第20話渇望

カナデと戦いたい…………




 私は……私は戦闘狂なのだろうか? 


 自分ではそこまで好戦的だとは思っていない……襲ってくるもの、此方に危害を加えるものを容赦する気はない、だが無用な喧嘩などしたいとは思わない。

 

 理不尽な暴力は振るわれるのも振るうのも嫌いだ!


 しかし……何処か心の奥の底の方、強い、強い対戦相手を常に求めてる私が居る……それは自分でも自覚している……




 私は、狂っているのかもしれない……




 そう『コボルトソルジャー』がルームに現れたその瞬間……

 その手に握る鈍く光る武器を見た瞬間……

 心の底から悦びが溢れる……

 何故か?

 自分でもよく分からない、しかしこの感情は間違いなく悦び……


 恐らく……そう、それは期待、強い対戦相手への期待!!


 明らかに自分よりも弱い、そう弱い相手との闘い、戦闘ににうんざりしていた。


 武器を持つ『魔物』の相手は初めてだ、男子は『ゴブリン』『オーク』等、武器を持った魔物と比較的初期から戦える。


 しかし私は、一応女子の私はそれらと戦えない……


 何時も心のどこかで男子が羨ましかった、決して男になりたいなどとは思わない、けど、女子では出来ない事が多すぎる!!

 しかし! やっと武器を持った魔物と戦える!!!


 心の中で誰かが、イヤ私が歓喜する!


 自分だけが武器を持ち、素手の魔物に勝ってもちっとも嬉しくなかった。


 相手は素手なのだ、武器を持った私の方が有利なのは当たり前、勝って当然な戦いで相手を倒して何が嬉しい? 


 勝つ可能性も負ける可能性も両方有るから『勝負』!!


 私は勝負がしたいのだ! 負ける可能性の無い殺し合いは虐殺だ……一方的な暴力と何が違うのか? 私には分からない……


 武器を持つ魔物、私を殺せるかもしれない魔物、私を殺せる武器を持った魔物。


 そう、武器のハンデはもうない、同じ土俵で、対等な条件で戦える相手!!

 どれほどの魔物かと、つい私は期待してしまう……自分が死ぬかもしれないのに、その事が分かっているのに、その戦いへの期待を押さえることが出来ない……




 やはり私は狂っているのか?




 良く分かった……


 確かに魔物は人間より強力なのだろう、目の前で逃げる人々に追いすがる『コボルトソルジャー』

 大きく武骨なククリナイフ、可成りの重量であろうそれを軽々と振っている。

 

 ああ、腕力は大したものだ、身体能力だけは大したものだ。

 軽く私を上回る、その恵まれた体格、心底羨ましい……


 細い自分の腕が嫌になる、何故私にはその腕力がない? 幾ら鍛えても追いつけない差!

 昔から知っている、思い知らされている!


 私は筋肉が、腕力が付きにくい!!


 脚力には自信がある、体幹の筋肉もギリギリまで鍛えている、しかし、華奢な女の子よりは少しマシだが自分には腕力が付かない。


 元々華奢な骨格の家系、そうなのだろう……


 母も、妹も、二人の祖母も皆華奢だ、テニスなどスポーツは好きだがそれだけ……女系は完全にダメだった……多くは望めない。


 更に父も弟も、二人の祖父もそれほど体格に優れているわけではない。

 父は細マッチョと呼べるくらいにはスポーツで鍛えているし、背もそれなりに高い。二人の祖父も同じくスポーツマンだが細マッチョ。


 家系的には運動神経は悪くないが全体的に細く、華奢、そして女性は皆小柄……


 自分でも分かっていた、小生意気な弟がそれとなく伝えようとしていたが、そんな事は言われなくても分かっていた。


 ウチの家系は体格で他の人に勝る可能性は無い、それどころか体格だけなら格段に劣る。分かっていた……しかし認めたくなかった……

 それを理由に強く成れない事を認めたくなかった、才能だけで、体格だけで強い連中、そんな才能に胡坐をかいている連中など断じて認めない!!


 だから私は速さを求めた、只管に速さを求めた……


 ただ速さを求めた戦い方にも問題が有るのかもしれないが、腕力はちょっとスポーツをしている男子にすら及ばない……


 幾ら練習しても腕力が付かない、だから余計に速さを、更に速さを求めた!

 剣の振りの鋭さを求めた。技を駆け引きを求めた!


「メグミちゃん、剣はね、腕で振るものじゃないのよ、体全体を使って振るの! いい? 


 腕力じゃないの撓らせるのよ、スナップを効かせなさい。両方の足から伝わる、踏み込みの力を体全体を使って剣に伝えるの!


 分かる? まだ分からないかな……? 

 けどね、見れば分かるわ、そうして振られた剣はね、美しいのよ、とても綺麗なの!

 私はねメグミちゃん、最強の一撃は、同時に最高に綺麗な一撃だと、きっとそうだと思うわ」


 幼い頃に聞いた恩師の言葉を思い出す、小柄で華奢だった私への励ましだったのだろうけど、恩師の言葉に嘘はない。


 何故ならその言葉が真実だと私は知っている、最高に美しい、最強の一撃を知っている。




カナデと戦いたい…………




 『コボルトソルジャー』……なんて醜い無様な剣を振るのだろう……

 その『力』にだけ頼った剣の振り……力任せに振り回すだけの剣、その醜い、無様な剣、それを見た私にあるのは…………絶望!!


 私の……私の絶望がわかるだろうか? 期待を裏切られた私の絶望は誰か理解してくれるだろうか?


 『魔物』は成体で発生する……あぁ、これがそうか、そう言う事か……


 武技もなく、技術もなく、経験の蓄積もない、ただ武器をその手に持って生み出されるだけの『魔物』。


 それは、その手に持つものは剣ではない!! 

 爪と何も変わらない! 差がない!!

 リーチが少し伸びて、威力が増しただけの爪と何も変わらない!!


 速さが無かった、そう剣の振りが遅すぎる! 何故そんなにも遅い? 無駄だらけだ! 力の使い方が、体の使い方がまるでなっちゃいない!


 鋭さが無い、剣筋が成っていない、辛うじて刃を縦て振れているだけ、少しも剣の振りに鋭さが無い!! 素人、まるで素人じゃないか!


 殺気が籠ってない! 僅かばかりの殺気をこれ見よがしに吠えて振りまいているが、その剣に殺気がまるで籠っていない!!


 嘗めているのか? そんな剣で人が殺せると、本気で思っているのか?




カナデと戦いたい……




 大振りで隙だらけな、その『コボルトソルジャー』には、全く恐怖を感じない、緊張すらしない!


 なんて弱い、なんて遅い、なんて無様な剣を振るんだ!

 美しくない!! カナデの爪の垢でも煎じて飲ませたい!!


 『雑魚』と断じて前に出た、しかしたら、それは脅しの為の力任せの大振りかも……そう、一瞬でも期待した自分が愚かだったと悟るのに一合すら打ち合う必要はなかった。


 足らないっ! 全く足らないっ! こんな相手しかいないのか? 『魔物』に技を剣術を求めるのが間違いなのか? 

 『魔物』はこの程度なのか? こんなモノが、この程度のモノが人類を滅ぼしかけた? バカな! あり得ない! 

 大体こんな雑魚相手にあの見習い連中は何を逃げている?

 この程度の雑魚が10や20居たところでどれほどの脅威なのか?

 『コボルトソルジャー』……なんて弱い『魔物』だろう……


 いや違う、『魔物』が弱いんじゃない、『コボルトソルジャー』が弱いのだろう、所詮見習いでも入れる地下4階の『魔物』!

 きっとそうに違いない!!


 そんなことを私が思っていると、ルームの入り口付近に気配がある……明らかに『コボルトソルジャー』より強い殺気を感じる……


 今度こそ!!


 そう思って私は駆ける! 今度こそ!! 少しはマシで有りますようにと祈りながら駆ける!!


 入り口付近に着くと大きなコボルトが目の前にいた。


 武器が違うな、青竜刀?


 大きい、タツオよりも大きい!


 私の胸は期待に高まる! 少なくとも武器も! 体格も! 腕力も!

 『コボルトソルジャー』より上!


 思わず浮かぶ笑みを堪えきれない!


 その笑みが気に入らなかったのか又しても『魔物』が吠える、この『魔物』も無駄に吠える……悪い予感が急激に高まった。


 あああああぁぁぁぁ、こいつもか!!


 それにしても大きい体!!


 地面に臥して魔素に分解される『コボルトナイト』の体を見て私は思う。


 ツマラナイ、本当に弱い『魔物』……


 こんなに体格に恵まれているのに、何故技術を磨かない? 

 そんなに力があるのに、何故力の制御をしない? 

 何故だ? 何故力任せの大振りしかしてこない?

 私には、望んでも、どんなに望んでも手に入らない!!

 そんなに才能に恵まれているのに、何故だ!!




カナデと戦いたい……




 何も変わらない……

 ただ大きくなっただけ……

 ただ力が強くなっただけ……

 ただ武器が大きくなっただけ……

 何も『コボルトソルジャー』と変わりがない……


 魔素に返る『コボルトナイト』を見つていると無性に喉が渇く、イヤ違う、心が渇く、そう心が渇いていく、もっと欲しいのに! もっと! もっと!!

 足りない……全然足りない! 全く足りない!!


 もっと大きければ……

 もっと力が強ければ……

 もっと武器が大きければ……

 私も、もう少し本気の力を出せるのだろうか?


 色々準備してきたのだ私は!!


 強敵を夢想し! その敵に対抗すべくこの世界の技術を学んだ! 戦い方を学んだ!

 自分に合う武器が無いから、鍛冶を頑張って自分で満足のいく武器を作ったのだ!

 もっと強い敵を想像して、それに打ち勝つべく、色々修行してきたのだ……



 武器が強い?

 腕力が強い?

 攻撃力が強い?

 威力が強い?

 当たらなければ意味がない!!


 全て当たってこそ意味を持つ、当たらなければ全て無意味だ!!

 何かして来るかと躱すのを待ってみても何も変化が無い、相手の動きを封じようとする動きすらない。


 フェイントもない!

 誘いもない!

 駆け引きがない!

 ただ力任せに振り回しているだけ!


 攻撃の軌道が読める、目線が、体の動きが、筋肉の動きが全て読める。次にどこを攻撃してくるか丸分かりだ。


 こんな攻撃当たるほうがどうかしている!!


 渇く、心が渇く……しかし何を求めて私は渇いているのだろう?


 ああっ、どうせ撤退するのなら、次に出た大きめの『魔物』に無理やり全力をぶつけてみようか?  ……少し位は楽しませて欲しい……


 これでは欲求不満すぎて寝られないではないか……




 ……ああ、やはり私は狂っている。




カナデと戦いたい……


カナデじゃなきゃ私は満足できない!!

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