責任とってねッ!
エノコモモ
第1話 営業部の晴間さん
その日はとても晴れやかな朝だった。
差し込んできた日差しが眩しくて、ベッドの上で頭の位置をずらす。
「うーん…」
二日酔いで頭はガンガン揺れているが、仕事が成功した喜びに比べればなんのその。
結子は製造業の営業職だ。
今までチマチマと成績は残していたのたが、最近になって非常に大きな契約が取れた。
それにより会社から表彰された上、特別手当も支給された。
お金も名声も嬉しかったが、なにより努力が実を結んだ喜びが大きかった。
(この会社に入って早5年…!大して頭も良くなければ容姿も秀でていない私が、根性と、嫌なことはすぐ忘れる都合の良い脳だけでここまで来られた…)
感慨深いものだ。
(昨夜は楽しかったなあ)
昨日も結子の契約取得のお祝いとして、会社の人が飲み会を開いてくれた。
皆がたくさんお酒を注いでくれて、嬉しくて嬉しくて、飲みすぎてしまったようだ。
少々記憶がない。
時計を見ればまだ出勤時間に余裕がある。
幸せな気分のまま、二度寝に入ろう。
「……ん?」
(何?今の時計)
そういえば自分の部屋に時計などなかった。
携帯で時間を見るため必要とせず、買っていなかったのだ。
(あれ…?そもそも、ここも私のベッドじゃない)
こんなに一面真っ白なシーツと布団を使っていた覚えはない。
ぐるんと仰向けに転がると、まるでお城のように天井も高く照明が大きい。
「あ〜ホテルかあ」
覚えていないが、へべれけになった自分が家に帰れず泊まったのだろう。
(前は道端で寝てたこともあるし、それに比べればだいぶ成長し、)
「ん…」
「へっ?」
第三者の声がしたと思った瞬間、ぐっとそちらに引き寄せられた。
耳元で誰かの寝息が聞こえる。
「えっ」
(えっ)
「ええええええ!!!!」
本日の天気は晴天。
それはもう憎たらしいほど晴れやかな朝のことだった。
ベッドの上で、結子は頭を抱えていた。
よく見れば自分は一糸まとわぬ素っ裸だったので、大慌てで自分の服を回収し着たところだ。
服はとても綺麗に畳まれて隅に置いてあった。
泥酔した結子が、いや素面でもそんなこともちろんするはずがなく、別に畳んだ者がいるということだ。
その男性は叩き起こされて、申し訳なさそうに結子の前に座っている。
「晴間先輩…本当にすみません…」
「え。…その声、出雲くん?」
結子は全身の毛穴から汗が噴き出る感覚に陥った。
顔に覚えがなく、どこか縁もゆかりもない全く知らない人だと思っていたが、よく見るとその小さな顔は見たことがある。
結子と同じ会社の経理で働く
いつもは眼鏡をかけてぴっちり髪の毛もセットしてくるので分からなかった。
ちなみに歳は25歳。
結子の3つ下の後輩だ。
「と、年下の、後輩…!」
「昨日は晴間先輩、ずいぶん酔ってしまったようでして…。会社の他の方とははぐれてしまい、タクシーも捕まらず終電もなくなってしまって…先輩はプロレス技をかけてくるし」
「プロレス!?たしかに好きだけど!いやもう本当ごめんなさい!!」
結子の背骨を後悔がかけめぐる。
後輩にこんな迷惑をかけてしまうとは思わなかった。
面倒な酔っ払いを介護しながらここまでたどり着く間、どれだけ心細かったことだろうか。
(し、しかもこんな、こんな事故が発生して…)
今後しばらく彼には頭が上がらないだろう。
「…あの、晴間先輩、」
「あーっ!ヤバイ!私今日取引先のところに顔出すんだった!」
結子が差し迫った時間に気がつき、慌てて洗面所に引っ込んだ。
バタバタジャバジャバと音が続き、なんとか寝癖を直して扉を開ける。
「本当ごめん!今度お詫びの品渡すね!支払い全部済ませておくから、会社の始業に間に合うように好きに出てね!」
「あの…俺、責任、」
「だーっ!そんなこと考えなくていいよ!出雲くん、年上のこんなオバサンとなんて交通事故みたいなものだから!ほんとに!どうかノーカンだと思ってください!」
拝むようにまくし立て、結子は部屋を出て行った。
「アンタそりゃ…襲っちゃったわね」
秘書課の彼女と結子は他部署ながらも仲が良く、今も会社の昼休みを近くのレストランで過ごしている。
今朝の出来事を話すと、普段クールな恵理香が涙が出るほど笑い転げたあとにこの一言だ。
「アンタ昨日すっごい酔ってたもん。二次会のカラオケで完全に潰れて寝かしといたのよ。そしたらいつの間にかいなくなってるんだもの」
「さ、さがしてよお…」
「トイレまで探しにいったけどいなかったわよ。だから、先に帰ったのかと思って解散したのよ。そう言われれば確かに、出雲くんも消えてたわねえ」
「その間に私は彼に多大な迷惑を…」
「出雲くんてほら、普段こういう集まりに参加するタイプじゃなかったから、私たちの連絡先もわからなかったのねえ」
恵理香の冷静な分析とは裏腹に、結子の頭は罪悪感でいっぱいになる。
出雲邦明は非常に立派な青年だ。
その勤勉さと優秀さといったら部署を超えてまで伝説が回るほど。
さらには正統派な美形で女性ファンは多い。
「あんな子がわざわざ結子を狙うとは思えないから、間違いなくアンタから襲ったわね」
「ウヒィ。私やばい女じゃん!」
「やばい女よ」
これで「責任とって」など言い出したら、完全に地雷だと思われてしまう。
これ以上出雲に迷惑をかけるわけにはいかない。
この事は絶対黙秘を貫くことにして、恵理香にも約束してもらい席を立った。
「出雲くん」
「晴間先輩」
翌日、経理部署近くの階段で出雲の姿を見つけて声をかける。
「この前は本当ごめんね。これ、よかったら…」
結子が紙袋を渡す。
昨日帰りに買ってきた専門店の珈琲だ。
出雲が受け取り、言いにくそうに口を開く。
「ありがとうございます。あの、この前のことは…」
「いや、出雲くんに恥かかせちゃいけないから、私あの話は墓場まで持って行く!安心して!」
「そうではなくて…」
「えっ、まさか精神的苦痛を受けたことによる慰謝料請求?特別手当出たばっかりだから大丈夫!払わせていただきます!」
「いや、違います」
きっぱり断言され、結子が足元を見た。
(なんだろう…会社辞めてくださいとか言われちゃうのかな。せっかくここまできたけど、でも自分が蒔いた種だから仕方がない!)
結子が覚悟を決めると同時に、出雲の声が上から響く。
「あの夜のことで、晴間先輩に、その…責任を取ってほしいんですが」
「はい!なんでも!」
「あ、そうではなくて…文字通り、俺のことをもらってください」
「……えっ?」
結子が固まる。
顔を上げると、頰を染めてこちらを見る、かわいい後輩の姿があった。
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