第21話その領域に至る者
ノリコ達3人が今住んでいる家には庭がある。
『広い庭』
これがこの家を気に入り、リフォームしてこの家に住むことに決めた理由でもある。
これはメグミ発っての希望であり、ノリコもそれに賛成した。
メグミの言う、
「ソックスと庭で遊びたいの!!」
この理由はそのまま、
「ラルクと庭で遊びたいわ!」
ノリコの希望とも一致したのだ。
ノリコはその広い庭をみる。
一か月と少し前まで、この庭は雑草が生い茂っていた。
その雑草は木材を運び入れる為、又、作業スペースを確保する為に、3人で短く刈り込んだ。
だが、リフォームが終わっても、そこには短く刈り込まれた草が、まだ庭一面に生えていた。
しかし今、庭の中央付近に草は一本も生えてない、踏み固められた地面が剥き出しになっている。
僅か一か月と少し……それを成した親友は笑いながらこう言った。
「私には才能がないから、努力する以外に、他に出来ることがないんだよ」
今朝も庭では、その親友が剣を振う。
シュッ、 ザッ! シュッ、ブンッ、 カッ!
剣を振る音と足音だけが響く、見えない誰を相手にし、見えない誰かと戦いながら、何時も一人で剣を振う。
(私が稽古の相手ができれば……)
ノリコはそう思うが、直ぐに諦める。
(無理ね、どうやっても練習の邪魔にしかなれない……実力が……違い過ぎるわ……)
◇
ノリコはこの異世界に来るまで自分は人よりも運動が出来ると思っていた、他者よりもその才能に恵まれていると思っていたのだ。事実今まで苦手なスポーツ種目は無かった。
(私は運動神経は良いわよね?
特にスポーツで苦労した事は無いもの。
スケートやスキー、スノーボードだって直ぐに滑れる様になったし、お父様も褒めてくれたわ。
テニスとラクロスも得意だから、他の球技だって出来きる筈、スポーツで苦手な種目は無いわ、運動神経は良い筈よ)
自分ではコンプレックスな背の高さも、スポーツに於いては有利に働いた、その背の高さも相まってバレーやバスケットも得意だ。
高校に進学した位から急激に大きく成り始めた胸が、運動には邪魔ではあったが、それでもきっちりスポーツブラ2枚重ねで抑え込めば何とか問題は無かった。
ノリコには大きな背丈と、柔軟な筋肉、撓る様な体のバネがあった。
ノリコは体が柔らかかった、特に柔軟を熱心にやっていたわけではないが足など180度以上開く、Y字バランスも全く苦にならない。
後ろに身体を反らせばお尻に頭がつく、背丈と胸が邪魔で諦めたが、新体操や体操に熱心に勧誘されたほどだ。
足も速く、陸上部からも良く誘われた。走るとスポーツブラで固めていても痛いので入部は断ったが、運動、身体を動かすことは好きだった。
この自分でも自信のある運動神経の良さは、この異世界に於いても十二分に強みとなって生かせた。
冒険者に重要なのは先ずは身体能力だ。何をするにも動けなければ話にならない。
デスクワークでは無い、野外の活動が主である以上、例え魔物との戦闘を避けて行動するのだとしても身軽に動けなければならない。
魔物を避けて逃げるとしてもその逃げ足、足の速さが必要になるのだ。
その点でノリコは非常に優れていた。ノリコの運動神経の良さ、それは冒険者として得難い才能だった。
◇
見習い冒険者に成り立ての頃の講習は野外活動が多く、街の周辺の比較的安全な野山を一日中走り回らされる。
目的は薬草採取や野山に散らばる黒い球体の収拾だったりするが、武器すら持たず、支給された丈夫な野外活動着をきてそれらを半ば強制的に行わさせられる。
そう、比較的安全、決して安全ではない。ここヘルイチ地上街では街の周辺の野山にも小型の魔物が多数生息しているのだ。
「こいつらはねペットの小型犬や猫と大差無いよ。
この周辺には毒の有るヘビやクモは比較的少ないからね。
小型の『ローリングクローラー』や『ラビットラット』程度怖がることは無い。
まあ『ラッシュチキン』のヒヨコは脚が早いから逃げるのが大変かも知れないけど、コイツも普通の鶏が突つく位の攻撃力だから頑張って逃げれば平気さ」
「毒のある魔物はどうするんですか!!
気軽に言わないで下さい!」
「酷いぜ! 鬼かよ!」
「っわ、なんだアレ! 巨大イモムシとかキモッ!」
「あっ、大っきなヒヨコ! ねえあれ可愛いわ! ヌイグルミ見たい!」
「ノリコちゃん落ち着いて、さっき説明されたでしょアレも魔物よ!」
「ぅわぁッ! 追いかけて来やがった!」
「なんで私の方に逃げて来るのよ! 他にってコッチも来た! もう一匹来たわ!」
「良いなぁ、なんで私の所には来ないの?」
「?!」
演習を受け持っている薬草ギルドの師匠は、見習い冒険者達が魔物から逃げ惑いながら薬草を採取したり球体の収拾をしているのをノンビリ眺めて、
「さっき飲み物を配ったよね? そう、みんなで飲んだヤツだ。
アレは解毒作用があるからね、あと数時間はこの辺りに居る魔物の毒程度ならへっちゃらだよ。
だから心配ない、それに魔物といってもねこの辺に居るのは素手で倒せる程度の雑魚ばかりだから危険は無いよ。
それに逃げれば途中で追いかけて来るのを諦めるだろう?」
小型の魔物の体力・スタミナは少ない、自分たちよりも大きな餌として食べれそうもない見習い冒険者たちをそう熱心に追いかけはしない。
魔物たちは縄張りに入ってきた余所者を警戒し、それを撃退するために威嚇しているだけなのだ。
冒険者が逃げてある程度距離が離れたらそこで追いかけるのを止めていた。
「確かにそうだけど……これって本当に魔物なのか? 変な生き物ってだけじゃないのか?」
「素手で倒せるのか?! なら倒しても良いんだな!」
「ああ、それはやめた方が良いねぇ」
血気盛んな男子を慌てて師匠が止める。
「何でだよ! 逃げるよりそっちの方が楽だろ!」
「雑魚なんだろう、この程度いけるだろ? ってもしかして見た目より強いのか?」
「イヤ本当に雑魚だよ、その見た目通り弱いよ。君達なら素手で倒せるだろうね」
「なら何も問題無いだろ!」
「君は倒した魔物をどうやって解体するのかな? 素手で解体する気かな? ふむ、オススメできないな、そのなんだ、作業の見た目的にも、ね?」
「解体?」
「そうだよ、ここら辺の魔物は『繁殖型』だからね、魔素に分解しないから解体しないと魔結晶が取り出せない。
初期講習で習ったよね?
魔結晶の回収は冒険者の義務だよ。
例えそれが見習い冒険者でも、例えそれが雑魚魔物でも、例外は無いよ」
「じゃあ倒せないって事か?」
「素手で解体ってグロ過ぎだろ!」
「せめてナイフなり武器が有れば……」
「って武器があったら解体するのか? おれは嫌だぜ」
「魔結晶でどこら辺に有るんだ?」
「大体動物型なら心臓付近だね、虫型は額の奥に有るものも居るね、けど『ローリングクローラー』は心臓付近だったかな?
まあどちらにせよ血まみれになるからおススメしないね。
武器を渡していない理由もこれだよ。下手に魔物を倒してしまうと、解体が手間だからね」
お金にもならない雑魚魔物を倒した場合、一番困る問題がこれだ、その解体をどうするのか?
武器を渡せば、雑魚魔物だ、面白半分に倒してしまう、血気盛んな男子はどうしてもいる。だからそれを避ける為、初めから武器を渡していないのだ。
この辺の野山の魔物なら、ちょっと走れば十分逃げ切れる。そんな程度の魔物しかいないのだ。
危険がない以上、余計な手間となる魔物の解体をしたくない。見習い冒険者に解体しろと言っても出来るものは稀だろう。
(手間ばかり掛かって、ちっとも儲からない、骨折り損なんだよね。それに今日は生徒を見てないといけないからね、ゼリースライムでもいれば解体を任せるんだけど、この辺は雑魚とは言え魔物が多いから、食べられちゃうのか見当たらないんだよね)
「けどよ、そしたら俺たちはどうすればいいんだ?」
「如何って? 逃げればOKだよ?」
そう今日の演習の目的は見習い冒険者達を走り回らせて、その足腰を鍛えることにある。
『逃げろ』とは即ち、『走れ』と言うことだ。
「ただ逃げ回るだけかよ!!」
「なんだよそりゃ」
「でもいい運動になるだろ? 冒険者の基本はフィールドワークだよ。
その訓練だからねこれは、ほら口を動かさずに手を動かす。走れ若人!
そのままじゃあ何時まで経ってもノルマが終わらないよ?」
「畜生理不尽だぜ!! ってクソネズミあっちいけ!!」
「微妙に数が多くてうざいぜ!」
「実物のネズミって可愛く無いわ! ウサギと違って耳が長いのに可愛くない! 何故かしら? もっと可愛いと思ってたわ……色のせい?」
「ハムスターは可愛いわよ? コイツが可愛く無いだけよ」
「このネズミは手足や尻尾に毛がないからじゃない? 妙に手足が長いし」
「手足に毛が無いと言うか胴体にしか無いのよね、けどノリコちゃん、普通のネズミは違うわよ?
ここまでキモく無いわ」
「魔物だからかしら? けどヒヨコはあんなに可愛いのに、不思議ね」
「何で女子は気楽にお喋りしてんだよ!」
「ノリコちゃん脚速いなぁ、それに身軽だ」
「ノリコちゃん気を付けて下さい。男子がスケベな目で見てるわ!」
「全く男子ってサイテーね、胸ばっかり見てる!」
「見てねえよ! 失敬な!」
「ハッ、嘘ね、女子はね、どこ見てるか直ぐにわかるんだから!」
「下手な言い訳は見苦しいわよ!」
「ヒヨコ……飼えないのかしら?」
「あ~、ヒヨコはね文字通りヒヨコだからね?
直ぐに大きな『ラッシュチキン』に育つから、見た目が気に入っただけなら止めておきなさい。
ここに来る途中で畑で君たちの先輩冒険者が戦ってた大きな鶏が居たよね? あれが『ラッシュチキン』だから」
「えっ! ううぅ、あれは可愛くないわ、あんな大きな鶏、あんなのに成るの? こんなに可愛いのに……」
「大きかったわね、あれって小学生並み? 少なくても低学年の子供より大きいわよね?」
「120センチくらいじゃねえか? 流石にあれは武器がねえと倒せねえ」
「なあ、畑の結界の柵って、魔物除けの結界なんだろ? なんであんな大きい魔物が入ってきてるんだ?」
「そういえばそうだな、あの『ローリングクローラー』だっけ? あれのでっかいのも居たな?」
「『ラッシュチキン』は直ぐに育つからね、ヒヨコ状態で可愛いのは生まれて一週間くらいだよ?
あと柵の結界はね、畑が広いだろ? 柵の間隔も広いから……それに結界はね、色々と種類が有るんだよ。
特に畑の魔物除け結界はその広さから、こう見えない網のようになってるんだよ。隙間なく覆っているわけじゃあない。
この網の目はね、物理的な大きさではなく、魔結晶の大きさ、魔物の強さに網をかけているんだ。強い魔物は通れないけど、弱い魔物はすり抜けちゃうんだよ。
そうだね、畑の結界を通り抜けられる魔物の限界が『ラッシュチキン』だね。
強さ的にはゴブリンが丁度引っかかる位に出来てるんだよ」
「ゴブリンか、あの有名な奴だな、武器さえあればな……」
「ちょっと疑問なんだが、『ラッシュチキン』も『繁殖型』だろ?
あれも一々冒険者が解体してるのか?」
「ああ、『ラッシュチキン』ね、あれは結構良い値段で売れるんだ。倒したら畑の管理者に任せて置けばいいよ。管理者の方で回収して解体処理してくれるからね、ちゃんとクエスト報酬に売った代金も加算してくれるよ」
「そうなのか? けど売れるって?」
「ゴブリンよりも弱いんだろ? 魔結晶だって小さいだろ?」
「あっ……チキン、そうか鶏肉か!」
「そう鶏肉だよ、あいつ等はまあ言ってみれば放し飼いにされてる養鶏場の鶏みたいなものだよ。勝手に増えて勝手に育つ、そして鶏肉を供給してくれる。農場の収入源の一つだよ」
『ラッシュチキン』は魔物化した鶏だ。街の近隣の野山で繁殖しており、野山の小型の魔物や動物を餌にして勝手に育って増えていく。
偶に畑に侵入してくるが、それこそ狩れば立派な鶏肉が手に入る。
畑の作物にとっては警戒すべき害魔物では有るが、倒してしまえばそれなりに儲かるので農場には歓迎されている。
特に結界に掛かりにくい小さな魔物を食べてくれるので、それだけでもありがたいのだ。
「良いのかそれで? 畑の害獣って事は畑の作物を食い荒らすんだろ?」
「だよな? 駆除してるのにそれを収入源にするってのは……良く分からねえな」
「ちょっとまて、『ローリングクローラー』は? あれはどうするんだ? 『ラッシュチキン』は鶏肉だってのはまあいい。けど虫だろ? 食えねえぜ?」
「そういえばアイツも畑で見かけたな」
「もしかしてアレの解体は冒険者持ちか?」
「そんなことは無いよ、あれも売れるからね、解体は管理者がやってくれるよ。
って、あれ? 食べれないって……昨日の夕食はみんな食べたよね? 美味しかっただろ? 昨日は私も打ち合わせで寮に行ったから、同じ夕食をご馳走になったんだよ、エビの身みたいで美味しかったよね?」
「!?」
「知りたくない事実だったぜ……」
「ちょっ……私たち何食べさせられてるの?」
「えええっ! あの芋虫を食べたの?」
「マジかよ、信じられねえ」
「『ローリングクローラー』は手ごろな食材としてこの街ではよく食されているよ?
まあ見た目はあんなだけど、この内陸の街でエビの様な食感が楽しめるんだ。
結構美味しいし、私はもう慣れたけどねえ?
それにね、この街の食材で安い物は殆どが『魔物』産だよ。
なにせ一杯取れるからね、値段が手ごろでしかも美味しいとなれば活用しない手はないだろ?」
『ローリングクローラー』
一見芋虫の様だが、その実、ダンゴムシの様な陸に住む甲殻類の仲間だ。
どんどん大きくなる体に、硬い甲殻が邪魔だったのか、分厚い表皮でその身を覆っている甲殻の退化した甲殻類なのだ。
その証拠にどんなに育っても、羽化して蝶になることがない。
何故か甲殻が退化しているのに、体を丸めて突進してくる不思議な魔物だ。
甲殻付きで突進すれば、割と強い魔物の筈だが、柔らかい体のせいで大したダメージがない。まあだからこそ初心者向きともいえる。
植物系の物なら何でも食べ、木の葉だけでなく落ち葉まで食べる。
それだけなら害はないのだが、特に野菜がお気に入りなのか、度々畑に侵入してくる迷惑な害魔物だ。
だがその身は甲殻類らしく、エビの様な食感と味がするため、内陸にあるヘルイチ地上街では、エビの代用品として、広く親しまれている。
「ううう、私ベジタリアンになろうかしら?」
「今日までこっちで食べてきた肉が全部そうなの?」
「まあ確かに旨かったからな、食っても害がねえならいいか?」
「ええっ! いやよ私は! 魔物を食べるとかどうなのよ」
「あれ? そもそも魔物の方が人間を食べるんじゃないの? 逆じゃない?」
「けど野菜や穀物だけじゃあな、やっぱり肉だろ!」
「旨い肉なら、元がどうだろうとどうでもいいや」
「イヤ~、ベジタリアンになってもどうだろうね? 畑に発生する植物型魔物は、こちらもメジャーな食材だからね。
麦系の『雷麦』や『袁麦』は良く沸く魔物だし、パンにすると美味しいよ?
滅多に沸かない『虎麦』なんかは高級食材だね。
人参系の『仁刃』もシチューに良く入ってるし、ジャガイモ系の『チップスター』も一般に食されてるね」
「魔物ばっかりじゃねえか!!!」
「どうなってるんだこの世界、俺たち魔物しか食ってねえのかよ!」
「食われるはずの魔物を逆に食うとか逞し過ぎだろこの街の連中は!!」
「最初に説明されたよね? この街は『大魔王迷宮』のお膝元、この街の近辺は魔物の発生率が極端に高いんだよ。
植えてる野菜が『魔物化』するのは珍しくない。
今は生産量が増えてるからそうでもないけど、昔はね、それこそ魔物を食べるしかなかったんだよ。
けどね食べてみると意外に美味しい、というか普通の野菜よりも美味しい。
ってな具合で今でも畑に沸いた植物型魔物は美味しく食されているってわけだね」
「なんだろうな、話を聞いてるだけだと、地獄の様なところなのに、実際は長閑な田園が広がってるだけなんだよな」
「まあ、畑のあちこちで冒険者が戦ってるけどな、けど何だろう? 雰囲気が平和なんだよな」
「アレだろ、緊迫感がねえってか、悲壮感がかけらもねえからだろ」
「街の人達も普通に気のいいおっちゃんやおばちゃんが多いのよね」
「よく考えれば、私たちも今現在魔物に囲まれているのよね? ちっちゃいけど」
「なんだかもう慣れたぜ、うざいけど怖くはねえし」
「ほらほらお喋りばかりしてると終わらないよ、ノルマを達成しないとオヤツが食べられないよ」
「終わりましたよ師匠」
「えっもう!」
「ノリコちゃん速すぎだろ!?」
「アレ? ノリコちゃん一緒に喋ってたよね?」
「ノリコちゃんは駆け回りながら喋ってたわよ、あの速さで動きながら何で普通に喋れるのか不思議なんだけど」
「息も切らさないでよくやるわね」
「ってマズイわ私、未だ半分も終わってない」
「ふむ、確かに終わってるね。君動き慣れてるね、良く鍛えてる」
「運動は得意なので、それに身体を動かすのは好きなんです」
「うん優秀だねぇ、けど時間もまだまだあるし……そうだ折角だからノルマを倍熟せばオヤツを倍にするってのはどうかな?」
その師匠の軽い思いつきは、その後彼自身に悲劇をもたらす。
その言葉が見習い冒険者達の目に炎を灯したのを彼は見逃していたのだ。
その日ノリコはノルマの10倍を熟しまだまだ余裕、その他の者もノルマを倍以上達成し、その日のオヤツはとても豪華な物になった。
そして師匠はチョッピリ涙目だった。増えた分のオヤツ代は彼の自腹だったのだ。
そうそう、メグミも半月後に同じ講習を受けた。
メグミは師匠が注意する間もなく、魔物をサクサク狩って行き。
更にそこ等へんに転がっていた石同士をぶつけてそれを割り、手製の石器のナイフを作り上げると、師匠が止める間もなく魔物を解体していった。
野山に響く女性陣の悲鳴、気分を悪くして倒れこむ者や嘔吐する者。阿鼻叫喚な彼女らを尻目に、ノリコのお気に入りのヒヨコを、軽く手で首を折って絞め殺し、辺りを血の海にしながら解体、サクサク魔結晶を取り出し、それを手にご満悦なメグミ。
師匠が呆然として固まっていたのが悪かったのか、そんな演習だと勘違いしたタツオほか数名の男子がそれに加わり、地獄絵図の様な光景がこの長閑な演習用の野山に広がっていった。
勝手に落ち葉に火を付けて焚火を興し、その火で解体した肉を枝にさして焼いて食べだしたメグミ達を見て、師匠が号泣したのは言うまでもない。
◇
そんな感じでノリコは順調に見習い冒険者修行を、その高い身体能力を生かして熟していた。
女性としては珍しく、前衛すら熟せそうなその恵まれた体格と、身体能力。
それら高い能力のお陰で、同期の冒険者の中でノリコは飛び抜けて優秀な実技成績を収めていった。
このまま女騎士、そう女性ながら前衛になると周りから期待されていたノリコ。だがその後、
『奇跡』
そう『加護』により人が、傷が癒せると聞いて、
(天職だわ! 応急処置だけでも『加護』で癒せるなら助けられる人が大勢いる、守れる、そう大切な人を守る力!
祈りでは人は救えない、誰も救えない! けど、この世界の『加護』の力なら人が救える!
なら私は神官になるわ!)
そう決意して神官を目指すことになる。
その為、武器の実技演習ではメイスなど刃の無い武器をノリコは専攻した。
(まあ、ダメだって言うのなら仕方ないわ。
それに包丁よりも大きな刃物は使ったことがないし……メイスか……少し持ち手が太いのよね、重さは兎も角、持ちにくいわ。
けど先が太いから当てやすいのは利点ね。
特に刃こぼれもしないし、メンテナンスが楽なのも便利ね)
今はその選択をして本当に良かったと思っている。
◇
「ノリネエに刃の付いた武器は向いてないわね」
「何故でしょうね? 素振りならキッチリ刃筋を立てて振れるのに、いざ本番になるとブレるんですよね」
「で、刃筋を立てる事に気が取られると、折角良くシナリが効いてる振りが死ぬのよね。全身のバネを活かした抜群の一撃なのに……」
「刃の付いた武器とそれ以外では威力が段違いですわ、本当に不思議です」
「ねえメグミちゃん、別に刃物じゃ無くてもいいんじゃないかしら?
私もメイスが自分に合ってると思うのよ、それに私は神官だし」
ノリコから早々に泣きが入る、刃を立てながら刃物を振るのは割とコツが居るのだ。
ノリコはメイス、若しくは、大きく振り回せるロッドが試した武器の中では気に入っていた。
「けどねノリネエ、腕への負荷を考えると刃物が良いわ。
それに神官でもサイズの様な『道具』に分類される刃物は持てるってヤヨイ様が教えてくれたわ、工夫次第で刃物の武器にも色々抜け道があるのよ」
そうメグミ達の師匠の高司祭ヤヨイの武器は薙刀の反りを逆にして、その反りを強くした様な大きなサイズだ。
コレの何処がサイズ、カマなのかとツッコミを入れたが、
「ほら、草が刈れるでしょ?
どう見てもカマよ! 全く問題ないわね」
そう平然と返されたのだ。
ヤヨイのサイズが許されるのなら可成りの範囲で刃物の武器が許される。
そこでノリコの武器を造るに当たってこの際だからと色々な武器を試したのだ。
「アレでOKなんだってことなら、刃物の武器を選択しない手は無いわ。
第一メイスはね、物に当たった時にモロに腕に反力が返って来るのよ。
繰り返せば衝撃で腱を痛めるわ。
女性の腕は華奢なのよ、ノリネエだって例外じゃあないわ」
衝撃によるダメージは蓄積する、腱の細い女性の腕には負荷が大きすぎるのだ。
「それは刃物、剣でも一緒でしょ?」
「物に当たった時、接触面積の少ない剣は、相手を切断する事によって腕に大きな反力が返って来ないのよ。
加えた力が相手が破壊される事によって吸収されるの。
だから反力が殆ど無くて腕への負荷が少ないのよ」
「けどそれも硬い物が相手なら一緒でしょ?」
「メイスの接触面積と剣の接触面積じゃあ比べ物にならないわよ。
単位面積当たりの圧力がダンチね。
同じ硬さの物を相手にした場合、剣で切れてもメイスじゃあ砕けないことの方が多いわ」
切れないほど硬い装甲を持った相手に対しては、その衝撃力を装甲内部に伝える、メイスの様な鈍器が有効な攻撃手段となる事もある。
そうメリットがないわけではないが、女性が使った場合、デメリットが大きすぎる。それをメグミは懸念していた。
「ならメグミちゃん、ピックは如何ですか?
アレなら接触面が点ですよ」
「それも考えたんだけどね。
装甲なんかが砕き易くはなるし、腕に返ってくる反力が減るけど……けどコレも問題があるのよね」
「でも反力は減るのでしょ? 検討する価値はあるのでは?」
「良く考えてサアヤ、ノリネエは刃筋を気にしただけで威力が半減するのよ?
ならピックをキッチリ突き刺さる様に当てるのも同じでしょ?
アレも相当真っ直ぐ当てないとブレるわよ。
刃筋を立てる程、難易度が高く無いだけで大差無いと思うわ」
「多少でも難易度が下がれば大丈夫では?」
「ふっ! 甘いわねサアヤ! 色々試して貰って良く分かったわ。
ノリネエはね攻撃する時に複雑な事が出来ないのよ。
思いっきり武器を振り抜いて攻撃を当てる。
まあ当たってるだけでも当てれない奴が多いから、それだけでも十分凄いんだけどノリネエに出来るのはここまでよ。
その際に武器の向きとかそんなのを細かくコントロールする様なそんな器用さは無いわ!」
「まぁ! メグミちゃん私が目の前いるの忘れてないかしら!
ちょっと刃筋を立てるのが苦手なだけじゃない!
本人を目の前に不器用だなんて!
幾らなんでも酷いわ!
練習すれば出来様になるわよ!
コレでもテニスやラクロスは得意だったのよ。
球を打ち損ねた事は無いわ!」
「へえ、テニス得意だったんだ。
まあ確かにノリネエ、テニスウェアとか似合いそうだものね。
ねえノリネエってスマッシュやサーブは得意だった口でしょ?
その身体のバネを活かして強烈なのを打ってたのよね?」
「あら? なんでわかるの?
そうよテニスは結構強かったんだから!」
「そうよね、『結構』止まりよね、スライスやスピンが打てないものね」
「……」
「そうでしょ? コントロールしてスライスやスピンを打ち返した事が有ったのかしら?
無いでしょ?
ノリネエはその抜群の運動神経の良さを活かせば、コートを走り回ってボールに食いついて、そしてその強烈なストロークでボールを打ち返すだけで『結構』強いものね」
「でもでも、ちゃんとコントロールして打ち返してたわ!」
「けどスライスやスピンは打てなかったでしょ?
例え打てても実戦で使える様な強烈なのは無理。
そうよね?」
そうノリコは『結構』止まりだった。仲間内で楽しんでテニスをやる分には強い。しかし本格的なテニス選手を相手にするには力不足。
攻撃がストレートすぎるのだ。
真っすぐ打ち返すだけでは幾らコントロールが良くても限界がある。
「ううぅ確かにその通りだけど」
「だから『結構』より先に進めない。
それ以上強く成れなかったのよ。
ノリネエはね、一つ事に集中し過ぎなのよ。
集中し過ぎて他が見えなくなってるのよ。
思いっきり振った武器を相手に当てる、コレに集中し過ぎて刃筋を立てる事を忘れてる。
逆に刃物を立てて当てる、コレに集中すると思い切って振る事を忘れる。
多分自然に刃筋が立てれるくらい、繰り返して練習すれば今よりはマシになるでしょうけど、それでも折角の長所で有る全身を使って振る武器の勢いを損なう可能性があるわね」
「お姉さま手先はとても器用で、細かい細工もお得意ですのに不思議ですわ」
「それはねサアヤ、手先に集中してるからよ」
「ああ! 成る程、それは盲点でしたわ!」
「うううぅ、二人して何よ!
もうっメイスで良いわよ!
どうせ不器用ですからね!!」
「まあまあ、ノリネエそんなに拗ねないで、サアヤの着眼点は良かったわよ?」
「うぅ……でもピックも無理そうなのでしょう」
「ちょっと待って今何か思いつきそうだから!
そうよメイスよりも接触面を減らす、このアイデアは良いわ……
そもそもメイスにしたところで、どうせ持ち手は女性、ノリネエの手に合わせて細くするんだから柄は細く。
ノリネエの身長と全身のバネ、身体のシナリを活かすならメイン武器はポールウェポンが良いと最初から思ってたのよね。
ポールアックス辺りを形を工夫して錫杖って言い張ってやろうかと思ってたけどノリネエに刃物は無理。
ピックも厳しいとなると……あっ!! そうよ難しく考える必要は無いわハンマーよ!」
「ハンマー?」
「そう! ハンマーよ! ハンマーならピックみたいに細かい向きを気にする必要は無いわ。
大体で良いのよ、持ち手を多少楕円にしておけば打撃部分の腹で殴る事も無いでしょ?
そうね、向きを考えなくて良い様に両側に打撃面を作って、釘を打つわけじゃあ無いのだから打撃部分は球面にすれば良いじゃない!
球面でもインパクトの瞬間は接触面は点よ。
コレで敵の装甲を砕ければ腕への負担は減るわ。
どうせ表面以外は大して硬く無いでしょうし、例え硬くても一度亀裂が入れば後は脆いわ。
それにメイン武器をポールハンマーにすれば長めの柄で衝撃を吸収出来るし、遠心力を利用出来て攻撃力が高い、ハンマーとの相性も良いわね」
「確かにそれ良さそうですね! お姉さま! ポールハンマーは良い選択だと思いますわ!
お姉さまの長所を存分に伸ばせます!」
「ねえメグミちゃん、ハンマーってあのハンマーよね?
アレって武器なの?」
「何言ってるのノリネエ? 片手で持てる釘打ち用のハンマーでさえ殺人の凶器になるくらいなのよ?
ポールハンマーで殴られて無事な人は居ないわよ? 立派な武器でしょ。
そうねポール部分も金属で作るつもりだから、相手の攻撃をポールで受け流したりも出来るわね。
そもそもポールウェポンはね、棒術も使えるから攻防一体の攻撃の出来る優れた武器よ。
タダの棒、ロッドでさえ武器なんだからハンマーが付いてれば更に凶悪な武器よ」
「何かしらなんだかとってもイメージが悪いわ。
凶悪な凶器って『凶』が二つも並んでとってもイメージが悪いのだけど……」
「お姉さま! メグミちゃんの説明が悪いだけです。
今思い出したのですがこの街の『光と太陽の神』の神官騎士、テンプルナイトが結構ポールハンマーを使ってますわ。
裁きの鉄槌と言うくらいですから聖属性の強い武器なのでしょうね、決して邪悪な武器では無いですわ」
「何よそれ! 結構良いアイデアだと思ったら、もう既に定番で使われちゃってるの?
なんだか悔しいわね、別の何かを考えようかしら?」
「確かテンプルナイトのポールハンマーは片側ピックでハンマー側も平面でしたわ。
球面で両側と言うだけで十分オリジナルのポールハンマーでしょうから、そこで対抗心を燃やさなくても良いのでは?」
「そうなの? まあこのままメイスを使い続けるよりはマシね。
幾ら神官の定番でも女性にメイスは向いて無いもの」
「まあ女性神官がメイスで戦う機会自体少ないですからね、機会が少ないからあまり問題になっていないのでしょうね」
「ねねっ、メグミちゃん、私ちょっとデザイ……」
「デザインは考えなくて良いからねノリネエ、武器なんだから実用性第一よ。
そうねどうしても飾りたいなら持ち手の滑り止め、皮巻きか組み紐かそこを考えてねノリネエ」
「えええぇ、私の武器でしょ?」
「だからこそね、お花とかリボンなんて飾りは要らないのよ武器には!」
「そうだ、お姉さま、ならポール部分に薄っすら彫金……」
「それも不許可ね、彫金を起点に亀裂が入る可能性があるからダメ」
「……」
「拗ねてもダメ、命が懸かってるんだからね」
「うぅ、サアヤちゃん!」
「お姉さま、メグミちゃんは本気です諦めましょう。
それにメグミちゃんの造る武器なら多分機能美だけでも十分綺麗ですから」
「けどハンマーよ?」
「まあ見てなさい! 世界に一つだけのハンマーを造って見せるわ!!」
そして出来上がったのがノリコ専用に作られたメグミ謹製ハンマー『錘月』だ。
「どうノリネエ? 結構いい感じに仕上がったでしょ? 後は聖属性の付与だけよ、まあメッキのように金属粒子を溶かし込んでルーンを表面に張りつけるだけだし、その位の飾りはOKよ」
「これが私の武器、綺麗……けどハンマー? なの? イメージとだいぶ違うわ ……それにねえこれ白いわよ? これで魔鋼製なの?」
メグミがクルクルとバトンのように回しながら差し出したそのポールハンマーは全体が白、というか白銀。
特にポール部分はクロムメッキのように薄っすらとグレーなだけで鏡面のように傷一つなく磨かれ、ノリコの瞳を映していた。
もっと特徴的なのは魔法球だ。一方は両側に打撃部分のあるハンマーの柄の先端の鋭い突起、その根元に埋め込まれていた。ヘッド部分に付与魔法で何か効果を与えているのだろう、魔法球が淡い光を放つ。
それだけなら普通だが、このポールハンマーは持ち手の先根本、尖った石突き部分の手前にも同じく魔法球が埋め込まれていた。
2個の魔法球が淡い光を放つ白銀の優美な姿、長い柄の先に木槌ほどの、あまり大きくない打撃部、その打撃部は球面を描き、左右対称なその姿は十字架をヘッドシンボルにした錫杖のようにも見える。
ノリコがハンマーといった言葉からイメージした武骨な印象がどこにもない。シンプルで無駄がない、メグミらしい形状、色が白いこともあり、それが返って研ぎ澄まされた気高さを生んでいた。
「あれ? 魔法球が二つもあるわ、けどこれ、精霊の子は一人なのね? それにこれ連動してるの? 同じ周期で脈動してる」
「魔法回路で接続してるからね、役割が違うから二つなだけで独立してないから、武器の精霊も一人よ」
「良く同期させられたわね? けど表面に魔法回路がないわ? 綺麗なポールだけど、どこにも魔法回路が見えないわ?
あれ? 分割してるから、だから魔法球が二個なの?」
「だから魔法回路で接続してるってば、これはね、芯金にミスリルを使ったのよ、その芯金にルーンを刻んでそれを魔法回路にして上下の魔法球を接続してるの」
「えっ! ミスリル? ええぇぇぇ! ミスリル製なのっ!!」
「ミスリル製っていうと語弊があるわね、細い芯金はミスリル100%だけど、それ以外の部分は少量のミスリルと魔鋼との合金よ。
ミスリルって面白いのよ、魔鋼に混ぜると魔鋼が白くなっちゃうの!
少し混ぜただけだから普通もっとグレーというか黒っぽくなると思ったのに思った以上の白さだわ。
それに磨くとね、クロムメッキ見たいな質感になるのよ。なかなか綺麗でしょ?」
「変な魔法球を四つも頼まれたからどうするのかと思ってましたけど、こんな方法が有るんですね。
芯金がミスリル、それにルーンだなんて、けどその表面のミスリル合金はどうやって芯金と合わせたんですか? 下手に表面を金属で覆うとルーンや魔法回路が潰れませんか? 魔法回路は繊細ですよね?」
頼んだ魔法球は四つ、使った魔法球は二つ、後の二つはサブウェポンの片手ハンマー用だ。
「うん? ああ、それはね、サンドイッチにしたのよ、芯金を除いた表皮部分を別で造ってね、それで芯金を挟んだの」
「合わせた部分が弱くなりませんか? それにそれこそ芯金と隙間が出来て安定しにくいと思うのですけど……」
「隙間なく造ったから大丈夫よ、それにルーンの形状も含めて作って合わせたわ、だから内部に隙間は無いわね、それに合わせ部はね、綺麗に磨いて作って更に少し熱を加えているから、完全に一体化してるわ、だからどこで合わせたのか、繋ぎ目なんて見えないでしょ?」
「えっ……っと簡単に言ってますけど、そんなこと出来るんですか?
磨いたって、確かに綺麗に磨いた金属同士を合わせると溶接したようにくっ付くことはあるそうですが、あれは平面でしょ?
これって芯金部分もそうですが平面??」
サアヤはその気の遠くなるような手間を想像して呆れる。
メグミはノリコが大好きだ、その大好きな人の為に、想像を絶する手間を掛けてその武器を制作していた。
見事に磨かれたポールを含め、この親友はどれほど手間を掛けたのか……
「苦労させられたわ、最初は魔鋼だけで表は作る気だったけど、上手く行かないから、ミスリルを混ぜてみたの、そしたらバッチリよ! 熱膨張率やら金属の特性が違い過ぎたのがダメだったのね」
「ちょっと待って二人とも、そもそもそのミスリルは? 高いんでしょミスリルって、どうやって準備したのよ!」
「ノリネエ用に、細めの柄にしたら魔鋼でも強度が不安だったのよ、それに魔法回路の接続もあるし……でね、師匠に相談したら、ではこれを使ってみろってね」
「もしかして貰ったの?」
「そうよ? あげるってものを貰わない手はないわね」
「師匠にはもう見せたんですかこれ?」
「完成してスグに見せたわ、そしたら『むううぅこう使うのか? 芯金や魔法回路に使うだろうとは思ってたが、それを合わせてくるとはな!! 流石わが弟子!! よくやった!!』って抱き着いてきたから殴りとばして来たわ」
「あの……師匠大丈夫なんですかそれ?」
「心配だわ、治療に行った方がいいのかしら?」
「平気よ、丈夫なだけが取り柄なんだから、それに私が素手で殴っても大した威力じゃないわよ。切り殺されなかっただけでも感謝してるでしょ」
「待ってメグミちゃん、ミスリルを貰ってるのよ? 感謝するのはこちらでしょ?」
「それとこれとは話が別よ、それはそれで感謝すればいいだけ、セクハラには当然罰が必要でしょ?」
「ただ褒めてくれただけだと思うわよ? セクハラする意思はなかったと思うのだけど……」
「ゴツいジジイが抱き着いてきた段階でセクハラなのよ。いい勉強になったはずよ」
「後でお見舞いとお礼に行きましょうかお姉さま」
「そうね、このまま放置はできないわね」
「ほっといても平気よ、大袈裟なんだから」
「もう! メグミちゃんも謝りに行くのよ!
でもありがとうメグミちゃん、私、こんな立派な武器造ってもらってどうお礼したら良いのかわからないわ」
「私の武器の聖属性の魔法付与もやってもらってんだからお互い様よ。
けど、そうねどうしてもって事なら……」
「さあ!! お姉さま早速試し振りをしましょう。具合を確かめて見るべきですわ」
「それもそうね、私、ハンマーの武器だっていうから、もっとハンマーのヘッド部分が大きいのだと思ってたわ」
「確かにそうですね、思った以上に小さいような? 何か理由が有るんですか?」
「ん? これで十分でしょ? ノリネエが使うのよ? 男が使うみたいに大きくしたら長所が死ぬわ。
それにね、っとちょっと貸して、そう、うんありがと、それにね、こうやってバトンみたいに棒術で振り回す時に、ヘッドが重すぎるとバランスが悪いでしょ?
そういった使い方を想定するとこの位のヘッド重量が限界なのよ、ほら、ちょっと振ってみて」
「こう? ほんとだ、確かに振り回しやすいしバトンみたいに使えるわ、振ってみるとアレね今度は不自然にヘッドが軽い気がするわ」
「そうでしょ、なにせ『重量軽減』をヘッド部分には強く効かせているからね。取り回しが楽でしょ?」
「けどそれだと威力が……ってそうかそれであんな魔法球を頼んだんですね」
「どういうこと?」
「ふふんっ、このポールハンマーはね、打撃時のみ任意でヘッドの重量軽減の付与魔法を解除できるのよ、それどころか慣性制御で威力を増大させてるわ」
「え?!」
「良いノリネエ、この二つの魔法球はね、ヘッドに有るほうがメインの付与魔法球で、手元にあるほうがそれをコントロールする魔法球になってるのよ。
まあ他にも容量の許す限り色々付与してもらったけどね」
ノリコが柄をもって振ると今度はしっかりヘッドの重量を感じる、意外なほどのその重さに、少し振りすぎて地面を叩いてしまう。
響き渡る破砕音、上がる土煙。
そこには小さなクレーターが出来ていた。
唖然とするノリコに向かって、
「ノリネエ、地面と喧嘩しても勝てないわよ?」
「けど見事に凹んでますわ、地面程度の硬さなら余裕ですわね。
手の方への衝撃の返りも無いみたいですし、なんて見事な出来栄え。
流石メグミちゃんですわ」
◇
後にそんな出来事があったのだが、メイスであっても武器の選択が自分に合っていた事もあり、武器を使った実技訓練では同期召喚者の内では常にトップ、抜きんでていた。
(格闘技はやったことが無かったけど、案外何とかなるものね、テニスやラクロスとそんなに違わないわ)
その恵まれた体格から繰り出す体のバネを活かした攻撃は、男子さえも凌駕し、他者を、『魔物』を圧倒した。
(出来る! この異世界でも私の力は通用する! 私は私の思いを貫ける! いいえ! 貫いて見せる! 私は私が正しいと思ったことをする!
正義なんて人それぞれ、何が正しいかなんて人それぞれ、分かってるわそんな事!
けど、だからこそ私は私の心が正しいと、そうすべきだと思った事、それを、その心を信じる。
後悔なんてしない! 私が決めた私の道! お母様が示してくれた尊い道!
この思いを貫くわ! だって私にはその為の才能が有る、お母様が与えてくれた才能がある。
なら後は訓練をすれば、その才能を生かす訓練をすれば良いだけ!)
突然の境遇に戸惑い、実感がわかない、現実を認識できない、塞ぎこむものも多い同期召喚者達を尻目に、ノリコは確実に知識を蓄え、訓練をして実力を高めていった。
ノリコとて突然の異世界に戸惑いはあった、しかし、
(夢じゃない、夢じゃないのなら前に進むのよ! 立ち止まって助けを求める? 私は守られているだけの子供じゃないわ、守る立場に私は成るの! いいえっ! 必ずなって見せる!)
魔物との戦闘では尻込みしてしまう女子が多い中、積極的に戦った。
(無害な動物を傷つける事はしたくない、そんなことは絶対やりたくない!
けど! こちらを殺そうと向かってくる魔物……それは『敵』! 私の『敵』!)
そう魔物はノリコ達冒険者に襲い掛かってくるのだ、縄張りを荒らした、不用意に近寄った等ではない、魔物は人を積極的に襲うのだ。それは女性や子供であろうと区別はない。
(なら遠慮する必要はないわ、悪意に屈する、そんな事なんて出来ないもの!
たとえ死んでも私は私の心が正しいと思ったことをするわ! お母様が教えてくれた勇気を胸に! お母様が守った正しい心を守る!
私の守りたい人達を守って見せる! 救いたい人達を救って見せる! 守れるだけの力、救えるだけの力を、実力を手に入れる!)
ノリコは日々強くなる、成長していく実感と、この世界でも通用する自分の力に少し浮かれていた。
そう、半月後に、小柄な年下の少女に出会うまでは……
◇
その親友の動きは、2階の窓から遠目で眺める、そんな自分の目でさえ、見失う……
(目にも止まらない早業、そう言う言葉があるけど、それは手技であったり足技であったりよね……体ごと見えなくなるほど、目で追えなくなるほどの踏み込み……そんな攻撃、どうやって躱せば良いのかしら……)
これだけ距離が有っても見失うのだ、相対すれば、姿を確認できぬまま、何をされたのかも分からぬまま地面に倒れ伏すのは確実だろう。
この親友は決して自分には暴力は振るわない、言葉で乱暴な事は言っても一度も手を挙げる事さえしない。
例え練習であっても手加減をして決して自分を傷つける事はしないだろう、そしてそれだけ手加減されても自分ではその親友の体に触れる事すら叶わない……それがノリコには分かった。
(出来るだなんて、この世界で通用するだなんて、何て浅はかな勘違い、そう私の勘違いだったわ……あの子の足元にも及ばない……井の中の蛙、滑稽だわ。
なのに、それだけの力があるのに、あの子は今日も休まず……毎朝練習をする)
ノリコの目の前で、その親友の戦う、見えない誰かは、そんな常識外れな親友ですら勝てないのか……
親友は、偶に一本取られたのか、頭を振りつつ動きを止め、また所定の位置に戻って再び剣を構え、また誰かに向かって剣を振う。
(あの子が勝てない相手? そんな子が存在するのかしら? けど……何故かしら姿が見える気がするの……そう背の高い子が見える、そんな気がする)
この異世界に来て強くなるなる者は大勢いる。
『恩恵』と呼ばれる力。
『武技』
『魔法』
『加護』
これらの技術が、力が、人の力を人以上に押し上げる。
事実ノリコ自身もそれらの技術と力で既に常人では及ばない戦闘能力を手に入れている。
しかし……
今、庭で剣を振う親友の、この親友の強さはそれらの『力』とは関係ない。
何一つこれらの技術を、力を使用していない。
(それでも目で追えない、剣筋さえも見えない)
『努力』
そうその親友は言う……
(私だって、努力はしてる、今までも、これからも努力はするわ、けど……貴方のようには成れない……人間ってあんなに速く動けるものなの?)
現代の日本で、これほどまでに強くなるのに、一体どれだけ剣を振ったのか?
現代の日本に、これほどの剣を振う場があるのか?
現代の日本には、この親友の戦う見えない誰か……この親友以外にも、もう一人『バケモノ』がいるのか?
「ノリコお姉さま、メグミちゃんや、メグミちゃんが戦っている見えない誰か、あんな人達が日本には大勢いるのですか? 日本はもしかして修羅の国ですか?」
いつの間にか隣で、庭で稽古している親友を自分と同じく眺めながら、サアヤが問う、
「少なくても、私の周りには居なかったわ」
(あんな子が周りに居たら、私も運動が得意なんて勘違いはしなかったと思うわ……才能が無い……悪い冗談ね)
アレだけ努力出来るのも才能だろう、だがこの親友は気が付いていない、その人間離れした才能にちっとも気が付いていないのだ。
(努力だけであんな力が手に入るわけが無い、そうよそんな訳ないでしょ! もしそうならサアヤちゃんの言う通り、日本は今頃修羅の国よ)
庭で剣を構える親友の、見つめる先に本当に誰かいるような気が何時もしている。
サアヤも感じる見えない誰か……庭で剣を振る親友にはハッキリその姿が見えているかのようだった。
しかし、その『剣豪』達は例外なく男であった。
少なくても今庭にいる『小柄な少女』……そんな『剣豪』などノリコは聞いたことがなかった……
◇
『J-7』ルームからの敵を撃退して、メグミやアキヒロ達がノリコ達が居る場所に戻ってくる。
逃げてきた人達の中には、切り付けられて怪我を負っている人もいる。しかし、幸いなことに重傷者はいないようだ。
(見習い神官が各パーティに居るわね、この程度なら任せても大丈夫かしら?)
見習い神官は信じる神、其々の神官服を着ている為、直ぐに分かる。
(今日は無理し過ぎた所為で、精神力が戻り切っていないわ……万が一に備えて温存すべきね……
メグミちゃんがケガした時に精神力不足なんてことになったら、後悔してもしきれないわ)
ノリコとて何時でもどこでも誰彼構わず治療をして回るわけではない。
緊急事態には進んで治療を買って出るが、他に治療できる人間が居て、緊急を要していない時は人に任せる。
全て自分でやらねば気が済まない、そんな事はないのだ、任せる事ができるなら任せればいい。
入り口付近の逃げ遅れていたパーティも此方に向かって歩いてきている。魔物が一掃されて、ようやく恐怖に竦んだ体が動くようになったのだろう。
皆脅威が去ったことに安堵し、逃げてきた冒険者達は其々パーティ単位であろう、集まって治療を始めている。
この部屋で採掘をしていた他のパーティも此方に集まり逃げてきた冒険者の治療を手伝ったり、撤退の準備を進める。
「あれ程とは……」
「マジ半端ねえな、メグミの姐御」
「レベル……いや次元が違う……」
ゴロウ達が小声で囁きあう、逃げてきた冒険者達も頻りにメグミの方を見て囁き合う。
(ゴロウ君達、メグミちゃんの本気を見たら腰を抜かしそうね、あの程度じゃないわよメグミちゃんは……)
そう思うノリコも一回しかメグミの本気は見ていない、だが、それは一回見れば十分だった……
タツオとそのパーティメンバー達は無言でメグミの方を見つめる。
(見習い冒険者は兎も角、ベテランのアキヒロさん達の目でもメグミちゃんの強さは異常なのね……
ダメ! ダメねこんなことを考えていては、折角メグミちゃんが頑張って全員無事なのだし、今は考えるより行動ね!)
ノリコは早速指示をだす。
「ゴロウ君達、ラルク達と共に無事なパーティに同行して、1階方面の詰め所に退避しなさい。
私達はここで怪我の治療をしている人達の護衛をします。それが済み次第退避するから先に移動して」
ゴロウ達が頷くのを確認する、そしてラルクを見ると、少し抵抗する目をする。
(お願いラルク、分かって! ゴロウ君達だけじゃあ心配なの、ラルク、守ってあげて!)
目に力を込めて、心が通じると信じてラルクを見つめると、ラルクはスッと目を伏せ、ソックスの方に向かって移動する。
ラルクは何かコミュニケーションしているのかソックスに鼻を押し当てたりしている、ソックスも鼻を押し当てて尻尾を元気に振っている、この二匹はとても仲が良いのだ。
そんな二匹に嫉妬したのか、プリンがラルクの背中に飛び乗るが、ラルクはその太い短い脚で踏ん張っている為、プリン程度が飛び乗ってもビクともしない。
(良い子ねラルク、皆をよろしくね)
ラルクは賢い、そして何故か心が通じるのだ、ノリコが心で念じれば何故かそれを理解してくれる。
そしてノリコは大きな声で、
「他のパーティの人達も無事な人は、1階方面詰め所に一緒に退避してください!!
できる限り
まだ何処かにコボルトソルジャーが残っている可能性があります、
他のパーティにも指示を出す。
本来はアキヒロ達の役目なのだろうが、彼らは未だにメグミの事が気になるのかそちらを見つめたままだった。
(ここは遠慮するよりも行動すべきよね)
この場に留まって事態が好転する見込みはない、既に『コボルトソルジャー』が発生している、撤退は確定事項、誰が指示を出しても構わない筈だ。
それに、流石にこの人数で移動すれば、単体、若しくは数匹の『コボルトソルジャー』に遅れを取ることはない、最悪ラルクとソックスが居る。
この頼もしいペット達は下手な見習い冒険者よりも既に実力は上、大丈夫だろう。
「ふぅ、全く俺は……いや考えるのは後だ。
タツオもペット達と共に一階方面の詰め所に退避だ。
ノブヒコ、マサオ、ヒトシ、シノブは俺と一緒に来い。
このまま壁沿いに3階方面の詰め所まで移動、取り残された者がいないか捜索する」
アキヒロが迷いを振り払うように一度頭を振ると叫ぶ、
「待ってくれリーダー、俺も行く」
それにタツオが反論する。しかし、
「だめだ、ペットを連れて捜索できるほど安全じゃない、誰かがペットを連れて行かなきゃならないんだ。
それに俺達は『黒銀』だ、捜索に行く義務がある!
なに伊達に『黒銀』クラスじゃない、こっちは大丈夫だ」
アキヒロがタツオを説得する。
(義務? そうなのかしら? アキヒロさんはそう言ってるけど、緊急事態での現場指揮義務は中級からの筈……
けどそうね、この場で一番冒険者クラスが高いのはアキヒロさん達、中級を目指すならこれは確かに義務なのかもしれないわね)
「……クソッ、分かったよ」
タツオは渋々と返事をする、不満ながらも納得したようだ。
「ノリコちゃん、タツオの事を頼めるかな? そっちの野郎共と一緒に行動させてくれ」
「いやリーダー、ペットは一端野郎共に任せる。せめて怪我人の護衛位やらせろや」
そう言ったタツオの目が座っていた。
(わっ! 怖い! え? なんで? 何で睨んでるの? なんで私睨まれてるの!?)
タツオは自分だけ避難組に回されて機嫌が少し悪いだけ、その状態でアキヒロとノリコを見ただけなのだが、今日初めてタツオに会ったノリコにはそのことが分からない。
思わず助けを求める様にメグミを見ると、メグミはそんなタツオをニヤニヤと笑顔で眺めている。
(あれ? メグミちゃんが笑ってる……もしかしてタツオ君は睨んでいるわけじゃない? のかしら?
メグミちゃんが私が睨まれて黙って笑って居るわけが無いものね、過保護な位守ってくれるから……)
アキヒロは溜息をついて、
「……分かった、ノリコちゃん無理を言って悪いが、タツオをお願いできるかな?」
その言葉にタツオは左手で小さくガッツポーズ、途端にご機嫌になる。
(あっ、笑うと可愛い! 思ったほど怖くない人なのかな?)
そんなタツオに安堵したノリコは快く、
「了解です、こちらも人手が足りないので助かります」
笑顔で返事をする。そんなノリコの笑顔に少し頬を赤く染め、アキヒロは軽くタツオの肩を叩いて、
「任せたぞ!」
「おう、任された」
タツオは信頼されて任されたことが嬉しそうだ。
そんなやり取りをしている間にヒトシやシノブは準備を整えていた、精錬された魔鉄の鉄玉を大きなヤックーに載せ、また自分達もあの独特のアンダーアーマーとビキニアーマーの上から、ヒトシはゆったりとした『火と戦いの女神』の神官服を着て、シノブも動きやすそうなローブを羽織る。
(あのまま戦闘に行くわけじゃないのね、アレってやっぱり動きやすい恰好で採掘していただけなのかしら? けど……せめて上にTシャツで良いから着てください! お願いします!)
ノリコは心の底から願った、大分慣れたとはいえ、直視するのがキツイ、最初その姿を見たとき、ノリコは余りの衝撃に頭が真っ白になり、気を失いかけた。
ヒトシとシノブは、お嬢様育ちで中高と女子校だったノリコの回りには居なかった人種だ。
アキヒロはもう一度周囲に集まったパーティメンバーの顔を見回し、
「ん、では行動を開始する、行くぞ」
アキヒロの号令の元、アキヒロ達5人がJ-7ルーム方面に歩いていく、強力な魔物が多数沸いている可能性がある場所に赴くのに、5人には気負がない、焦らず周囲を警戒しながら、落ち着いた様子で歩いていく。先頭を歩いていたノブヒコが振り返り、手を振りながら、
「じゃあね、タツオ、ちょっと行ってくるよ」
声を掛けると、
「ふんっ! あんまり遅せえと先に飯食ってるからな」
タツオは不機嫌そうに返す、やはり一人残されるのが若干不満なようだ。
「じゃあ遅くならない様に夕飯までには終わらせないとね♪」
「前を向いて歩け! 危ないだろ! チッ! 仕方ねえ少し位なら待ってやるよ!」
「はいはい」
そう言ってノブヒコがサムズアップすると残りの振り返って4人もサムズアップ。
タツオも若干照れたようにサムズアップで返す。
(何かの儀式なのかな? 良いわね男同士の友情って感じね!)
アキヒロ達が見えなくなりると、部屋で採掘していた他のパーティと怪我人の居なかった逃げてきたパーティ、そしてゴロウ達がペットを引き連れて纏まって退避していった。
ノリコはそれを見送りながら、
(任せたわよラルク、貴方なら出来るわ)
心で念じると、ラルクが振り返りキラリと目が光った気がする。
(頼もしいわねラルク! そうよ貴方なら出来るわ!)
そんなラルクの様子を見送っていると、隣でメグミが、
「淫獣め、そんなにノリネエの傍を離れるのが嫌なの? 全く油断できないわね! ソックス、ラルクがノリネエ恋しさに戻って来ない様に監視するのよ!」
ラルクを警戒するように呟く。
(えっ! なんで! なんでそうなるの? 誤解! 誤解よ!)
ノリコは心の中で叫ぶが、当然メグミに心の声は届かない。
「ワン!」
「ヨシ、いい返事ね! 今日の晩御飯は期待して良いわよ! 任務を果たしたらご褒美をあげるわ!」
「ワフン!」
ソックスの尻尾は全開で振られている。
そうノリコの心の声がラルクに届くことをメグミは知らない、一度言ったことも有るが、
「うんそうよね、ペットとは何だか心の声が届いてるみたいに、心が通じてるみたいに感じる時があるよね、うちのソックスもそんな感じよ」
「私もプリンちゃんと心が通じ合ってますわ、同じですねお姉さま♪」
軽く流された、流されてしまった。メグミ達の様子から本気にされて無いのは何となく分かったが、それ以上どう説明したらいいのかノリコには分からなかったのでその時は諦めたのだった。
だが、これはダメだ、ラルクが誤解されたままなのはノリコには我慢が出来なかった。
「ねえメグミちゃん、何でラルクが淫獣なの? 誤解よ! ラルクの事を悪く言うのは止めて! ラルクは良い子よ」
怒ってるぞ! それ以上は許さないぞ! と腕を振りながら全身を使ってアピールし抗議するが、
「そう思ってるのはノリネエだけよ、ねえサアヤ」
メグミはそんなノリコの抗議をなだめる様にしながらも軽く流し、更にサアヤに同意を求める。
(残念ねメグミちゃん! 大丈夫! サアヤちゃんは私の味方よ、同意なんてしないわ)
「メグミちゃん大丈夫ですわ、プリンちゃんが付いてますもの。
あとラルクちゃんは……女性が大好きなのは仕方ありませんわ、聖獣ですから」
(あれ?? あれれ?)
「性獣の間違いでしょ?」
「……否定は出来ませんけど種族の特性ですからね、ラルクちゃんが悪い訳ではありませんわ、だから落ち込まないでください、お姉さま」
(否定して! 否定してちょうだいサアヤちゃん!! 慰めないで!)
「みんな誤解してるわ! ラルクはあんなに良い子なのに!」
「良い子はノリネエのお尻とか胸とか触らないと思うわ」
確かにラルクは良く、ノリコのお尻や、しゃがんでいればその胸に飛び込んできたりもする。しかし、
(まだラルクは幼いのよ、甘えてきてるだけよ)
ノリコは心の中で必死に否定する、そして声に出してその言葉を伝えようとすると、それよりも速く、
「メグミちゃん、種族の特性です、アレが一角猪の愛情表現なんです、ですから、ね? お姉さま、ラルクちゃんに悪気はないと思いますわ」
サアヤは博識だ、この世界の住人と言うことも有るが、色々本を読み、知識を蓄えるのが好きなのか部屋には百科事典の様な物から魔導書と山のように本がある。
一角猪の事もどこかに書いてあったのか色々知っているようだ。
(えっ? そうなの? …………いいえ! 違うわ、きっと違う! ラルクはそんな子じゃないわ! 例え他の一角猪がそうでもラルクは違う!
私が信じなくてどうするの! 私の馬鹿! 馬鹿馬鹿! 一瞬でも疑った私を許してラルク!)
「性獣ね、間違いなく性獣よ、種族全体が女好きとかロクでもないわね」
(違うわ、違うのよ! 信じてメグミちゃん!)
「女性を守る、守護聖獣ですからね……ユニコーンなんかもそうですけど、命がけで主を守る守護聖獣です、ですから主に愛情を抱くなという方が無理なのではないですか?」
(そうよ愛情、そうよね親愛よ! 流石よサアヤちゃん良い事言うわ!)
「そうよね、只の親愛よ! ラルクのは親愛! イヤらしくないわ!」
「いいえ、お姉さま、愛情です! 守護聖獣が主に対して抱く感情は愛だと言われていますわ、恋愛感情の愛です、愛情ですわ」
「…………えっ?」
ノリコの頭はその時完全にフリーズした。そこにメグミが追い打ちを掛ける。
「早めにトンカツにした方が良いのかしら?」
真っ白になったノリコの頭でもそれが許されざる言葉、赦してはダメな言葉なのは理解できた、真っ赤になって声にならない声を上げる。
「!!!!!!!」
「冗談よ! 本気で怒らないで! まだ子供なラルクを食べたりしないわよ」
メグミが慌ててフォローするがノリコの頭はまだまだ混乱中だ、そこへ更にタツオがボソッと、
「大人になったら食うのか?」
そんな事を告げる。
(!!!!!!!!?!?)
「あんたは黙っててタツオ! 話がややこしく成るでしょ! ノリネエには冗談が通じないのよ! 本気にしちゃうでしょ!」
そのメグミの言葉に、とうとうノリコは癇癪を起こす。
「もういいわ! 知らないっ! メグミちゃんの意地悪!!」
子供のように拗ねるノリコにメグミは、
「怒らないで、御免ノリネエ、ちょっと調子に乗って悪ふざけが過ぎたわ、ね? ほらノリネエ、飴を上げるから許して! 機嫌直して」
そう言って本当に飴玉を差し出す。
(まあっ! バカにして! 子供扱いだわ! 私の方が年上なのに! 年上なのよ! うぅっ!!
……まあ一応謝ってるし、良いわ、ここは私が大人な対応をすべきね、年上だもの、お姉さんなのよ!)
そう思いノリコはメグミの差し出した飴を受け取ると口に含む。
(あら? なにこれ美味しい! うわっ、すごい美味しいわ!!
メグミちゃんって何故か何時も美味しいお菓子とか一杯持ち歩いてるのよね……
あんまり自分で食べてるの見たこと無いけど……運動後の糖分補給用? なのかしら?
けど何なのこれ? 何かのフルーツの味? スッキリして爽やかな味、これ本当に美味しい!)
メグミを見るとサアヤの口にも飴を放り込んでいた。
「美味しいですわ、ありがとうメグミちゃん! お姉さま美味しいですね♪」
「そうねサアヤちゃん、メグミちゃんありがとう♪」
すっかりノリコはご機嫌だった。
「なっ! ……ちょっとちょろす……」
「黙りなさいタツオ! それ以上言ったら叩き切るわよ!」
タツオがそのノリコの様子に何か言いかけたが、すかさずメグミが遮り、タツオの口にも飴を放り込む。
「ふむ、確かに美味いな」
「なら大人しくしてなさい! 余計な事言うんじゃないわよ」
「へいへい、分かったよ」
機嫌の戻ったノリコは、周囲に指示を出すのを忘れていたことに気が付く、慌てて周囲を警戒し、
「では残った人の中で手の空いてる人は、全周警戒を!
魔素が異常に濃いわ……ジャックポットが発生する可能性があります。油断しないで」
ノリコが周囲のパーティーにも指示を出す。すると手隙の人間が怪我人とその治療に当たっているメンバーを囲む様にそれぞれに警戒に当たる。
それを確認してノリコは、隣にいるメグミとサアヤに尋ねる。
「メグミちゃん、さっきはお疲れ様、どうするみんなが警戒してくれてるし少し休む? サアヤちゃんも魔力は平気?」
「んっ、ノリネエ平気だよ、
(ああ……やっぱりあの程度じゃダメなのね、私でも『コボルトソルジャー』位なら平気だもの、メグミちゃんなら余裕よね……けど心強いわ、メグミちゃんが笑ってる限りは大丈夫……
「ノリコお姉さま、こちらも平気です。こちらもまだまだ後100発や200発程度なら余裕で行けますわ」
(サアヤちゃん……貴方もそうなのよね、これ冗談じゃなくて本気なのよね……魔力容量大きすぎよね、エルフってやっぱり皆そうなのかしら? 凄いわね)
その時ノリコはふと、タツオが大人しい事が気になった。
(確かにメグミちゃんに大人しくしている様に言われたけど……大人しすぎるわ何をしているのかしら?)
先程からタツオが微動だにしないのだ。
気になってそちらを見るとタツオが壮絶な笑顔を向けて一点を見つめている。
(ん?? 周りの魔素に流れがある?)
タツオの見つめる先を見れば魔素が……魔素が渦を巻いている。
偶然が重なった……
地下3階でジャックポットが重なり、魔素が濃く成り過ぎていた。
地下2階の落盤で閉鎖された、魔素が濃くなっているルームが近くにあった。
地下2階の隣のルームでジャックポットが最低4回は起きて魔素が濃くなっていた。
このルームでコボルトソルジャー、コボルトナイトが倒され、魔結晶を奪われたことで比較的大きな『空き』が生じた。
そして別々の方向からその『空き』に大量の魔素が流れ込んだのも偶然、その魔素の流れが渦を生んだのも偶然。
全ては偶然……
しかしその偶然は、その魔素の渦の中心に、これまでノリコが見たことがないような巨大な魔結晶を生じさせていた!!
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