仮設置された『対策本部』で話し合い。

・先ずは第一目標から順次進めること。

・地下2階層は地下1階層終了後に又相談して決める。

となった、やはり地下2階は不人気でタツオが寧ろ例外で、男でも嫌っている者が大半で有った。

 所で『シルバーアップルラビット』であるが『シルバーアップルツリー』がある筈であるが、こちらは多数の魔素樹に紛れている所為か今まで殆ど見つかったことがないそうである。その付近には魔物が多く、大して儲からない為、態々危険を冒してまで探す必要がなかったとのことである。

 領域主は『シルバーアップルツリー』であるが倒す必要性が皆無である為、今回も『シルバーアップルラビット』に変化がなければ無視してよいとのことだ。逆に『ゴールデンアップルツリー』はレアドロップが儲かり、また擬態することなく堂々と一本で生えている為、結構討伐されたことが有るとのことだ、当然こちらの周辺には『ゴールデンアップルラビット』が多数生息していて、単体としても手ごわい魔物が群れで襲ってくるため、滅多に近寄るパーティーも居ない地域らしい。

 此方も『ゴールデンアップルラビット』に変化がなければ『ゴールデンアップルツリー』は無視して良さそうなものであるが、『ゴールデンアップルツリー』は一度攻撃してきた者を決して許さず、しつこく追撃する、また『ゴールデンアップルラビット』は倒しても倒しても無限に沸くのでサッサと本体を倒さないと、消耗戦になり先に力尽きるとのことだ。


 方針が決まりこうして目的地に向かっているが、魔物の数がやはり多い。カグヤは昨日に引き続き高笑いを上げながら敵を粉砕して道を切り開き、左右にノリコとメグミが付き敵が回り込むのを防ぐ、中央部のサアヤが遠距離の敵集団に魔法を打ち込み、後方ではアカリとタツオが殿を務める、

 タツオは今は太刀装備で、メグミ同様に真っ二つ作戦に切り替えたようである。敵の数の多さから力の消費を抑えるにもこちらの方が良いと判断したのだろう。ペット3匹は昨日に引き続きドロップアイテムの回収をお願いしている。


 そうして広い通路を進んで行くと、昨日の休憩所のドームの倍はあろうかという大きなドームに出た、此処が階層中央ドームであろう。中央に大きな天井まで伸びる柱が一本ありその周囲を魔素樹が取り囲んでいる。恐らくあの魔素樹の内のどれかが『シルバーアップルツリー』なのであろう。周囲には『アップルラビット』の倍くらいの大きさの巨大な銀色の林檎が多数実っている。にしてもその数に少しウンザリする、またこの広い広間の彼方此方あちこちに『アップルラビット』の林檎も実っており、


(これは……ちょっと突いただけですっごい数で敵がリンクして押し寄せそうね……)


 敵がリンクするとは魔物の内どれか一匹に攻撃が当たると、その周辺の魔物が一斉にその攻撃者に対して敵対・攻撃を仕掛けてくる事である、その範囲はどんどん拡大して行き、周囲一帯の敵が全てリンクするのはこの階層では珍しくない。


「ねえノリネエ、調査は良いけどこれ近くに寄るのも難しくなない?」


「私が長弓に魔法を乗せて突いてみましょうか? 『シルバーアップルラビット』を一匹倒せば十分でしょ? ノリコお姉さま」


「大規模範囲魔法で焼き払った方が手っ取り早い事ないですか? メグミ先輩」


「カグヤあんた初心者講習で何聞いてたの? 魔素樹は出来るだけ傷つけちゃダメなのよ、だからサアヤも炎系の魔法は使ってないでしょ」


「けど生木だからあまり燃えないんじゃないですか?」


「良く足元を見なさい、這い回ってる根っこの下や隙間に落ち葉が結構積もってるでしょ? それに這い回ってる魔素樹も枯れてる枝も結構あるのよ、雨の多い季節や昨日の休憩所みたいに湖でもあれば平気だろうけど、此処は密林とはいえ割と乾燥してる区画よ、多分サアヤが全力で大規模火炎魔法使ったら火の海ね。魔素樹が燃えたら天井も支えられなくなって落ちてきてドームが崩壊するんじゃない?」


「でもこの数を相手にするのは…………」


「最悪は私が『疾風迅雷』で敵の群れに突っ込んで『剣陣乱舞』で殲滅するわ、ノリネエどうする?」


「サアヤちゃん、此処から中央柱まで1000メートル、一番手前の銀の林檎まで600メートル、長弓で届くの?」


「長弓に風を付与魔法で付与します、多めに魔力を込めれば最長2000メートルまで届きます、ですので1200メートル位までならワンホールショットで射抜けますわ、お姉さま」


「凄いわね、狙撃銃並みなのかしら?」


「ノリネエ、その距離のワンホールショットは狙撃銃でも無理よ、エルフだからなのか、サアヤが異常なのか……」


「サアヤちゃんが異常なのよ、私の知り合いのエルフはその半分が精々よ」


「それでも半分位なら普通に居るのか、エルフって本当に弓が得意なのね」


 アカリの知り合いのエルフが普通であるなら今回の600メートルの狙撃位エルフなら当たり前に出来ると言っているのと同義である。メグミには魔法を使って600メートル届くかどうかの距離だ、狙うなんてとんでもない、この異世界はこの辺の能力が異次元過ぎる世界なのだが……


「ではサアヤちゃんお願いするわ、この距離だと、敵がリンクするかどうかも怪しいわね、そもそもこちらに気が付くかしら?」


「まあ警戒はしましょう、サアヤを中心に全方位警戒、敵がリンクしたらカグヤは足止め、私が突っ込んで大半を沈めるから、後は後退しながら地道に潰していきましょ。調査が目的で討伐じゃないんだし」


 皆が頷く、このパーティでは方針はノリコが中心になって決め、実践指示はメグミが決めると言う役割分担をしている。それぞれ得手不得手が有るので補い合っているのだ。

 サアヤが長弓を取り出し、矢をつがえて魔法を掛けていく、この長弓もメグミとサアヤの合作だ、メグミが本体を造り、サアヤが魔法球を造って魔法を付与してある。つがえた矢に弦を伝って弓の付与魔法も流れ込んでいく、この長弓、矢は初速こそ弦を張った弓の張力で押し出されるがそれ以降は弓に付与された魔法と射手の風の付与魔法によって加速、コントロールされる為、正確には弓ではなく魔道具、魔法矢発射装置と呼んだ方が正確である。

 サアヤが矢を射ると打ち出された矢はコントロールされ狙い違わず、銀色の林檎を射抜く。一射目で一切れ分の『シルバーアップルラビット』が実から剥がれ落ち、ヨロヨロとしているところへ二射目の矢が辺り魔素に分解していく。

 その他の林檎の実は反応することなく、射られた銀色の林檎の他の『シルバーアップルラビット』も実から分離し、分解していく自分の分身を見守るが何が起きたか理解できない様子でオロオロとしている。この距離ではメグミ達を探知できないらしい。


「特に変わった様子には見えないね?」


「そうですわね、一射で死ななかったのも植物系には弓は不利ですからね、仕方がないかと……ノリコお姉さまどうしますか?」


「できれば確認用に念のため、もう一匹仕留めたいわね、サアヤちゃん気が付かれないで行けそう?」


「あの林檎の個体は今の状態だと気が付かれるかも、100メートルほど右に離れた彼方のあちらの銀色の林檎を狙ってみます」


「そうね、それが良いかも、メグミちゃんどうかしら?」


「それでいいと思うわ、サアヤお願い」


 サアヤは頷いて又狙撃する。今度の『シルバーアップルラビット』も前回と同様に特に変わった様子はない。


「ここは外れのようね、まあ当たらない方が良いのだけど、このまま『ゴールデンアップルツリー』に行きましょう、アカリさんアツヒトさんに連絡を、このまま『転移魔方陣』まで下がりましょう」

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