砂時計
瞳孔
砂時計
ある日公園のベンチに砂時計が置いてあるのを見つけた。
なんだろうこれと手に取ってみると、それはまさになんの変哲もない砂時計だった。
とくに必要ではなかったが、―――いまどきデジタルタイマーがあるし―――なんとなく持ち帰ってしまっていた。
部屋に帰り確かちょうどカップラーメンがあったなと、お湯を入れて砂時計をひっくり返した。
さらさらと砂が落ちていく様をぼーっと眺めていると、突然奇妙な感覚にとらわれた。
胸が妙にざわつく。血液が逆流するような感覚。
次第に眩暈におそわれ、目の前が真っ暗になった。
はっと目を開けると、僕は玄関の前に立っていた。
―――あれ?
たしか僕はカップラーメンの完成を待っていたような気がしたんだけど、気のせいか?
多少の混乱はあったものの、いつまでも玄関の前に佇んでいる意味もない。部屋に上がり、カップラーメンの用意をする。
完全にデジャヴだが、過去にこんな夢でも見たんだろうと一人納得し、砂時計をひっくり返した。
さらさらと砂が落ちていく様をぼーっと眺めていると、突然奇妙な感覚にとらわれた。
胸が妙にざわつく。血液が逆流するような感覚。
次第に眩暈におそわれ、目の前が真っ暗になった。
はっと目を開けると、僕は玄関の前に立っていた。
―――おや?
たしか僕はカップラーメンの完成を待っていたのでは?
というよりこの「はて」という状況がまたデジャヴなわけで。
さらに「デジャヴ」という言葉を最近よく想起するような気がするのだが。
とりあえずいつまでも玄関の前に佇んでいても仕方ないので、部屋に上がりカップラーメンの用意をする。
砂時計をひっくり返そうと手を伸ばした時、この行動が100回目であるような気がした。
「もしかして……」
砂時計をひっくり返し、じっと見つめる。
血液が逆流する感覚。目の前が真っ暗になった。
目を開けると、やっぱり僕は玄関の前に立っていた。
―――なるほどね。
不思議な力を持つ砂時計を拾ってきたのだ。
よく見ると砂時計の下側に下方向を示す矢印がある。砂はつまり時間そのもの。重力に従い上から下への一方通行を表している。砂時計をひっくり返し、砂の動きが矢印の方向に逆らうことで、時間も逆流するというわけだ。
時間はおそらく3分間。なぜならこの砂時計が3分仕様になっているからだ。
気づいてよかった。
もしこのまま気づかなければ、この3分間を永久に繰り返してしまうところだった。
さて。
この砂時計により新たな能力を手に入れた僕であるが、3分間時間を巻き戻す能力は、いったい何に使えるのだろう。
まず最初に思いつくのは、やはり金儲けである。
3分以内に結果が分かるギャンブルであれば、結果を見たのち3分前に戻り、知っている結果に賭ければいい。
競馬だと馬券を買ってから3分以内にレースは終わらないだろうし、競輪、競艇等も同じ理由でNG。
宝くじも論外だし、となると……あとはカジノ系か。
残念ながらカジノの知識がまるでないため全くピンとこない。
なんだ、案外使えないなこの能力。
*
そうだ、銀行強盗をやろう。
そう思ったのは、あれから3日後のことである。
砂時計は3分間のトライ&エラーが永久にできるツールであるため、試行錯誤の末強盗を成功に導くことが可能なのではないか。
そうと決まればなんかテンションが上がってきた。さっそく紙とペンを用意し、計画を練り始める。
試行錯誤できるとはいえ制限時間はたったの3分間だ。砂時計をひっくり返すタイミングが少しでも遅れれば2度と戻れない時間も生まれてくる。
成功させるうえで最重要課題はこうだろう。
1.警察を呼ばせない
2.金の用意に時間を取らせない
3.民間人に勝手なマネをさせない
これらの条件をすべてクリアしなければ成功はない。
銃ならある。なんならサイレンサーとかもある。
銀行外部に音を聞かれることなく、威嚇射撃で民間人を制圧できるだろう。もし反乱を起こすような正義漢が現れても、時間を巻き戻しそいつを重点的に威嚇すればよい。よって③はクリア。
銀行には強盗対策として、窓口の見えないところに警察を呼ぶマル秘ボタンがあるという噂を聞いたことがある。
目出し帽をかぶり、銃を持って銀行に押し入った時点でそのボタンを押されてしまう可能性は大いにある。
仮にトライ&エラーで行内すべてのボタンの位置を把握したとしても、撃ったり壊したりしている間に別のボタンを押されてしまうかもしれない。
となればボタン対策は不可能。つまり警察がやってくる前に事を成さねばならないというわけだ。
さらに言えば、もし警察がやってきて3分以上経過した場合はジ・エンド。警察に囲まれた状況からしかリスタートできなくなる。
警察がやってきた瞬間に砂時計をひっくり返し、手法を変えるか逃げ出すかしなければならない。
うむむ、一気に難しくなってきたぞ。
銀行強盗において、金の用意には時間がかかるはずだ。往々にしてそういうものだ。映画とか見てると。
なぜか。
脅迫の段階で、まず行員はこいつ本気か?と思うだろう。こいつは人を殺せる人間か?と。
撃てない人間は何も怖くない。自分も死ぬはずがないから、ちんたらやって警察が来るのを待てばいい。
ならば殺そう。
行員の一人か二人くらい。
やばい、自分も死ぬかも。と思わせればさっさと金を出すのではないか。
人を殺すのは申し訳ないが、まぁ今回は仕方ない。うん、仕方ない。
よし、これで②もクリアだ。
さっさと金を奪えば警察が来る前に逃げられるし、①もついでにクリアとしよう。
なにか不具合でもあれば何度でも戻ってやり直す。完璧な作戦だ。
*
銀行の前で目出し帽をかぶり、意気揚々と自動ドアをくぐった。
行内の客はまばら。その全員が目を丸くして僕を見ている。
「どうも、銀行強盗です」
一番近い窓口に座る行員が、さっと身をかがめるような不審な動きを見せた。
僕は素早く銃を取り出し、その女の頭を撃ち抜いた。
客の口から絶叫に近い悲鳴が上がる。
「静かにしてください。殺しますよ」
僕は大声を出し、客に銃を向ける。
「今この瞬間から、しゃべることを禁じます。少しでも声をあげた人は即殺します。いいですね」
全員を見渡し、しんとなったことを確認した。しかしもうすでに、警察は呼ばれているのだろう。
時計を確認すると、銀行に入ってから1分が経過している。
一瞬、砂時計をひっくり返してなかったことにしようかなと思ったが、その一瞬だけだった。
「さぁ、このかばんに詰めるだけお金を詰めてください。1分経過するごとにランダムに誰か殺します」
死んだ行員の隣の窓口にどんとかばんを置くと、顔を真っ青にした女は慌てて奥の金庫に引っ込んだ。
なんだ、この感じなら砂時計を使うまでもなさそうだ。僕にはもともと犯罪の才能があったのかもしれないな。
目出し帽の中でにんまりしていると、背後から雄たけびが。
「うおおおぉぉ!」
ドスっ、と背中に衝撃。
バランスを崩した僕は無様な格好で横転してしまった。
正義感の強い客が果敢にも僕を取り押さえようとしたようだ。
まぁいい、砂時計をひっくり返して今回はやり直そう。この男を最初に殺せばいい。
パリン。
―――えっ。
転んだ時にポケットから飛び出した砂時計が、落下の衝撃で割れてしまった。
一気に血の気が引いた。これはまずい。もう引き返せない。
急いで起き上がり、男に対処しようとするが、あれ?
なんだこれは。体が動かない。どんなに力を込めても、指一本動かせないではないか。
状況を確認しようとあたりを見渡すと、あれ?視線も動かせない。かろうじて視界に入っている男は微動だにしない。
視界にある腕時計に意識を向けると、秒針も止まっているようだ。
なるほどなるほど。
砂時計が壊れたことで、時間が停止してしまったようだ。
さて。
砂時計の砂自体が時間を意味するのであれば、もうやばいことになっていると思う。砂は床一面に散らばり、まさに覆水盆に返らず。砂1粒残さず新たな器に移すことはもはや不可能に近い。というよりまず体が動かないのだ。これをなんとかしなければ、砂をどうすることだってできない。
っていうか、時間は停止しているのに、僕が思考を続けられているのはなぜだろう。僕の意識が停止していないのはなぜなのだ。これから何か起こるのだろうか。それとも永遠にこのままなのだろうか。
ふいに、カラダが分裂するような感覚に襲われた。
頭が割れそうに痛む。
耳鳴り、吐き気。
視界がぐるんぐるん回る。
脳みそがぶんぶん回る。
手足が引きちぎられる。
―――そうか。
時間は一方通行。
器に入っているからだ。
器がなくなれば、方向と目的地を失った時間は。
時間の拡散。
世界が無限に生まれ始める。
僕らはみな分裂する。
意識は拡散している。
思考が散り散りになっていく。
もう何も考えられない。
砂時計 瞳孔 @doukou
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