第26話影で囁くもの
「んんーーーっ!」
立ち上がった人物は大きく背伸びをする。座っていた場所にはクッションと、ボストンバックの様な大きな袋。手に持った薄い本をその袋に入れて、袋とクッションを『収納魔法』で片付ける。
(今日は良い一日だったわ、こんな中途半端な季節なのに新刊が想像以上に大量に刊行されてたし、序に寄り道したら、こちらも予想外に美味しかったわ)
手に入れた『薄い本』と生きの良い『負の感情』を思い出し妖しく微笑を浮かべる。
美女だった、いや『絶世』の美女と言った方が適切だろう、長いまつ毛から覗く、深紅の瞳、その大きな瞳と形の良い鼻、小さな口を彩る唇は綺麗なピンク色、白磁の肌につややかな銀髪が映える。
その人間離れした美貌! 美しい銀髪が光輝き、赤い瞳が暗闇で怪しい赤い光を放つ……
彼女は存在そのものがオーラを放ち光の粒子を纏っているようだった。だが、それは聖女のような清らかな雰囲気ではない。
見る者を惑わす妖艶な印象を受ける。
『傾国の美女』
その言葉が良く似合う。
それは美貌の所為だけではない。大きく形の良い胸、くびれた腰、形の良いお尻、文句の付けようのない抜群のプロポーション、その肢体から滲み出る色香、それが彼女をより一層妖艶に魅せていた。
そのグラマラスな肢体を、体に沿う白いワンピースで包む、胸の前を編み込んだ紐でとめているため、より一層胸のボリュームが引き立つ、それを肩から掛けるベージュのストールが申し訳程度に隠す。
決して露出が激しく、下品な服装ではない、どちらかと言えばラフでは有るが清楚な、シンプルな出で立ちだ。
にも拘らず、零れだす様な色香を辺りに振りまくのだ。
美しく波打つ長い銀髪を無造作にかき上げ、髪を整えると、
「ごちそうさまでした」
鈴の音の様な、美しい声で彼女は誰もいない目の前の空間に頭を下げる。
(んふっ♪ ちょっと地上に来たついでに、つまみ食いのつもりだったけど。
今日のは良かったわ、死の恐怖、怯え、困惑、僻み、嫉妬、とても美味しかったわ。
やっぱり負の感情も若くて新鮮なのに限るわね!)
彼女は頬に手を当て、その味を思い出す様にウットリとする。
(やっぱり若いと感情が濃いのよね、それでいてまろやか! コクマロ!
お年寄りのドロリとしてコッテリなのも良いけど……やっぱり若い方が良いわ! 喉越しが爽やかなのよ!
食べ過ぎても余り胃もたれしないのが良いわね……
にしてもちょっと魔素を漏らすだけで、こうも上手く行くとは思わなかったわ。
これからはちょくちょくツマミ食いに来ようかしら?)
頬に指を当てて首を傾げる。因みに彼女は今一人、誰かに見せる為の仕草ではない。普段から一人部屋にこもりがちな彼女は鏡相手に自分で自分に問いかける、一人芝居が癖になっていた。
(うううぅ、何やってるの私は!! ダメね……こんな一人で百面相してる姿、他の誰かに見られたら恥ずかしくて死んじゃうわ!)
顔を覆ってしゃがみ込む。しかし、その仕草も一人でやっていては意味不明、傍から見ればいきなり一人で顔を覆ってしゃがみ込んだ挙動不審な女性だ。
その事に思い至り、
(ダメだわ、言ってる傍から私ったら何してるの! ああもうっ!! 用事も済んだし早くお部屋に戻ろう!
あそこだけよ私が自由で居られるのは、こんな所を誰かに見つかるわけには行かないわ!)
彼女は孤独だった、別に周りに他者が居ない訳ではない、部下は沢山いる。そう部下しか周りに居ないのだ……
(別段仕事が有るわけじゃなし……引きこもって何が悪いのよ! どうせ周りが上手くやってくれるわ、お飾りなんだし、居るだけで良いんでしょ? 良いのよ私は引きこもりで!!)
ふんすっと鼻息も荒く拳を握りしめて引きこもり宣言を心の中でする。
とても残念んな絶世の美女がそこに居た。
決して友達が居ない訳ではない。近所に4人程、仲の良い友達が居る、
(そうよ引きこもりの私にだって友達が居るわ、ボッチじゃないもの! 誇りをもって私は引きこもってるのよ!)
だが、その友達も彼女と同じく引きこもり、引きこもり同士、滅多に会えない。
残念過ぎる友人関係であった。
(はっ! 引きこもり同士だったわ……どうなってるの!! なんでみんな引きこもりなのよ!! 偶には遊びに来なさいよっ!! 寂しいでしょ!!)
いきなり跪いて涙を浮かべて地面を叩いてやり場のない感情をぶつける。一人きりで……
完全に不審者だ。
そもそも自分が遊びに行けば良いだけ……その事に思い至って、彼女は服に付いた土を払って立ち上がり、気まずそうに咳ばらいをする。
(こほんっ、まっ……まあ今度、食事にでも誘って見ても良いわね……
そうよココは穴場よ、結構良いんじゃないかしら?)
手を叩いて自分の閃いたアイデアを自画自賛する。もうこの一人芝居は体に染みついて居り止められないらしい。
そしてその思い付きを実行するにあたって、ちょっとした障害が有ることに思い至る。
(……まあ、思った以上に大きな魔物が沸いたときは驚いたけど……
あの位、些細な問題よね? ちょっとしたミスよ、気にしたら負けよね!
いざとなったら私が出て行って倒せばいいんだし、誰も死んでないからOKよね?)
見習い冒険者が少し位トラウマを抱える分には、彼女には全く問題が無かった、寧ろウジウジと苦悩してくれればその分、負の感情が増える特典付きだ。
そう自分が原因だと気づかれなければ何も問題はない。
(誰にも、誰にも見つかってないわよね? ……あの子……なんだか目が合ったような気もするけど……きっと気の所為ね! ばれてないから問題ないわきっと!
閉鎖されたルームがあって本当によかったわ、都合よく勘違いしてくれたわ♪)
閉鎖された魔素の濃いルームがあるのは非常に都合がよかった。ただその所為で、計算が狂い予想外の魔物が発生した可能性もあるが、すべて気のせいにして思い悩むのをやめた。
そう彼女は思い悩むのは嫌いなのだ、お気軽に生きていくのを信条としている。
ただ一点見過ごせないことがある、お気軽に生きていく上で看過できない問題があるのだ。
(そうよ……想定外と言えばあの魔物を倒した子、あの子も想定外だわ……
あの子にはなんだか嫌な予感しかしない……こんなの久しぶりよね?
前回はあんなに頼んだのに許してもらえなくて、問答無用で殺されちゃったから、今回は情に訴えようと女性に転生したけど……女の子にもこの姿で情に訴えることできるのかしら??)
顎に人差し指を当て首をかしげる。
(ま、いいか、そうと決まったわけじゃあないし、あの程度ならいくら成長が早くても、まだまだ5・6年はへっちゃらでしょ。
それよりも小腹も膨れたしぃ、早く帰って新刊の続き読まなくちゃ)
地面に彼女を中心に魔方陣が光りながら浮かび上がって、その体を包んだと思ったらその美女は忽然と姿を消していた。
再び静寂の戻ったルーム。
声が突如として響き、ルームの柱の陰に気配が生じる。
「ねえ、アっちゃん、あのおバカさんにはちょっとお仕置きが必要だと思うの」
「そうね、ナっちゃん、ちょっと『おいた』が過ぎてるわね、何人の見習いの子が今日の事件でトラウマを抱えたのか……ちょっと悪戯の範疇を超えているわね」
「おじいちゃんたちを呼び戻そうか? アっちゃん」
「うーーん、ナっちゃん、こうしましょうか、おじいちゃん達のお酌でもしてもらいましょう。
あの悪戯っ子にはちょうど良い薬になると思うわ」
「はぁぁぁ全くっ!! どこに行くのかと尾行すれば、こんな所でつまみ食いとか!!
付き合うこっちの身にもなってほしいわ、なんでこんなツマンナイ監視役を私がしないとだめなのよ! 超過勤務手当を要求しよう、アっちゃん、あのオヤジに!!」
「幾ら人手が足りないからって、いきなりこれは酷いわよね……そうよその通りね、ナっちゃん!
これは有給休暇も追加して貰ってもいいと思うわ!
申請しましょう、あの若作りに!!」
「じゃあ」
「ええ」
忽然と気配が消えて、ルームに静寂が戻る………遠くでコボルトの鳴き声が響く。
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